あるフリーターの憂鬱Ⅳ
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ちょっといい寿司を食うと気分がよくなるものだ。
俺が箸で挟んだ鮪が、どのタイミングで古泉の視界から消えるのか実験するような心の余裕も生まれた。とうとう俺もキャプ食いを習得したわけだ。とはいえ、いくら杉田ボイスが聞こえたところでここはスケット団ではなくSOS団のいる世界。逆に言えば消える食事の第一人者は俺かもしらんがな。わはは、と笑う声が虚しくこだまする。虚しい。
そう、人はそれを現実逃避と言う。異世界まで逃げてきてもまだ逃げる場所ってあるんですね。古泉はなんでも手を叩いて褒めながら解説するものだから気分は悪くないが、さすがにいつまでもこうしているわけにもいかない。和やかな雰囲気でおしゃべりが出来ているが、向こうは俺を見ることが出来ていない。この状況は相当なストレスになるらしいからな。
しかし、ハルヒはいつもこのちやほやを味わっているわけだ。まったく羨ましいことだね。いや別に言うほどではないけど、古泉がキョンを羨ましいと感じるように、俺だって同じようなことをハルヒに感じるってことだ。お前が過去三年間という時間を惜しみなく捧げた少女に対して、思うところくらいあるさ。
でも、お前は現状を受け入れている。ハルヒが俺から離れろと言えば離れるんだろう。現に、少しばかり距離感を感じることも増えて来た。
俺だってキョンくんを好きなわけだから、まあ、お前をどう思ってるかなんて話をするつもりはない。だから勝手に嫉妬でもなんでもすればいいし、キョンも俺の気持ちになにも気付かなくて、このままでいい。俺は現状維持が好きなんだ。
因みに、レンタルビデオ店で続きを借りて来た妹ちゃんおすすめのアニメは、それほど主人公が俺に似ているとは思わなかった。
黒髪ロリの通常姿とは違い、大人バージョンとやらはたしかに金髪だったけど、二つ結びでいかにも魔法少女なキャラだった。年齢も中学生くらいで大人というほどでもなかったし、キャラ的にはまどマギで言えばまどか的な雰囲気だった。俺は杏子派だけども。
さんざん反論したが、そのウサコ大人バージョンとやらは古泉的には結構俺に似ているように見えるらしいから不思議な話だ。どうにも妹ちゃんに優しかったように思うし、これは疑惑ありだな。あとでイエスロリコンノータッチという概念をきっちり教えておこう。
順番に風呂に入り、出てきたら手を繋ぐ。なにをしてもいちいち古泉の隣に戻らなければならないので、だんだん飼い主にお手をしているような気分になってくる。そこはかとなく屈辱的だが、まあ仕方ないさ。また情緒不安定になられても困るからな。
どうやらハルヒは不満らしいが、一応これでこいつは俺の頼みの綱である。古泉が喚き散らすようになったらいよいよ世界はおしまいだ。へらへら笑って舐め腐った態度を取っているくらいで丁度いいのである。頼むから、そうそう何度も俺の命の危機を演出しないでほしいもんだ。未来の俺には戒めとして覚えておいてもらわないとな。
しかし、ハルヒのやつもなぜ古泉にはゲタを預けられないんだろうか。たしかに俺は希少な異世界人のサンプルなんだろう。どうしてかはわからんが、俺の世界の教科書にまで影響を及ぼしたほどに俺を欲してくれた。だから慎重に扱うのはわかる。でも、俺としちゃ長門の次くらいには頼りになると思うし、機関から提供される毎日の暮らしにも満足している。これといってこいつと不仲アピールをしているつもりもない。まあ孤島の一件までは古泉も皆と同じくヒラ団員だ。今のところは怪しい転校生その1という認識なのだろう。
まったく、なんの予防線を張っているのか我ながら謎だ。
