犬猿の悪友
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夜の訓練が終わった中庭には、湿った風と笑い声が混じっていた。汗の匂いとシャワーの湯気がまだ残っている時間。私はタオルで髪を拭きながら、自販機で買った水をひと口。
「おい萩原、それ俺のコーヒー!」
「名前書いてねぇもん勝ち~!」
「爆弾処理より小競り合い得意なんだな」
「松田ぁ、うるせぇ!」
あっちでは松田と萩原が取っ組み合い。
伊達は苦笑しながら缶を片手にこっちを見る。
「で? また降谷とやり合ったのか?」
「“また”って言わないでくださいよ」
「じゃあ、“いつも通り”か?」
「……否定できない」
目線をやると、少し離れた場所に降谷が立っていた。腕を組んで、あの完璧な姿勢のまま空を見上げている。
まるでポスターから出てきたみたいな顔。
――だから余計に腹が立つ。
「お前さぁ、降谷のこと嫌いって言うわりに、よく見てんじゃん」
松田がニヤニヤしてくる。
「そりゃ目につくからでしょ。あんな顔面国宝視界に入るに決まってる」
「顔はいいし、頭は切れるし、運動神経まで完璧だしな」
「顔だけで中身が伴ってればね」
「おっと、出た。辛口評論家」
「事実よ。無愛想で、神経質で、融通きかない」
「褒め言葉だな」
「嫌味よ」
すると、後ろから低い声がした。
「人の悪口で盛り上がるとは、いい趣味してるな」
――出た、ご本人登場。
「別に悪口じゃない。事実を述べただけ」
「お前はほんと口が悪いな」
「降谷が神経質すぎるの」
「お前が雑すぎるんだ」
「完璧主義すぎる男って面倒よね」
「口ばっかり動く女よりマシだ」
「はぁ!? 何それ!」
いつもの口喧嘩。周りはもう慣れっこで、誰も止めようとしない。むしろ伊達がにやりと笑って言う。
「お前ら、ほんっと仲いいよな」
「「よくない!」」
見事にハモって、場が笑いに包まれた。降谷はため息をつき、少しだけ口元を緩める。
「まったく、何でよりによってお前が同期なんだか」
「こっちの台詞。毎日ストレス溜まる」
「……まぁ、顔だけはいいけどな」
「は?」
「見た目は、悪くないって言っただけだ。中身は別だ」
「へぇ、ありがと。でも私もあんたの顔だけはタイプよ。中身は最悪だけど」
「……言うと思った」
「そりゃどうも」
降谷は小さくため息をつきながらも、口元をかすかにゆるめた。あの完璧な顔で、わずかに笑う瞬間――それがずるい。
「降谷、お前らほんっと分かりやすい」
松田が茶化すように言う。
「お互い顔は好きって認めてんの、もうカップルじゃん」
「誰がだ!!!」「違う!!!」
再びハモった声に、伊達が吹き出した。萩原が腹を抱えて笑いながら言う。
「お前ら結婚したら一日で離婚すんだろ」
「絶対する」
「二日ももたない」
そのあと、夜の空気が少し落ち着いたころ。皆が笑いながらそれぞれの部屋に戻っていく。私は少しだけ立ち止まり、遠くの星を見上げた。横に立った降谷が、ぼそりと言う。
「……訓練のとき、無茶すんなよ」
「またそれ? 心配してくれてる?」
「してねぇよ。ただ、面倒見るの俺だから言ってるだけだ」
「ふぅん。じゃあ、こっちも言っとく。“死ぬなよ”」
「……あ?」
「約束。あんた、どうせ無茶するタイプでしょ」
「お前に言われたくない」
口ではそう言いながら、彼は少し笑っていた。
その笑顔が、妙に胸に残った。
――それが最後の約束になるなんて、このときは思いもしなかった。
