あるフリーターの憂鬱Ⅲ
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昼休みになって、お弁当を持って立ち上がった俺は未だ座ったままのキョンを振り返る。そわついた様子の彼は、待ってましたとばかりに手招きしてきた。変だな。俺と彼は隣の席なのに。
一声かければ済む距離で、わざわざなんなのだろうか。
「なに?」
「馬鹿、声がでかい」
彼は周囲を見渡す。谷口と国木田、それから俺たちの四人で食事をするのが、今や俺たち一年五組悪友メンツの習わしだ。二人は既に机をくっつけてこちらを見ている。その二人と目が合って、キョンは小さく舌打ちした。
「……芦川、今日は二人で食べないか?」
「!? ……っ! ……!?!?」
「声に気を遣ってくれたのはありがたいが、それじゃあ返事がわからん」
待ってくれ。ちょっと待ってくれ。いくらハルヒがいないからってそんな。二日連続で二人きりの時間があっていいのか? なにを言う。ハルヒも俺とキョンくんに仲良くなってほしいみたいだったし、いいのかもしれない。いいに決まっている。推しの誘いを断るなんて罪深い!
いや、いやいや冷静になれ、俺。それは俺が彼と一緒にお弁当を食べたいからそう思うんだ。こじつけだ。都合のいい妄想をする自分を鮮やかな抜刀で叩き斬って、彼が誘ってくれた意味を今一度考えてみよう。
全然わからん。ただただ嬉しい。ハッピー!
しかしながら、教室の中心で馬鹿みたいに両手をあげて大喜びするわけにもいかないので、俺は困った風に笑って頬を掻いた。脳内では周囲に天使が飛び回りラッパを吹いている。
俺って元から頭がいいとは言い難いが、キョンくんが絡むと冗談抜きでバカになるなあ。画面を埋め尽くすほどのデバフアイコン。当然魅了が一番最初に付いている。
「えーと、なんで?」
「……理由がないといけないのか? 今日は天気もいいしな。毎度男四人で顔を突き合わせて食うのも芸がない。中庭にでも行こうぜ。そうだ、それがいい」
「……?」
「まあそう言うな。たまには俺に付き合え」
「何も言ってないが!?」
「ええい、いいから来い。俺とは飯が食えんのか」
言いながら、キョンはすでに弁当を持って立ち上がってしまう。困って周囲をキョロキョロしている俺を見て、谷口と国木田が無言でエールを送ってきた。おい、キョンには見えてないけどクラスのやつには見えてるからな、それ。
俺は弁当を持って、やけに早足で廊下をずんずん進んでいく彼の後ろに、短い足をせっせと動かして続く。やけに自分の鼓動がうるさい。頭を掻きながら前を行くキョンの広くて逞しい背中をじっと見ながら、次第に俺もそわそわしてきた。
わざわざ呼び出すってことはハルヒのことや、俺のことを話したいのかな。古泉のことだったら、そのうち閉鎖空間に行くだろうから言う必要はない。朝比奈さんも長門も、彼女たちが普通の人間ではない証拠には、近いうちに対面する予定がある。長門に至っては、今日の放課後まで待てばいい。
なぜ俺を呼び出したのか。二人であることになんの理由があるのか。落ち着かない様子だったので、昼になったら呼び出すつもりだったのだろう。ハルヒがもう食べるなって言ったから、嫌味として俺のお弁当を食べたいとか? あ、でもそれだと二人の必要はないか。ていうか、SOS団の話をするなら他の団員も呼ぶよな。昼休みなら部室に長門もいるし。むしろわざわざ外に出るなら、古泉や長門なんかの団員を避けているのか? 二人になろうとしている、ということなんじゃないか。
じゃあ、もしかして……本当に団員の中では俺が話しやすいって思ってくれて、コミュを上げようとしてくれているのかな。ど、どうしよう。ハマってるゲームとか聞かれるのかな。今はこっちの世界にしかないドルアーガみたいなやつをやってるんだけど。キョンくんもやったことあるかな。
二人で話すって言ったらみんなには言えない悩みなのかな。わー、もし年上として人生相談的なアドバイスを求められたら困るな。それか、朝のことを心配してくれてるのかも? あ、心臓飛び出そう。緊張してきた。
キョンが立ち止まったのは、昨日は古泉と来ただろう食堂の屋外テーブルだった。中庭のベンチなんかよりもこっちの方が断然人が少ない。
「あ、お茶買うからちょっと待ってね」
「どれがいいんだ」
ひえ。お、奢ってくれるの……?