ハルヒは俺を気に入っている。下手をすればキョン以上に、だなんてにわかに信じられる話じゃないが、この時間この場所においてはもう間違いようのない事実なのだ。かと言って原作のキョンの位置に俺がいるということでもないらしい。ハルヒはキョンを当事者にして世界を変革する際、苦痛を味わうような目には合わせない。だから、多分それも俺が望んだことなんだ。
あいつが現実はそんなに不思議じゃないと思っているように、俺はタダでおいしい目に遭えると思っていない。だから、こんなにすごい体験を毎日していることに帳尻を合わせるために、俺には負荷がかかる。大方そんなところだろう。
でも、それならせめてハルヒだけに見える透明人間ってことにしておいてもらいたかったもんだ。彼女の考えていることはシンプルで、俺ももっとわかりやすくやっていかれた。だというのにあいつも変に常識人だからな。ハルヒの情緒が意外にまともなことは、俺もよくわかってるつもりだ。
きっと家族もまともで、そんでもっておおらかなんだろう。だから、遠い親戚だということにでもしてハルヒと俺が一緒に住めるようにしたら良かったじゃないか。そうすりゃお前も俺を観察し放題で、少しはメランコリーが晴れたのかもしれないぞ。
なんてのもまあ、現実逃避なんだろう。自分でも理解できないなにかに阻まれて、俺はいつまでも真実に近づけないでいる。近づけないのか、近づかないのかも、いまいちわからないままに。
「じゃ、古泉。腹も膨れたし作戦会議と行こうじゃないか」
「議題としては、まずひとつ。最も重要なのがここです。涼宮さんを説得するためのマジックワードを見つけ出すこと」
「要するに、理に適っている必要はないんだな?」
「ええ。涼宮さんの中で意味が通ればいいんですよ。彼女が納得するのなら全ての烏は白くなり、白い馬も馬となる。帰結するところさえあれば多少暴論でも構いません。ただし、これが見つからないことにはすべての計画は失敗に終わるでしょう。そして、そこを解決したとしてもまだ二つ難題が残されています」
「調子が戻ってきたじゃないか。いい感じに回りくどいぞ」
「お褒めに預かり光栄です。難題というのは単に困難なだけで、なにも悪魔の証明というわけではありません。一見実現不可能に思えても、彼女の思考回路は実にロジカルですから。なので、必ずヒントがあったはずなんですよ。そこはあなたの記憶力に期待しましょうか。さて、一つは説得時にあなたを彼女に認識させる方法の模索。そして、その時まで僕たちがあなたを認識している必要性がありますから、全部で三つの問題が立ちはだかっているわけですね」
古泉がメモするわけもいかず、俺がメモ帳に書き込んでいく。古泉の方は録音するみたいだ。
「俺をハルヒに認識させるのは、一応案がある。部室にあるオブジェを持ってきて、その言葉を校庭に書こうかなって。最近あいつ窓の外ばっか見てるから見えるかもしれない。市内探索がハルヒにとって印象深いことを祈るばかりだがな」
「なるほど。いい方法かもしれません。では、相談のためにも彼に電話をかけましょう。まあ、出てもらえるかはわかりませんが」
「お前な、もう少しキョンくんを信じろよ」
「信用に値する人物だとは思っていますよ。ですが、さきほども言った通り、これは涼宮さんからの問題提起なんです。僕と彼は試されています。だから僕たちだけはあなたを手伝うことができているんです。同時に、この試験は減点方式を採用しているようですね。彼女は無意識化で僕たちに失望する度に状況を悪化させています。僕は思うんですよ」
「なにをだ?」
「このままだと彼女は、あなたと自分だけの世界を創造しかねない」
俺の反応はこいつには見えていない。それでも古泉はこの一瞬の無言になにかの確信を得たようだった。まさか、憂鬱のラストであの異空間に行くのがハルヒと俺だなんて、さすがにあり得ないし勘弁してほしい。
