あるフリーターの憂鬱Ⅱ
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フードコートの一角に陣取って各々が食事を楽しんでいる。俺は古泉が選んでくれたクレープを少しづつ口に運びながら、いまいち働かない頭に指令を下す。そうだ。砂糖をどんどん身体に入れて行け。飛ぶぞ。
さて、なにやら先ほどどから、アドベンチャーパート並みに思考に割り込んでくる問いかけに関して、どう扱うべきかというのが目の前に提示された選択肢だ。なんだか気になってしまうよな。
まるで人格が分裂して会議でもしているみたいな奇妙な感覚がある。いや、誰しも天使と悪魔の囁きじみた経験はあるだろうが、その決定権を自分で統率できない状況にあるのが気持ち悪いのだ。思考を自身で分解できないというのは、体調不良でもない限り、日常的にあってはいけないことな気がする。
とはいえ、確かに万全とは言えない状況なので、もしかするとただのバグみたいなものなのかもしれない。だがもしも、これすらもオートモードで俺を守っているのだとしたら無視もできない。
胃が重くて肩ががちがちになって、なんとなく目覚めるのがしんどい朝みたいな嫌な気分だが、思い出していこう。
──思い出す。どうして恋などに現を抜かしている場合じゃないのか。どうして、そう。愛想の良い頼れる委員長である朝倉涼子が危険な存在のか。それは、朝倉が……、
「あ……?」
ぎち、と頭皮が軋んだ。
オルゴールか、電子音かの場内を包む音が永遠に引き延ばされたように歪む。見えるすべてが光のトンネルをくぐっていくような浮遊感の先で、真っ白な空間に首根っこを掴まれて落とされた。糸の切れた操り人形のように、がくんと膝が崩れる。
大きな掌が覆い被さって、俺の上に影を作る。あ、なんだっけ。こういう時、古泉を呼べばいいんだっけ。
俺の全身よりも太い指先が、雑誌のページでも捲るみたいに俺の頭蓋を開いた。何かを引っ張り出そうとしている。ま、まって、いたい、それ、痛いって。爪が食い込んてきた。
あ、やべ、ミスった。
古泉、ごめん、これ、ゲームオーバーかもしれ、
「ヒカリくん?」
肩にじわ、と温度が触れて、ようやく呼吸を忘れていたことを思い出す。後頭部を誰かに捩じられているような痛みから解放され、現実に引き戻された。危なかった。なにが? と思うが、そう思うことを精神が拒否する。
「……っ、」
「深呼吸を。大丈夫ですか? 考え事は控えてください」
誰かが俺の肩に手を置いて覗き込んでいる。
なるほど、ここが限界か。数学の問題を解きまくった後、数字を見るだけで頭が痛くなってぼんやりすることがあるが、あの時の気分だ。数学が得意なやつには一生わからんだろう、あの感覚である。
横に座る相手に言われるがまま深呼吸をした。服の下にべったりとした嫌な汗をかいている。俺は差し出されたスポーツドリンクを飲み干して、深呼吸した。冷たくて気持ちがいい。
「あー……」
「そこまでして勝ちたかったですか?」
「……古泉か」
「わからないで返事をしていたんですか? 無理はしないでください……と言っても、させたのは僕かもしれませんが」
なぜだか古泉は自嘲気味に笑う。携帯電話を握りしめて俺の肩を支えている。なんでそんな顔をするんだろう。みし、と頭が痛む。あ、ダメだ。
「うん、そう……勝ちたかったのは……ああ、そう、お前がヘンなこと言うから」
「……そうですよね」
「ああ、えーと。あれ、うん。あれだよな。心配してくれてる。オーケー。それはわかる」
なぜだ? という疑問を解決しようとする時。人はあれやこれやと思っている以上に考え事をしている。ショートした頭ではそれが負担になるらしい。
ただ、なんとなく窮地を古泉に救われた気がする。危なかった。頭の中の「アレを知られたら」危なかった。なにを? いや、やめよう。何も考えない。何も考えないって難しくないか? 俺って座禅とかできないタイプだな。
「ありがとう。うん、助かった。平気」