俺は俯きながらほうじ茶を指差す。彼は「ん」と返事をして、ペットボトルを二つ買って、テーブルに並べた。
慌てて鏡を見る。よ、よし、顔はそんなに赤くなってない。ついでに前髪を直して、深呼吸。なんで今朝あんなに簡単にハグできたのか不思議なくらいだ。うー、感触を思い出すな。深呼吸、深呼吸。
落ち着いたフリをしてお弁当の包みを開く。こんなことならもっと気合の入ったお弁当にすればよかった。今日に限ってちょっと彩りが地味だ。ピーマンが若干……緑だけど……いや、恰好つけたってしょうがないか。
「それで、キョン。こんな場所に呼び出したからには、なにか俺に話があるのかな」
結局恰好つけちゃったよ! しかもゲンドウポーズまでしてしまった。俺の言葉に、なぜだかキョンは表情を崩す。ほっとしたように。
「気づいていたか。なら話は早い」
なにが? と思って俺は首を傾げる。キョンはもう俺の方は見ていなくて、ポケットの中からメモ用紙を取り出した。
──あ。
ああ、なんだ。なんだよ、そういうことか。そりゃそうか。用事がなければ二人で食べようなんて言い出さないよな。変に期待してしまった。普通に二人でご飯を食べたいなんてこと、あるわけがないよな。浮かれていたのが馬鹿みたいだ。
露骨に落ち込んだ顔をしないように気を付けて、俺はまた愛想笑いをする。
「んーと……お昼食べない?」
「朝下駄箱に入っていたんだ。メモを見てくれ。こいつをどう思う」
すごく……禁則事項です……。
「悪いけど、朝比奈さんとこのボスから許可が出ないと、俺に聞いても未来の話はできないよ」
「わかってる。でも、お前土曜は前もってくじを用意してたよな。このメモ、字は女だ。でも谷口の嫌がらせってこともある。谷口じゃないかどうかだけ教えてくれないか」
もう、そういうところはよく見てるんだから。
「あれはただの時間短縮だよ。目的ではなくて手段なら、ハルヒに気付かれない形で横やりを入れることもできるってだけ。それに市内探索は、本当なら五人だったからね。俺が加わった時点でメンバー分けが変わるなら、多少の自由行動は俺がいる以上仕方のない揺れ幅ってことだと思ってる。いや、まあ、しっかり問題は起きちゃったけど」
「じゃあなんだ? これは一大イベントだから言えないとでも? まあ、俺が女に呼び出されるなんざ一大イベントかもしれんが」
「ていうよりは部活動と違って、俺がメンバーに加わってないだろ? 俺も一緒に呼び出されたとかなら予め君と一緒に悩んだりするけど……そうじゃなきゃできないよ」
「なんだかお前、まるで部外者みたいに話すんだな。ハルヒに関係のない話は聞いてもくれないとは随分冷たいじゃないか。クラスメイトに対して、放課後呼び出されたって相談をしちゃいけないのか」
「キョンくんこそ、普通のクラスメイトに未来予知を求めないでよ」
彼は押し黙る。俺も黙る。ちょっときつい言い方をしてしまった。勝手に期待して勝手にショックを受けたくせに、八つ当たりみたいだよな、今のじゃ。
「ごめん。良くない言い方だったね」
「いや、確かに俺はお前を利用しようとしたことになる。それは……悪かったよ」
「気にしないで。その……俺がもっと君にとって相談できるような、頼りになるような存在だったら良かったんだけど。これから先のことを知っているとまともに受け答えも出来ないね。俺以外の誰かに相談すれば、きっと未来がどうのとか言われないで話してもらえると思うよってくらいなら……アドバイスできるんだけど」
そうなんだよな、こういう時に俺は彼にとってまったく頼りにならない。なんだよ知ってるくせにって思われても仕方ない。
「つまり、俺はこの呼び出しに対して、お前が俺に行って欲しいのか行って欲しくないのかってことも聞けないんだな?」
