あるフリーターの憂鬱Ⅲ
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「おっと、」
「……っぶね~」
教室を出てすぐに古泉とぶつかりそうになる。軽々と受け止められると男子としての俺は立つ瀬がないよなあ。咄嗟に肩に手を置けるその反射神経が羨ましい。俺は古泉の制服にリップを着けないよう仰け反ることしか出来なかった。
「随分リアクションが早いな。走ってきたのかよ」
「いえ、連絡をいただく前から騒ぎになっていたものですから」
「ええ……? 困惑。さっさと調べるか」
「そのことなんですが、失礼」
古泉は俺の後頭部に手を添え、顔を寄せて耳に近づく。息がかかった。
「ンワァー! 近い!」
「失礼って言ったじゃないですか」
「ええい、うるさい。先に断ったらなにしてもいいのか。なら俺もそうするからな」
耳を押さえて距離を取る俺に、顎に手を当てて思案していた古泉はにっこりと笑いかけた。図らずも朝比奈さんが未来と連絡とってるポーズだったな、俺。
振り返ると、教室では谷口と国木田がほっとした顔をしていた。なんだその保護者登場みたいな目は。キョンはなにか言いたげに立ち上がろうとしている。あー、今こっち来ないでほしい。
「……それはなんだか楽しそうですね」
「楽しくないことをする時に断ってからやってやるって言っているんだよ! プラス思考だな! もう埒があかん。いいから来い」
俺は慌てて古泉の腕を取ってずんずん歩き、校舎の端っこにある男子トイレに引きずり込む。キョンは追ってきてないみたいだ。
ここにはあまり人が入って来ないと知って、俺はわざわざ用を足す時にここまで来ている。内緒話にはぴったりなのだ。
古泉は窓際に立ち、全部が全部わかっていますというような顔で決めポーズをすると、ゆっくりと話し始める。トイレでこんなに爽やかなことがあるか。イケメン清掃員として一定の層に売り出せそうだな。
「元気が出たようでなによりです」
「ありがたいけど……小学生の励まし方だな、お前」
「さて、涼宮さんの行動理念ならわかっています。多分、僕にあなたを取られたくないんでしょう」
都合の悪いことはすーぐ無視する!
「はいはい、さすがはハルヒのカウンセラー。話が早くて助かるが、言っている意味は全くわからない」
「わかりませんか? 僕らはほとんど同棲みたいなものですし、いつも一緒にいますよね。それが、彼女は気に入らないんです。異世界まで手を伸ばして連れて来たお気に入りの団員が、男とべたべたくっついているんですから無理もありません」
「はあ? あいつが決めたことじゃねーか」
「そこが、彼女の……ま、言ってみれば可愛らしいところなんですが」
なんかちょっとムッとくるな。
「あはは」
「なに笑ってんだよ」
「いえ、ここで怒るなんて少し意外でした。同意するとばかり。とは言え、喜んでもいられませんね。はっきりと釘を刺されたようなものですから」
「一人で喜んだり納得したりするな。結論から言え」
「では、手短に。涼宮さんは競争率をあげたいんですよ。そして、あわよくばあなたからの好意や興味が向けられる人物を不特定多数……つまりは適度に分散させたい。誰か一人とばかり仲良くしているのが我慢ならないんです。その上で、それによってあなたへの好意や興味を持つ対象が増えても構わないと考えている。これにはちょっとした問題がありまして。ここで彼女は一つ誤算をしているんですよ。機関も未来側も宇宙側も、それこそ誰彼構わず手を差し伸べてしまうのがヒカリくんですからね。そんなあなたがSOS団の団員以外と交流し始めると、結局は自分たちとの時間も削ってしまう。どこからか昨日出かけた話でも入手したのでしょう。焦って墓穴を掘ってしまっているんです。あなたの性格を読み切れていないとも言えるでしょうか。あなたに対して、彼女は手ごたえを感じていないんです」
十分長い。俺の視線を感じ取ってか、古泉がまたもやくすりと笑う。にこやかに手を広げて、研究発表を演説に切り替えたような立ち振る舞いで、次々と軽やかな言葉の弾丸を発射してきた。結構痛いんだよな。図星が多くて。
「面白いことに、別の側面から見ればこれはあなたを守っているとも言えるんですよ。例えばですが、光栄にもあなたは僕をとても大切に思ってくれている。僕になにかあれば……あなたはおそらく、“あなたになにかがあった時の僕と同じ”ような態度を取るでしょう」