「いえ」
言葉少なに古泉は返す。携帯をスライドさせたり戻したり。こういうのは落ち着かない人間の取る行動だ。何か隠している。もしくは、俺に後ろめたいことがある。無理をさせすぎたとでも反省しているんだろうか。
確かに、こういうゲームで古泉がやる気になったこと自体、ちょっと違和感がある。いや、ちょっとでは済まない。よくよく考えたらだいぶおかしい。多分、負けたくなかったのも張り合いたかったのも本当だ。でも、強引すぎた。こうやって古泉が強引な時っていうのは──、頭が痛い。やめやめ。
「芦川、大丈夫そう? 帰る?」
国木田が覗き込んでくる。こいつは俺が朝倉を苦手に思っていることに気づいている。だからこその発言なのだろう。ぶっちゃけ朝倉以前に頭が疲労しているだけなので、心配してもらうのもなんか悪いな。
朝倉との出会いが偶然でも計画的なものでも、だからこそ露骨に逃げ回るのは嫌なんだよな。逃げるのが仕事なんだけどさ。警戒はしておきたいけど、警戒していることがバレることによって、本編の先の展開を予想されるのが怖い。もうちょっとアホ面下げて遊んでいるくらいの方がちょうどいいんだろうか。
いや、本当に考えるのってやめられないな。どうやったら考えるのをやめられるのか考え始めてしまった。ドツボだ。
「……まだ、帰りたくない」
「なら帰らなくていいんだぜ。全然遊んでねえしな!」
谷口が親指をぐっと立てて、ポテトの袋をこちらに向けてくる。俺はそこから一本抜きとってケチャップ溜まりに突き刺して、口につっこむ。プリンクレープと全然合わない。
「甘いものばっか食ってるから力出ねえんだよ。ほら、もっと食え」
「僕のナゲットも食べなよ」
「フリッターもありますよ」
なんでこういうところの食べ物ってだいたい油で揚げてるんだろう。そんなに揚げ物ばかり食べたら胃が死んでしまうんじゃないか。身体が若ければいけるのか? せっかくなので一つづつ抜きとる。
キョンがこちらを見て、ホットドッグの包装を剥いた。
「一口食うか」
「。マ」
「なんだ今の奇声は」
「い、いいよ。太っちゃうし」
「一口食ったくらいで太るわけないだろ」
谷口と国木田は若干愉快そうな顔をしている。こいつら、他人事だと思って。いや、ダメでしょ。大人として越えてはならない一線というものがあるでしょうが。いくらね、こうやって男子高校生として過ごしてみんなの仲間みたいな顔してるとはいえ。それはいくらなんでもダメだよ。首を傾げるキョンはかわいいけどさ。
キョンはなにか理解したような顔をして、自分が齧っていたところを乱雑に毟り取る。
「これでいいか? ったく、細かい奴だな」
確かにこれで間接キスは免れた。俺はキョンが差し出したホットドックに顔を寄せる。あまり時間を空けても失礼だろう。結んでいないので降りてくる邪魔くさい髪を耳にかけて、意を決してかぶりついた。
刻み玉ねぎのソースが零れそうになって慌てて手で口を覆う。おお、マスタードが効いてて、これで200円は安いんじゃないか。良心的な値段設定だ。
「……うまいかも」
「な。値段の割にいける」
にっ、と笑うキョンの笑顔が眩しい。というか、これはこれで「あーん」をしてもらったことになるんじゃないだろうか。一生の記念になる。心のアルバムに大事にしまっておこう。
「こちらもどうぞ」
幸せを噛みしめていると古泉がフォークにサラダのトマトを刺して、微笑んでくる。おいこら、キャラを死守するために張り合うな。
俺の浸りタイムが掻き消されるだろうが。そんでお前も首を傾げるな。普通にちょっとかわいいのはなんなんだ。あ~やめろ~、イケメンの無意識あざとい仕草やめろ~。
「いいって。みんなして俺に物を食わせようとするな」
「おや、彼はよくて僕はダメなんですか?」
「めんどくせーな。食えばいいんだろ」
古泉に向かって口を開けて待つ。にっこり笑顔の古泉は満足そうに俺に餌付けすると、バランスの良い食事を心がけて欲しいだなんだと宣った。よく言うよ。俺が来るまで米も炊かない生活してたくせに。