「それを言ったらネタバレもいいところだからね。俺がどう言おうと、俺が頼む方が規定の出来事なんだろうなあって気づいちゃうだろ」
「お前がそうしろと言った通りに俺が行動するとしてもか?」
「そう言ってくれるのはありがたいけど……そうだな。例えばなんだけど。朝比奈さんがナンパ男に連れて行かれてしまうのが未来では決まっているんです、ってそう言われたとして……君は止めないでいられる?」
「大げさに物を言うんだな」
「例えだからね。でも、やっぱり嫌じゃない? そうやって、ふざけるなよって顔になるだろ。たかがメモの呼び出しでって思うかもしれないけど、もしも俺がここで話せば君は今後、俺が話すか話さないかで重要度のランクをつけられちゃうだろ。メモの話をするってことはどうでもい出来事なんだな。もしくは、メモの話ができないってことは一大事なんだ……というふうにね。だからどちらとも取れないように基本的に俺は何も言わないし、そうならないよう朝比奈さんは最初から何も知らないんだ。君を信用していないわけじゃない」
そりゃあまあ、キョンには行ってもらわないと困る。それは規定なのだし、重要なイベントだ。今の時点ではまだ朝倉は余裕をかましている。だから、想定通り進んで彼女が安心していれば、俺が付け入る隙もあると長門は判断したのかもしれない。
勿論、本音を言ってしまえばキョン抜きで対決した方がいいんじゃないか、とも思う。どうせ長門が朝倉とやり合うことは目に見えてるなら、彼がわざわざ危険な目に遭う必要はないんじゃないかとも思う。
でも、もしかしたらここで立ち会わなかったことによって、キョンはハルヒを取り巻く状況を信じないかもしれない。長門との絆も生まれなくて、消失で出遅れるかもしれない。彼は主人公だ。彼が当事者にならなくては、この物語は進まない。
だから、俺は任務を遂行するために彼に何も言わない。朝倉が長門に何も言わずに暴走するように。目的のために何も伝えない。もしかして、朝倉が自分と俺を似ていると言ったのはこういうことだったのかもしれない。使命や役割は大事だけど、やらなくてはいけないやりたくないことに飽き飽きしているという点で。
じゃあ、なんで俺はここにいるんだろうか。好きな人が危険な目に遭うとわかっていて止めないで、そのくせファンだとか宣っている俺は。
能力を使っている間は動けないから? そのために、俺だって彼を利用しようとしているんじゃないのか? もしも俺のせいで本当にキョンくんが刺されたら、どうするんだ?
「おい、そんな顔するなよ。お前がそういう顔をすると俺は困るんだ。転校初日から何回も、ああ弱ったどうしようって……迷子みたいな目をしやがる。実際、お前は迷子なんだろうけどな。家に帰れない、知り合いも一人もいない。よく発狂しないでいられるよ」
「ええと……もしかして俺、慰められてるの?」
「お前、そうやって首を傾げているとポメラニアンみたいだよな」
「馬鹿にされてる!!」
キョンは腰を浮かして乱雑に俺の頭を撫でた。おかしいな、俺は大人だって言ったのにまだ信じてくれてないのかな。
まあな~。俺もここに来る前は朝比奈さんのこと、顔の割に言動が大人びてるから実は十八~九くらいもあり得るかと思ってたけど。実際会って時間を重ねて行くと、どう考えても明らかに子供なんだよな。十三~四ってところだろうか。そう考えると色々と納得も行くし。俺に対しては、他の団員相手よりも敬語が多いところとかね。
いやでも、俺は逆なんだよ。二十歳なのに高校生をやらされてるの。わかるだろ。俺ってそんなに幼稚なのか? まあ、対人スキルは陰キャだから低いかもしれないけど。
「要するにだ。これはお前の知っている話なんだろ。それはわかった。きっと平凡な俺の頭で考えた結果は、お前の知っている未来になるんだろう。でも、なんだ? お前がいることで起きる問題……」