「そりゃそうだろ」
「……、ですよね」
「て、照れるなら言うなよ。なんだよお前」
「すみません。で、僕は思うんです。ならばもしも“彼”になにかあるとしたら……とね」
どき、とした。そこまで気取られるなんて……こいつ、本当は未来視のスキルがあるんじゃないか。
朝倉涼子の暴走。それは予定調和だ。目前に控えたイベントに、俺が敏感になっていないと言えば嘘になる。出来れば何も起きて欲しくないが、これは間違いなく起きる出来事だ。その時になればキョンは命の危機に晒されるが、間一髪で長門に救われるという流れがある。これはキョンが俺たちの素性を信用するきっかけになる重大な一歩だ。間違いなく、この事件は起きる。
しかし、俺がいることによってイレギュラーが発生してしまうのではないかと、そこがずっと気にかかっている。もし、そのことでキョンになにかあったら。
実際、既に原作にはなかった古泉の負傷を目の当たりにして俺はパニックになった。古泉の怪我があの程度で済んだのは、戦闘経験があったからだろう。慣れた相手、慣れた場所、元々の運動神経に超能力。それらが合わさっても彼はイレギュラーで怪我をした。
キョンはまったくの一般人だ。当然のごとく戦闘に関してはズブの素人。さらに、相手取るのは長門のバックアップである、殆どなんでもありの宇宙人。ここで予想外の出来事があれば、もしも長門が間に合わなければ、彼は──死ぬかもしれない。
「あなたはきっと、常人ではまず取らない方法に頼ってでもその脅威を逸れようとするでしょう。例えば……自分の命をレートに乗せてでも」
「……さすがに、ここまでくれば自分の重要性はわかっている。お前にも返事してないしな。安易にそんな選択は取らない」
「二択でも?」
「……え?」
「もしも、彼の命かあなたの命かを二択で迫らた状況でも、同じことが言えますか? いえ、言えないでしょうね。あなたは間違いなく、どんなに悩んだとしても、最終的に自分の命を差し出すことを選ぶ。それは何故か。第一に、あなたが自分をこの世界に混入しただけの異物だと思っていること。同じ立場になっていないのでわかりませんが、これはいくら他人に説得されたからと言ってなかなか改められるものではないでしょう。引っ越し先の学校にはすぐに馴染めないのと同じように、自分は部外者だと一線を引いてしまう」
それは、お前も同じなんだろうか。転校してきて五日なら無理もない。だから、多少は俺の気持ちがわかるってことか? そもそもエージェントとして潜入している古泉だから、どうしても他の生徒と仲良く過ごすってわけにはいかないのもあるだろう。そしてそれは長門や朝比奈さんも同じだ。
だからこそ、キョンとハルヒは団員の中で互いにとても近しい存在なのだ。本人は自分のことを普通のつまらない学生だと自負している点でも。
「第二に、彼のこの世界での重要性です。僕はずっと不思議に思っていたんですよ。彼は間違いなく一般人です。それでも涼宮さんは彼をSOS団のメンバーに選んだ。そこには意味があるはずです。そして、もしかするとあなたはその意味を理解しているんじゃないか、とね。だとするとこう推測できるんですよ。あなたの知る規定では涼宮さんと彼がもっとも強い絆で結ばれている。それだけではなく、なにか……そうですね。我々の知らない“彼がSOS団にいることがなんらおかしくない超常的な理由”もまたある。こんなところでしょうね。ですから、この世界を遵守するあなたは、どれだけ迷ったとしても、僕が追い縋っても、朝比奈みくるが泣くとわかっても、長門有希に止められても、最終的に彼の生存を選ぶでしょう」
そんなつもりはない。そんなことにはならない。もしそうだとしても、なってみないとわからない。そう言いたいが、否定できない自分がいる。
キョンがハルヒに選ばれるきっかけ。三年前の七夕。ジョン・スミスという彼の偽名。キョンがそのフラグを立てていかなければこの先、クリアできない問題が出てくる。そうなれば世界は消滅するかもしれない。いや、それどころか、キョンが死んだ時点でゲームオーバーになるのがこの世界のお約束なのかもしれないのだ。当然、初恋の少年が死ぬことを、感情的にも俺は看過できない。