そんな逸脱事項が起きればもはや解決のしようがない。まるで、それじゃあ俺がこの物語の主人公のようじゃないか。
「杞憂であればいいのですがね。さて、今度こそ本当に電話をかけますよ。あなたにはショックな出来事となるかもしれませんが……」
「構わないよ。朝比奈さんには泣かれてるし、お前は怒り狂うし、長門も本調子じゃなさそうだしさ。こういう時、自分より悲しんでいるやつがいると泣けないもんだ」
古泉がスピーカーで電話をかける。意外にもワンコールで通話がつながった。
「もしもーし、古泉くん?」
「妹さんでしたか」
「うん! そうだよ。あのね、キョンくん今おふろなの。もうすぐでてくると思うよー。あとね、ちゃんとお手紙とペンわたしたよ」
「ありがとうございます。では、また掛け直しましょうか」
「だいじょうぶ。キョンくんでてくるまで、あたしがお話してあげるね」
古泉はこちらを向いて苦笑した。
「ヒカリちゃんはいるー? そうだ、あのね。キョンくんヒカリちゃんのことしらないってウソつくんだよ。だからおかあさんもね、知らない人とおでかけしちゃだめって言うの」
やはり、妹ちゃんは俺を忘れないんだな。明日の朝もアクションしてくれるとありがたいんだが。
「そうか。じゃあまた今度ちゃんと頼まないとね。キョンくんは今一時的に馬鹿になってるだけだから、お手紙を読んだらもしかしたら馬鹿が治るかもね」
「でしたら確かに、電話を繋いだまま読んでもらうほうが得策と言えるかもしれませんね」
もしもこのまま妹ちゃんが俺を忘れないなら、彼女から経由した記憶は補強される可能性もあるか? 一応、賭けてみてもいいかもしれない。
「……そうだな。妹ちゃん、今から俺たちは友達のサプライズパーティの支度があるんだけど、少し手伝ってもらえる? 俺の絵を描いてほしいんだ」
「いいよー。あたし、お手伝いする! ちょっと待っててね」
「こら待て、何を手伝わせるって?」
よっこいしょ、と仕事帰りの父親みたいな声を出してキョンが会話に参加してきた。キョンは視角情報が優先、つまり電話では俺の声を聴かせることができない。やはりこの二人が協力しなければ収まらない騒動なのだと、ここにきて俺もようやく実感が湧いて来た。
原作の二人を思い返す。キョンは古泉に対して当たりが強い。男のプライドとやらなのか、言動が腹立たしいからなのかはわからない。そもそも、キョンは付き合いはいいけど慣れ合うような性格はしていない。
古泉は途中までは一歩下がって事態を動かす側だった。登場人物が劇作家のような視点でものを見ているから、どうしても仲間という感じがしない。こいつのその距離の取り方を見越しているのか古泉がうまく操作しているのか、ハルヒが古泉と積極的に仲良くしている描写はあまりない。
その二人の共闘となれば、オタク的にはめちゃくちゃ熱い。あー、もっとイベントが少なければゆっくりと色々噛みしめたいんだけどな。せっかくだから観光もしたい。さっきの閉鎖空間だって、大阪駅前は工事が進んで今では同じ景色を見ることはできない。阪急百貨店の屋上遊園地だって今はもうないしな。せっかく本場にいるのにじっくり見ることができないのは勿体ない。
「ったく、こっちは風呂上りなんだぞ。また面倒ごとに巻き込みやがって。さっきお前に連れ歩かれたばかりじゃねえか」
お風呂あがりかあ。いや、違います。通報しないで。違うんです、そんな目で見ないでください。ところで今何着てる? 灰色っぽいスウェット? 頼む消えてくれ雑念。それどころじゃないんだ。
「そう言うと思いましたよ」