「逸脱事項?」
「そうだ。逸脱事項とやらではないってことだ。なら、そうなった時は俺にも一枚噛ませてくれないか」
「もしかして逸脱事項かと思って報告してくれたの? すごいそわそわしてるから、ラブレターに喜んでいいのか困っているのかと思った」
「うるせえ、そんなものは半々だ」
「あはは。じゃあもしも本当に逸脱事項だったら、キョンくんが手伝ってくれるってこと?」
「ああ。その代わり、お前も俺に助言できる時はそうしてくれよ。以前までは一般人だったと言うだけあって、お前の感性は団員の中では俺寄りみたいだからな」
「わかった。出来る限りそうするよ。俺は俺の知ってる規定に沿わないといけない。だけど、その中でも君の負担が軽くなるように尽力する」
「お前の負担もな。朝みたいなのはもう御免だ。冷や冷やする。頭はもう大丈夫なのか?」
「悪口言われてるみたいなんだけど。まあ、もう大丈夫だよ」
今日、実はこの後でもう一回具合の悪い俺を見てもらいます、と言ったら彼は怒るだろうか。俺たちはようやく弁当を開いて各々食べ始める。
「ああ、そういえばね。朝、あの後で元の世界と連絡が取れたんだ。兄と電話したんだよ。ちゃんと今も顔を覚えてるんだ」
「そうか。それで機嫌が良かったんだな。なにか話せたか?」
「うん。満月の日に部室にいれば連絡できるみたい」
「ほー。じゃあ、月一で話せるのか」
「……とも、行かないんだよね。世界と世界を繋ぐってあんまりよくないらしくて。だから必要最低限」
「お前も大変だな……と俺が言っても、ハルヒに呼ばれて嬉しかったとお前は答えるんだろうが」
「キョンくんも俺のことがわかってきたみたいだねえ」
お決まりの「やれやれ」を彼が呟いて、俺たちはその後兄妹がいるとここが困るなんて共通の話題で盛り上がったりして昼食時間を過ごした。
キョンくんと交換したピーマンと茄子の煮物を、彼はまったく普通の顔で「これうまいな。また作ってくれ」なんて言う。なんかちょっとドキドキしてしまった。俺は俺で彼のお母さんの作ったらしい、昨晩の残り物の中華風甘辛肉団子のレシピが気になった。酸味も効いていておいしかったなあ。
「そんなに気に入ったなら作り方を聞いておいてやろうか?」
「え!? そ、それはちょっと恥ずかしいような……」
好きな人のご家庭の味再現とか。そこまで行ったら、いよいよ俺も兄貴と同じ変態の道を歩んでしまうんじゃないか?
「お前の照れるポイントがまったくわからん」
「キョンくんはそういうの気にしないもんね」
「なんだよ。失礼なやつだな」
なんて言いながら俺たちは教室に戻る。谷口と国木田の生暖かい視線から逃れるために、俺は早々に携帯ゲームのスイッチを入れた。
「キョンよお、わざわざ二人で出ていきやがって。お前ら何話してたんだ」
「お前には関係ない」
早速彼が質問責めに合っている。まさか手紙の内容に関して谷口に相談することはないだろう。谷口のイタズラという線も疑っているみたいだし。
「芦川、ずいぶん懐かしいのやってるね」
「うん。メジャーだけど触ってなくって。せっかくだから初回限定版を買ったんだ」
「あ、そうなんだー……」
歯切れの悪い返答に、俺は国木田を見上げる。
「ちなみに今何面?」
「3-13かな。わ!? なんだこれ!?」
「あー、やっぱりね」
画面の中では、勇者が分裂していた。
分裂した勇者は剣も持たずにうろちょろしており、そのせいで視点が勝手に移動したりとこっちのプレイを阻害している。ただ、その代わりにマップを歩き回る敵の足止めもしている、という一長一短な状態。
プログラム的に主人公と同じで敵視は引くらしく、まとめタンクみたいになってる。まとめたまま動き回るので振った剣が当たらなくて困るんだが。