この世界はあり得ないことを、ある程度まで許容する。そして同時に、ある程度排除する。例え俺が重要キャラでも、元々この世界にいないのであれば、そのある程度の世界の揺り戻しで誤魔化しが効くのでは、と思わないでもない。こいつの言うことは、悔しいし認めたくないが一から十まで正論だ。
が、古泉はいつになく険しい顔で俺に詰め寄った。
「前提条件として覚えておいてください。同格です。彼がどんなに重要な存在かは知りませんが、涼宮ハルヒにとってもはや今のあなたの存在の大きさは彼と同格なんです。僕にはそう見えます。多分、他の勢力からも。もしかしたら彼以上かもしれませんよ」
「さすがにそれは」
「もし違うとしてもです。彼ほどではないとしても。あなたの存在が消えることはどの勢力も許容できないでしょうね。勢力どうこうの前に、そもそもSOS団の個人が誰も認めませんよ。涼宮ハルヒはもちろんのこと、既にこの時間上の規定に乗っているので朝比奈みくるにとっては、あなたの死は未来の書き換えです。あなたの能力を観察している長門有希は地球上に存在する理由を一つ失いますし、キョンくんは転校してきた隣の席のクラスメートが突然転校するわけです」
「いや、それは……まあ、なんでもない。続けて」
キョンはなんだかんだ、朝倉がいないくなった後もそこまでセンチメンタルじゃなかったけどな。俺が転校したって言われたら、事実を知らなきゃ受け入れると思う。いやまあ、未来のことだから言わないけどさ。
「いまいち納得していないみたいですが、涼宮ハルヒが例え情報の改変に踊らされて納得したとして。いずれにせよ僕は大騒ぎしますよ。過去を変える方法だってないわけじゃない。相手が誰だろうと責任は取ってもらいます。涼宮さんにとってのSOS団は六人ですからね。一人でも減れば、無意識でストレスを貯め込んでいって、そう遠くない未来で爆発するのは目に見ています。どうせ世界が危険に晒されるなら、まあ、むちゃくちゃをやってもいいかな、と思いますし」
「恐ろしいことを言うな」
「でも、そんなことにはなりませんよ。断言してもいい。僕の気が触れる前に、涼宮ハルヒはあなたのいなくなった世界を許せなくなる。よほど円満に元の世界に帰還しない限りはね。思い返してもみてください。あなたが来てからの彼女は、ずっとあなたを気に掛けています。気になるんですよ。異世界から招待したゲストに自分のいる世界が面白くないと思われるなんて、ホストとして一番恥ずかしいことじゃないですか」
「だからさすがに、そこまで」
「そこまでなんです。これは絶対に忘れないでください。彼女はあなたをもてなしているつもりなんですよ。涼宮ハルヒには願望をかなえる能力がある。それは、はたして誰のものでしょうか? もちろん、彼女自身の願いが大半でしょう。でも、あなたの願望も叶えているはずですよ。あなたと涼宮ハルヒの意向が合致すれば情報が書き換えられる。これは大げさでもなんでもなく、事実なんです。あなたが望まない事象もあるでしょう。ですが、それはあなたが食い止めることで結果的に“あなたにとって必要のない願望は叶えない”という願望を叶えている」
そんなの屁理屈だ。そう言ってしまえたらどんなにいいだろう。しかし、今の古泉の発言を聞いて、確かに、と思ってしまった自分がいる。
俺は確かに願った。この世界に来ることも、なんなら男になることだって願ってしまった覚えがある。いいかもな、くらいだったけれどそれだって願いと言われれば、願いだ。今日だってそうだ。俺はセーラー服を着てみたいと思ったことがある。兄貴に会いたいと思えば情報の残滓はその形を取り、やりたくないと心から思ったことは、文句は言うもののハルヒにやらされてはいない。
服を脱がされたのは嫌だったが……そう言えば、今日は先に「脱がされたくなければ自分で着ろ」と選択肢を提示されていたな。まさか、あれも俺に気を遣っていたのか? そこまで、ハルヒは常日頃から俺を見ているのか? それは、ものすごく危険なことなんじゃないだろうか。だって、それは。
それは、俺には──ハルヒに願いを叶えさせる力があるって、ことだ。
「こっ、こ、こ、怖っ……! こ、こわ!」
思わず腰が抜けそうになる俺を、古泉はわかっていたように支えた。俺になんでもかんでも属性を乗せすぎだとは思ったが、本当にこれはやりすぎだ。胃が、胃がいてえ!