表情筋に力の入ってない顔で古泉が笑う。この、ふにゃふにゃの顔で笑うやつ、なんか狡い。
「よし、お前ら食い終わったな。次は何行く? ダーツでも卓球でもいいし、カラオケでもいいぜ」
「性急だな。もう少しだらだらさせろ」
まったく友達甲斐のあるやつだ。キョンは不満みたいだけど。
「本当に帰らなくて大丈夫ですか? ゆっくり休まれた方がいいのでは」
古泉は囁く。携帯を気にしながらも、まるで介護みたいに俺の背中に手を回して、俺が立ち上がるのを補佐している。
「心配してくれるの?」
「まあ、焚きつけたのは僕ですが」
俺は古泉に肩を借りるフリをして襟足をくすぐった。
「……っな、なにするんですかっ」
「うはは。汗かいてる。精一杯声を押し殺すってことは、みんなに知られたら困ること?」
「公衆の面前で僕が大声を出すわけにはいかないでしょう」
「ちょっとその絵面見たい」
「勘弁してください。なにか怒ってます? まあ、なにかって一つしかないんですが」
「言っただろ。古泉のことで気付いたら俺が言うって。お前がちょっと強引な手に出る時、それで楽しそうじゃない時っていうと、初めて会った時がそうだった。だろ? 無理に話を取り付けてさ」
「いや……でも、ですね。これは……」
「協力者に指示された」
古泉はあからさまに息を呑む。
「お前、そんなにわかりやすくていいのか?」
「すみません。いや、なんでも言い当ててきますね」
「携帯に触りすぎだ。なんだろうな。俺の能力の検証か? それとも底上げかな。協力者ってのは、俺の性格を含めてかなり色々なことを知っているらしいな。どうした、笑顔がぎこちないぞ。俺だけしかいない家とは違うんだから爽やかでいないといけないんだろ。因みにいつもの古泉ならさっきは“いや”じゃなくて“いえ”と言うね」
「水を得た魚のようですね……ええ、まったくその通りです。なぜここまでしてあなたの力を開花させたいのか僕には疑問ですが……」
「それに俺が心配だから無理させたくないし?」
「ああ、もう」
「やっぱりらしくないお前の方が、俺はいいな」
あの古泉が「ああ、もう」だって。
でも、古泉を揺さぶったところで協力者というのは姿を現すわけではない。そいつに古泉が操作されているってのは、どうにも面白くない気分である。何が気に入らないのかと聞かれると困るのだが、なんというかとにかく面白くない。
前に古泉が言っていた「先生」というのが協力者ってことはあるだろうか。信頼している相手っぽいし、そこはあんまり責めない方がいいのかもしれないが。でも、俺はとにかく古泉がやりたくないことをやっている状況は気に入らない。
ハルヒのことだって、それなりに楽しみを見出して折り合いつけてやってるみたいだけどさ。
協力者ってやつがそんなに俺のことを知っているなら。俺のことを心配している古泉にも気を配ってやってくんないかな。
「まあ、俺だって機関を全面信用してるわけじゃないよ。お前だってそうだろう。ただ俺たちは機関に助けられてる部分もあるし……特にお前はな。だから指示にはある程度従わなきゃいけないのも仕方ない。ただ、別に言われれば検証でもなんでもやるから、画策せずに伝えてくれよ」
「そうですね。でも、ゲームをしてみたかったのも、勝ってみたかったのも本当ですから」
「じゃあ今度は格ゲーで勝負しよう。そうしたら能力もなにもない」
「それ、僕が負ける勝負じゃないですか」
「俺って好きなだけでゲーム上手いわけじゃないんだよ」
「それに……あなたがどういう反応をするかも気になったんです。ここのところね、そんなことばかり気にしているんですよ」
「なんの反応?」
「まあ、これも僕が負けそうな勝負なんですけど」
なんじゃそら。
「ヒカリくんは僕のことを色々とご存じなんですよね」
「昔のこととかは知らないよ」
「つまり、これからのことを知っているわけですね」
あー、だからこいつと話すと困るんだよ。古泉に俺を探る意図がなくても、会話の調子から察してしまう。でも、察したということを開示している辺りは信頼が置けるんだけどさ。