「古泉、なんだか知らんがお前らのイカレた思想にうちの妹を巻き込むのはやめてもらおうか。それになんだ、あの手紙は。電話をするなら直接話せばいいだろうが、今の俺は手紙に神経質なんだよ」
ぼす、と布の擦れる音。妹ちゃんがとことこ駆けていく音。
「なるほど、だから彼はあなたに手紙をしたためたわけですね。期待を裏切るようで心が痛むのですが、それは僕からのものではありません」
「なんの期待だ、気色悪い」
「差出人も書いてあるはずですよ。できれば付属のペンを持ちながら読むことをおすすめします」
「ちゃちな奇術師かメンタリストのようなことを言いやがるな。さながら学習塾の付録セットか?」
「言い得て妙ですね。学力の方は保障しかねますが、貴重な情報を得ることには変わりありませんよ。僕としてはそのままでも構わないんじゃないかと思うんですが、彼にとっては……そして涼宮さんにとってはそうじゃないようだ。あなたが覚えていて、且つ解決に尽力する。おそらく彼女が見たいのはそういう姿勢なんです」
「また涼宮か。家に帰っても誰も涼宮の話を聞いてくれないのか? だからってわざわざ電話までしてくるなよ。俺はお前らと違ってあいつのファンでもなんでもないんだからな」
「そう仰らず。効果は保障出来かねますが……そうですね。もしもその手紙や、ペン、ノートやマスコットがあなたになんの影響を及ぼさないようであれば、お望み通りすぐに電話を切りますよ」
「随分と自信があるようだな」
「……いえ、半分祈るような気持ちです」
はん、とキョンは鼻を鳴らす。なるほど、声だけでも情報はあるものだ。姿は見えなくても、はっと息を吸う音や溜息と共に吐きだされた呻き声によって彼が多少のことを思い出してくれたとわかる。こうやって、俺という存在は何度でも彼を苦しめてしまう。でも、それを構わないと言ってくれたのも彼だ。だから、頼ることに決めた。
「……俺は一体、あと何回このことで驚けばいいんだ?」
「僕としてもこれで最後だと思いたいんですが」
「いざ明日になって、俺はなにも覚えてない……なんてオチはやめて欲しいもんだぜ。お前の方は隣にいて、いつでも思い出せるらしいからな」
「そういうわけでもないんですけどね。では、試しにテレビ電話にしてみましょうか。長門さんから受け取ったものを持っていてください。見ることは出来るかもしれませんよ」
古泉の携帯画面に、くまのマスコットを持ったキョンが映し出される。こんな時どういう顔をすればいいかわからない。彼の方もリモートワーク中に猫が通り過ぎたみたいな居心地の悪そうな顔でこちらを見ている。ぜひ長時間堪能したいおうちキョンくんだが、俺は一生懸命真面目な顔を作る。
「問題なく映っていますか?」
「ああ、米粒をつけてむすっとした女が映ってる。お前が芦川ヒカリ……だよな?」
「うぇ!? 嘘!! く、古泉が見えていなかったのが痛手だったか……」
「取って差し上げられず無念の思いです」
「何か慌てているのはわかるが声は聞こえないな。で、どうするんだ?」
古泉はさきほどの議題をキョンに伝えている。俺はというとフレームアウトして顔を拭いていた。本当にお米ついてた。冗談だと思ったのに。
「……というのが、現在の問題点ですね」
「明日まで覚えている方法だが、視角情報が優先なキョンには今持っている長門から渡された朝倉のマスコット、俺が空間固定に使うペン、そして俺のノートや長門からのメールなどが有効だろうな。古泉が連絡すれば、それらを見る方向に誘導することは可能だろう。そして、」
「僕はあなたに話しかけてもらうしかなさそうですね」
「まあできる限りくっついて話しかけるさ」
「おい、こっちは聞こえないんだからそっちで完結するな」