「落ち着いてください。大丈夫です。大丈夫なんですよ。二人の願いが合致しないと叶わないんです。あなたが願っても、彼女がそれを許さなければ絶対に願いは叶わない。逆に彼女が願っても、あなたが止めればそれは叶わない。これはそういう図式なんです。あなたの叶っていない願い。覚えがあるんじゃありませんか」
……キョンくんの、ことだ。
「ん? あれ? お前、俺が押し通せばハルヒは否定しないって」
「ええ。でも“押し通して”はいないでしょう。だからですよ。いじらしいことに、それでも彼女は尽力しているんです。汲み取ったあなたの願いを決して認めらることは出来ない。しかし、最大限に叶えようとはしたんです。その結果が、」
「空前絶後のモテ期か……!」
「ご明察です。ああ、もちろん僕は違いますよ。それを証明する手立てはありませんが」
「んなこと疑ってねえよ。でもその推理はピンボケだ。そのことと、ハルヒが俺を守りたいのがどうして繋がるんだ。俺が大事なら、なぜ俺をモテさせて俺が関わる人間を増やす? 大事だと思う対象が増えれば、俺は命を懸ける確率があがるじゃないか」
「ですから命を懸けないでくださいと言っているんですが。まあ、そこに気づいちゃいますよね。おそらく、彼女は芦川ヒカリという人間をまさかそこまで博愛精神溢れる人物像だとは思っていません。僕も初めて会った時には思っていませんでしたよ。誰だって自分の時間や快不快が優先ですし、当たり前のように命が惜しい。ですが、さすがにあなたがお人好しすぎることは理解しました。転校初日で脅迫紛いのことをされた機関に協力し、さらには閉鎖空間で身を削って仕事もこなす──いつか誰かに良いように利用されて、心身共にボロボロになるのが手に取るようにわかるほどのお人好しです」
「そこまで言っちゃうかね」
「言っちゃいます。しかし、涼宮さんですからね。彼女はそもそも、自分の周囲の人々というのをそこまで重要視していないんですよ。まあ、精神的には普通の女の子ですからね。誰かになにかがあるのは元々耐えられないんだと思います。だからこそ、最初から関わらないことで壁を作っているのかもしれません。そういうところは少しあなたと似ていますね。彼女はあなたも自分と同じだろうと思っているんです。こんなに気が合うヒカリくんとは、きっとなにもかも同じなのだと、そう思っているんですよ。案外、それがあなたに備わった能力の説明になるかもしれません。そして同時に、探しているんです」
「だから話が長いって。もったいぶるなよ。何を探しているんだ」
「あなたを預けてもいい相手を、ですよ」
親かよ! でもそうか。こっちに俺を連れて来たのはあいつだ。知らず責任を感じているのかもしれない。別の意味で頭が痛くなってきた。
「いや……いや、それ、それさあ! お前でダメなら全員ダメだろ!」
「そう評価していただけるのはありがたいんですけどね。どうやら涼宮さんにとっては違うようだ。いえ、当初はきっとそうだったんですよ。あなたの願望と自分の願望をすり合わせて、それなりにいい人材を派遣したと満足していたことでしょう。気に入ってもらえる最高の料理でもてなしたつもりだったんです」
「自己評価高いな。でも、預けていい……そうか。実際俺は今機関に……お前のとこで世話されてるようなもんだ。隣室に文武両道のイケメンが住んでいて金の心配もなく、親のいない開放的な一人暮らし。女子の考える理想のVIP待遇だな」
「しかし、彼女の中で事情が変わったんです」
「ほう。それってどんな事情だ」
「そこまではわかりません」
ギャグマンガならコケてたね。