「それなら、やっぱり最近の僕はおかしいと思いますよね。あなたの知ってる僕じゃないでしょう?」
「おかしいっていうか、新たな一面が見れてどんどん古泉っていいなあって思うぞ。ちょっとづつハルヒの前で雑なとこやダメなとこを出していくチキンレースしようぜ」
「ねえ、面白がってます?」
「古泉って“ねえ”とかって言うんだ」
あーあ、なんて言いながら古泉が笑う。眉を下げて、大きく口を開けて笑う古泉がすごく眩しく感じた。とんでもない希少なものを見たような気がして、俺は言葉が出ない。息が止まる。なんだこれ。
古泉がさり気なく手を伸ばしてくる。いつもの演技ぶった動きじゃなく、俺の髪に触れて、耳にそっとかける。
「あはは。ヒカリくん。髪の毛食べてましたよ」
あはは、って。ああもう、なんだよお前。離してよ、その手をさ。耳が熱いんだよ。
「たべ!?てた!?」
「はい。いつも結んでるから気づかなかったのかな。どうして食事の時、結ばなかったんですか?」
耳に触れてる古泉の手を退かそうと、触れる。うわ、なんでお前の手も熱いの。古泉は、そのまま顔を近づけて来た。
え、え、え、待って、え? ここ、どこだと思ってる。
「あ……いや、これ、は」
「ああ。もう大丈夫みたいですね。お腹が空いてたんですか? 後で甘いものでも買って帰りましょうね」
古泉は俺の口元を確認すると、離れていく。
えー! うわー! なにかされると思った! びっくりした! そんな「芋けんぴついてたよ」みたいな指摘するために時間をたっぷり使うな。ていうか髪の毛口に入ってたの、今更ながら恥ずかしいな!
触られた耳が熱くて、慌てて髪を結ぶ。これはこれで恥ずかしいんだけど、今はこの恥ずかしい勘違いをどうにかしなければ。いや、そりゃそうだよな。普通に考えて、いくら古泉でも、キ、キス……まではしないよな。ごっこ遊びで。そうだよ。あーもー、びっくりした。
「もしかして僕のこと、意識してくれてます?」
「は? はあ? し、してねえし!」
「おーい! お前らたらたら歩いてんなよ! 日曜の午後は短いぜ!」
谷口の言葉に乗っかって、俺はダッシュで古泉を置き去りにした。なんか楽し気な顔でのんびりついてきて、こいつむかつくわ。
その後俺たちは食後の運動に卓球勝負をし、(なぜだか国木田が一人勝ちした)ダーツで勝負をして(悪いが俺は経験者なので難なく勝った)で、アーチェリーの構えが堂に入った古泉をすげーなと思ったり、3on3でキョンに激突してラッキースケベみたいなことになったりして遊び倒した。谷口のまぐれスリーポイントには笑ったな。
国木田の提案でカラオケボックスに入って雑談したり歌ったり問題集を解いたりしていたのも、この世界に来てから履修した知識の実験になって良かった。
谷口や国木田が俺の選曲に盛り上がっていた特撮だが、これがかなりいい。戦隊でもライダーでもウルトラマンでもないタイプの作品で、怪人のモチーフが色んな都市伝説に因んでいたりして格好いいんだよな。土曜の朝やってて、この後に魔法少女枠もある。日曜もニチアサっぽいのがやっているので特撮全盛期なのかもしれない。
キョンが曲に反応して目を細めていたし、古泉も知っているようだった。ああ、みんなにとって懐かしいんだ。いいなあ、共通の世界で生きてるって、こういうことなんだろうなあ。
最後は谷口のまだ帰りたくないという訴えに付き合って、ゲーセンで時間を潰した。音ゲーで国木田と対戦したのも面白かったな。谷口に格ゲーでボコボコにされる古泉は笑えたし、メダルゲーでだらだら稼ぐキョンを眺めたりするのは、意外にも充実した時間だった。
「取れないのか」
クレーンゲームに金をつぎ込む俺の横に、キョンが並ぶ。でかいうさぎのぬいぐるみが取れそうで取れないまま、三千円くらい入れている。
お金はあるのだが、あまり使いまくるのも機関に悪い気もする。あと、どかどか突っ込むと買った方が安いよな、という気分になるから貧乏性なんだな、俺って。