俺の話したことをそのままメールにして、古泉の携帯からキョンくんに送信する。これも視角情報になるはずだ。古泉が画面を傾ける。メールを確認するキョンのドアップはちょっと心臓に悪い。でも、大丈夫だよね。キョンと古泉が協力して、俺も一生懸命走りまわれば、きっと解決するよね。
俺にSOS団からいなくならないでほしいって、キョンも古泉も思ってくれてるんだから。
「なるほど。俺の出る幕もなさそうだが、そういうわけにもいかないんだろうな」
「なぜそう思うんです?」
「さっきまで飼い主とはぐれたチワワのような顔をしていたそいつが、なにやら安心した様子だ。きっと、俺はなにかとんでもない約束をしちまったんだろうよ」
「そうだよ。キョン、かなり熱烈だったんだから」
「なんだか妬けますね。そういえば、彼は涼宮さんに自分を認識してもらう術として、校庭に落書きするそうですよ」
「まったくよくやるよ。そこまでして、もし停学にでもなったら意味がないだろ」
「その辺りはこちらでフォローするつもりです」
ててて、と妹ちゃんが滑り込んでくる。
「あ、ヒカリちゃんだ。こんばんはー。ヒカリちゃんの絵かけたよー」
「だから今大事な話をしてるんだって、しかもお前これはヒカリの絵じゃないだろ……」
キョンは眉を寄せ、妹ちゃんに渡されたイラストを見るとなんだか意地悪そうな顔で笑った。嫌なフラグが立った気がする。
「いや、これはこれで使えるかもしれないな。俺の方も一つ涼宮を説得する妙案が浮かんだぞ。あいつはヒカリをいじり倒して遊ぶのが好きだからな」
「遊ぶ……なるほど、ずっとひっかかっていたんですよ。ええ、そうですね。僕の方も涼宮さんの説得に一つ、シンプルな手法があるかもしれません」
古泉が繋いだ手から割り出しただろう俺の顔の位置を見て、微笑んだ。
「意外にとんとん拍子で進むね」
「とも言えませんよ。あなたも証明できるようにしておいた方がいいでしょう。どれだけ涼宮さんがあなたを大事に思っていたかが、あなたに伝わっていなければ意味がない。それを自信をもって言えるように。そして、どれだけこの世界に残っていたいかを訴えられるように。もちろん、僕たちも尽力します。けれど、結局はあなたの気持ち次第なんですよ」
「そうだな。俺は、ここにいたい。それをちゃんとわかってもらわないと」
人に大事にされている証明って、そんなもんどうやって提示すればいいんだよ。いや、実を言うと一つだけアテがある。外れたら切腹なんてもんじゃないほどの大恥だが、それでも消えるよか何倍もいい。いい、はずだ。
「それに古泉とのコンビ解消も考え直してもらわんとな」
「そうですね。僕もあなたが隣にいないと落ち着きませんし。あまり続くようでは後遺症で手が離れなくなってしまうかもしれません」
「恥ずかしいやつだな、ほんとにお前!」
「なあ、ヒカリ」
「なんだ?」
「なんだ、と言っていますよ」
キョンは真剣な顔つきをして、そして目線を逸らす。
「あー、やめだやめだ。なんでもない。今生の別れでもなし、明日すべてが終わったら話すさ。お前も、俺が見やすいようなわかりやすい見た目で来い」
「無茶言うなよな……」
「今の顔でだいたい何を言っているかはわかったが、冗談で言ってるわけじゃないぞ。俺だけがお前との思い出の品を持っているより、お前も持っている方がわかりやすいはずだ。朝倉のこと以外でもなにか俺とのやりとりをしているものがあったら、持って来いよ」
「それは僕も思っていたんです。僕が昼間あなたを思い出したのも、お弁当を食べた後でした。どうして自分がお弁当を持っているのか不思議に思ったんですよ。あなたから触ったことで記憶が定着することも考えると、かなり効果的かもしれませんね」
まさか、あのでかいぬいぐるみを持って学校に行けというのか? 多少の恥をかくのは構わないつもりだが、それにしたってな。インパクトは当然あるけども。でも、あのゴムを着けるのもな。