「おい古泉、ここまで引っ張っておいてそれはないだろう!」
「でも、とにかく僕には渡したくなくなったんですよ。単に僕が相手では相応しくないと惜しくなったか……他に充てがあるのに嫌なのか、それかあなたの真意に気づいているからか。僕にはその辺りはわかりません。それで、モテたいというあなたの願望を利用して相手を探しているんです。いえ、本当は誰にも渡したくなくて、うやむやにしようとしているだけなのかもしれませんね」
モテたい願望とか言うな。お前に一切なさそうな願望を口にされると俺は地面までめり込んで行ってしまいそうなくらい落ち込む。
「それで、対応策なんですが」
そして、それはまずい。
「まずいぞ……そうだとするとまずい! キョンに年上が好みだと言ってくれ、なんててきとうな事を頼んでしまった!」
「……放課後には二年生や三年生、教師が押し寄せることになりそうですね。このままでは、県立北高等学校の教育は崩壊します」
「ごめんて!!!!」
わっ、と両手で顔を覆った。教育委員会の耳にでも入れば大問題になる。なんなら逮捕者が出る。私のために争わないで、を地でいくことになるとは思いもよらなかった。モテたことがないのでわからなかったが、さてはモテるってあんまりいいもんじゃないな!
「対応策ですが、最初の僕に言ったように、あなたのそのままの言葉を彼女にぶつけてください。人間関係を構築するのにもっとも大切なのは、嘘偽りのない真摯な言葉ですから」
「おまいう……で、俺は何についてその真摯打撃をいれればいい」
「簡単なことです。涼宮さんの前で、好みのタイプについて話せばいいんですよ。普通の恋愛話でもいい。そういう話を彼女として、コミュニケーションを取ってください。出来ればわかりやすいシチュエーション……他の人も聞いている状況が望ましいですね。教室で恋愛話をするなんて、いかにも彼女が好きそうな……ベタな感じがしませんか?」
「簡単じゃねー! 学生にとってそこそこの死だろうが!」
しかも、そんなことを話していればキョンにに聞かれる可能性が高い。隣の席なんだ。もうこれ以上引かれたくないのに、女子と恋バナしたくて女装してるやつみたいな目で見られたら、メンブレからのストゼロもありえる。
十年前の俺よ。どうしてキョンくんを好きになってしまったんだ。そして今の俺よ、どうしてまだずっと彼が好きなんだ。どうして、俺は彼の隣の席に座って、体育では同じ振り分けになって、同じ教室で着替えるんだ。
馬鹿な話だ。俺が願った。男になりたいだなんて願ったからこんな目に遭うんだ。でも、隣の席になりたいという強欲な願いを抱いていたなんて、自分自身でも知らなかった。ハルヒよりも近いところで彼を見ていたいだなんて欲深すぎる。最悪だよ、俺は。
キョンと仲良くならなければ、もっと、自分の気持ちを我慢できたかな。もしかしたら古泉も同じ気持ちで、俺のことを我慢しているのかな。
「……僕も同じクラスなら良かったんですが。助力できずにすみません」
「あやまんないでよ……」
古泉は手のひらをぴく、と動かして、下ろす。なにかを躊躇うような動きに俺が首を傾げると、苦笑を広げた。
「ああ、いえ、すみません。今、ちょっと抱きしめたいな、と思ってしまって」
「は!? なに!?」
「……やめておきます。弱みに漬け込むようなものですから。応援していますよ。あなたが幸せにしているのが一番です。なにもかも、うまく行くことを願っています。ひとまずは彼女とのことが」
古泉は軽く俺の背中を押して教室へと促す。なんだか、それは自分のことを幸せの頭数に入れていないみたいな言い方で。
俺はちょっと寂しい気持ちがした。