「あ~、なんだよこいつ! 邪魔!」
「それ固定バグって言ってね。初回生産分だけに起きたバグなんだよ」
「出たー! 固定バグ。懐かしいな、昔話題になったわ」
「実物見るのは俺も初めてだな」
谷口とキョンも、国木田の言葉に反応して覗き込んできた。
「どうすりゃいいの?」
「あー、平気平気。すぐ死ぬからそいつ」
「まとめるだけまとめたら、勝手に敵と一緒に消えるよ。足止めと誘導だけやって身代わりになってくれるからね。3-13は厄介な敵も多いし、むしろラッキーだと思っていいよ」
国木田の言葉は、なんとなく胸にぐさっと来るものだった。まるで嫌な予言みたいだ。急にポップアップみたいにこの世界にやってきて、固定とか誘導とか一見地味な能力を操って、ハルヒやキョンの身代わりになって、敵視を稼ぐだけ稼ぐのが役目で。
朝倉と一緒にそのまま死んじゃうみたいな──そんな風に聞こえた。
「へー。俺みたいだな」
「……は?」
つい口を突いた言葉に、キョンが反応する。俺は慌てて身振り手振りで能力のことだ、と誤魔化した。彼は納得がいっていないみたいだった。
考えて見れば、長門が太鼓判を押したって言っても俺が朝倉に対処できる方法はあまりよくわかっていない。
朝倉に乗っ取られた空間が広がらないように固定しようにも、そもそも教室内でやることだ。空間を広げるかはわからないし、止めて意味があるかもわからない。キョンに敵視が行かないように誘導したりするくらいは出来るかもしれないが、多分存在ごと解除するみたいなナイフに刺されたら俺もヤバイよな?
それとも危機回避能力とかいうので勝手に攻撃を避けられたりするのだろうか。維持とか固定とかで、朝倉の動きを止めたりとかできるのかな? 出来ても一瞬だろうな。
そもそも、俺って今朝、朝倉の攻撃を受けて記憶喪失というか夢遊病みたいになっていたんだけど、もしかして思っている以上に無能なんじゃないだろうか。攻撃手段になる武器とかないし。そんな装備で大丈夫か?
──大丈夫だ、問題ない。
長門は死なないと言い切った。解決ができるとそう言った。そして、出たとこ勝負とも言った。
つまり、長門の作戦ではなく、俺が俺の頭で考えてやることに意味がある。有機生命体の感情や行動を理解していない朝倉にとって、予測できないのは俺やキョンといった普通の人間だ。一番いい装備を俺は持っている。
なにせキョンがいれば、俺はへこたれない。俺がいれば、キョンにそのナイフの先を向けさせない。だから、落ち着いてやれることをやればいい。
「……なあ、言ったよな。なにかするなら俺も混ぜろと」
彼もお人好しだよな。あんなにハルヒに巻き込まれるのを表面上嫌がってるのに、わざわざ俺の心配までして。やっぱり兄気質だからなんだろうか。キョンは俺の肩に手を置いて、小声で問いかける。
「聞いたよ。そして覚えてる」
「そういう返事が聞きたいんじゃない」
「いや、本当にその時が来たら一枚と言わず二枚でも三枚でも噛んでもらう。俺の生命線は、きっとキョンだ」
そうとも。混ざってくれなきゃ困る。なにせ、俺がその逸脱事項に巻き込まれている時には君も一緒にいる予定なんだから。
よくわからないという顔をしているキョンに、俺は親指を立てた。至近距離で内緒話をしている俺たちを見て、谷口がつまらなさそうな顔をした。国木田は今にも笑い出しそうな顔をしている。
「お前たち、もう進んじまったんだな……」
「なにがだよ?」
「いやー、芦川。対人距離に余裕がでてきたんだね」
そういえば、内緒話をするために目の前のすごく近いところにキョンくんの顔がある。石鹸系のデオドラントみたいな匂いがふわっと香ってきて、呼吸が止まった。
「ぎゃー!」
俺はつまらないコントのオチみたいに椅子ごと床に倒れ込んだ。