どうしても、憂鬱編の最後の日のシーンを思い出す。朝比奈さんとふざけるキョンを見たハルヒは、世界がまるごと作り替わるほどの最大級の閉鎖空間を発生させてしまう。その引き金を、俺が引くことになるんじゃないか、なんて。
「それに、くれた時もそんなに思い出深そうな感じじゃなかったしなあ」
「……そうだ。僕のあげたシュシュはどうしました? 試しに今着けてみてください」
古泉に言われて、鞄の中にあったそれで髪を結ぶ。どうやら会話をしていく中で古泉もいろいろ思い出してきているらしい。小さな納得の声と共に、俺の髪に奴の手が触れた。
「エッ!!! なに!!!!」
「いえ、シュシュは見えるもんですから。だいたいこのあたりに髪があるのだと思いまして」
キョンがなにを見せられているんだ、という顔をしている。
「だからって触るこたないだろ。なにがしたいんだお前は」
「もしかして、あなたからもなにか彼にプレゼントした経験があるんじゃないですか」
「そんなこともあったかもしれん。なにをくれてやったんだったか……」
「多分、髪留めかなにかでしょう。反応を聞く限り」
本当の意味でエスパー少年に近づいていってるよな、古泉。
「……ああ。そうだ。気に入って毎日つけるといるとまずいだとか、なんだとか言ってたか?」
「大事に保管しているんでしたっけ」
急に二人で俺をいじり出すな。
「まあ、俺としちゃ似合うと思ったからやったんだろうから、着けて来る方が嬉しいが。気に入ってるのになんの問題があるのやら」
「キョンくん、そんなこと言ってるのも今の内だぞ。あとで思い出して、似合うとか言っちまったーって、撤回したくなってもしらんからな」
「なんとか説得してみます。こうなると長い人ですからね」
「はいはい、言ってろ。じゃあ、とりあえずは明日思い出すか、だな」
「それなら、ご自身がかならず見る場所に彼のことをメモしておくのもいいかもしれません。鏡、机、出発前にチェックする場所を想定して」
「ややこしいゲームでもしているような気分だな」
「ドラクエ6的な?」
「11的かもしれん。何度も言うが頼むから、忘れていたら思い出させてくれよ」
そう言ってキョンは鬱陶しそうに通話を切る。わかってる。そのお願いはもうされているんだ。かならず、明日も俺のことを思い出してくれ。
「ちなみに、寝ている時も手を繋いだままでいいんですか?」
そういえば妙に物がどけられて広くなっている居間を見渡す。この準備の良さ、お前最初からそのつもりだったよな。い、いくらなんでもそれは。
「いや、隣には寝るけど手は繋がない。寝相でこう……捻じれたりして腕が折れたりしたら大変だし」
「そんなに寝相が悪いんですか?」
「失礼だな! お前こそ、寝起きの悪さで唸ったり俺を睨んだりするなよ」
「それはないと思います。では、起きたら必ず僕に声をかけてくださいね」
「……マジで同じ部屋で寝るの?」
「あ、意識してしまうのでしたらなにか別の方法を考えましょうか」
「しません!!!!」
俺は布団を被る。明日の朝、古泉が俺を忘れていても何度でも声をかけよう。キョンが忘れていても、何度でも視界に入ろう。そうやってうざいくらいアピールして、朝比奈さんのロックが解けるようにして。長門も自由に動けるようにして。ハルヒにも思い出してもらって、また一緒に遊びたい。そうだ、俺はSOS団と遊びたいんだよ。なんならちょっとくらいコスプレもするし、目立つことだってやってもいい。
不思議だな、見ているだけでいいって思っていたのに。
今は俺、みんなに見ていてほしいんだ。俺がこの世界にいることを。
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