「うちの妹が好きそうなぬいぐるみだが」
「なんだよ。悪いか」
「悪かないさ。まあ、お前らしいんじゃないか」
キョンは500円玉を投入して、無言で操作し始める。見当違いなところを、もすもす叩くアーム。筐体のガラスに反射する、キョンの真剣な目つき。きっといつも妹ちゃんに強請られて仕方なくやっているんだろうなと思うと、胸があたたかくなる。
「まあ見てろ。コツがある」
ちょうど6クレジット目で、アームがぬいぐるみの耳についた値札みたいなものに引っかかる。そのままずるずる引っ張られて、ぼすん。持ち歩いている人を見たら笑ってしまいそうな、大きなぬいぐるみが落ちてくる。
毎回ここぞというところで期待を裏切らないキョンくんの雄み、いただきました。は~勝つる。
「わー! すご! キョンめちゃくちゃうまい!」
「だいぶお前が動かしてたからな。取りやすい位置だった」
キョンはぬいぐるみを抱いて喜ぶ俺を見て、ひどく優しい顔をする。それから頭を掻いて、照れくさそうにぬいぐるみの頭を叩いた。
「ありがとう。大事にする。今日から一緒に寝るぞ。リボンつけてるから女の子だな。よし、こいつはウサ子と名付けた」
「……はは、そうかい。そいつは似合うな」
キョンは少し驚いた表情をして、それから俺の頭の後ろをのぞき込むと目を逸らすようにして、じっくり俺の顔を見る。そんな近くで見ないでよ。
きらきらしたゲームセンターの明かりがキョンの顔に陰影をつくる。なんでムードでてきちゃうかな。思わず好きだって言いそうになる。
「……なに?」
「それも似合ってるじゃないか」
「え?」
「本当に律儀なやつだな。次の日にちゃんと着けてくるなんざ、さすがに思わなかったが」
俺は先ほど結んだ、レジンのヘアゴムに触れる。いやだって、選んでくれたし。着けるのは勇気が必要だったけどさ。推しから連日プレゼントもらうって、人生の幸運使い果たしてないだろうか。こんなことがあっていいのかな。
ハルヒの世界に来て、みんなといるだけで楽しいのに。大変なこともあるけど、毎日色んな幸せがどんどん押し寄せてきて、死亡フラグみたいで怖くなる。
「なあ、お前が隠してる秘密ってのは……いや、明日聞くんだったな。期待しとく」
合流するぞ、と背中を叩かれる。みんなの元に戻ると、古泉はようやく谷口から一勝をもぎ取ったらしい。多分、コンボを研究して練習しだしたらこいつめちゃくちゃ強くなるんだろうな。いや、じゃあなんでオセロ弱いんだろう。どういう仕組みなんだ古泉。
「わあ、芦川。どうしたのそれ」
「キョンに取ってもらった」
「おお、キョンになあ。良かったじゃねえか」
「谷口、車」
「車は死ぬだろ!?」
古泉は考え込む仕草をして、俺の頭をいやに優しく撫でた。
「良かったですね。持って帰るのは大変でしょう。タクシーを呼んでおきます」
「おお、ありがとう。なんかお前俺のこと子供扱いした?」
「いえ、広い心で対応しました」
「どういうこと!?」
一日遊び倒して、駅前に戻ってくる。結局あの後朝倉には会わずに済んだ。
大きく手を振る谷口と、両手を小さく振る国木田、それからもう帰り始めていて軽く手を挙げるキョン。みんなと「また明日」と解散する。なんかいいな、こういうの。
俺はぬいぐるみを抱きしめながら、夜のきらびやかな街を走るタクシーに揺られる。新川さんの運転はスムーズで危なげなく、次第に瞼が降りてくる。
「お疲れでしょう。着いたら起こしますよ」
「うん。悪いな」
「いえ、これで役得なところもありますから」
「なんじゃそれは」
古泉の肩にもたれかかって、ゆらゆらと夢の世界に誘われる。体温が温かい。今日は真剣になったり、ドキドキしたり、はしゃいだりと、トータルでいい一日を過ごした。
「古泉。絶対起こせよ。今日も映画見る」
「……ええ」
いつもなら心地よいはずの古泉の横がなぜだか少し緊張する。
とくとくと響くよくわからない規則的な音に導かれ、妙にふわふわした気持ちで俺は眠りに落ちた。