あるフリーターの憂鬱Ⅱ
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男のプライドというやつを俺は随分甘く見ていた。いや、男子特有の煽りノリというべきか。誰か一人が強気に出た時、引いたりしないで重なっていく感覚。受け身で生きて来た俺にはまったく未知の領域である。
正直な話、俺は勝負事に躍起になったことがない。なぜなら勝負ってのは負けてもそうそう困ることはないからだ。勝った方が困ることすらある。自分自身との勝負でさえ、それは同じだ。本気になる、ということがわからない。何をしても、もっと頑張れるのに手を抜いている気がする。そんな、狡くて怠惰で嫌なやつに、自分がずっと見えている。
よく言われる「命を懸けて取り組んだこと」について聞かれると、大抵俺は言葉を濁していた。それがすごく眩しくて尊いものみたいで、その経験がないことは、人生を満喫していないかのように、俺を少しだけ寂しくさせる。
こっちに来てからは、筋書きを知っているから余裕ブッチギリ大勝利の連続──かと思ったがそんなことは全然ない。それこそ命懸けでなんとかギリギリやっていけているという感じだ。これって命懸けで頑張った人生のテーマになるんだろうか?
ともかくおかげで毎日爆睡している。もしかして爆睡するのも、長門がいうように脳みその使い過ぎの反動なんだろうか。あれ? なら、夢を見ている時ってどうなんだ? 夢は情報を整理するためにあるっていうけど、こっちに来てから見た夢って重要な意味があるんじゃないだろうか。
と、俺の思考を遮って古泉が囁く。耳に息を吹きかけるな。顔が近い。
「因みに優勝者に景品などはあるんですか?」
こいつ、すっかり勝つつもりらしい。俺に聞くということは、多分古泉にとって今日の主催者は俺なのだろう。いつもの古泉なら絶対に俺に負ける接待プレイをするはずだけど、それをしないっていうのが、そもそも気を許しているということなんだろうな。
そうなのだ。この男子の群れにいることで、古泉は少し打ち解け始めている。仲良くなったのかな。こいつら相手に打算なんかしてもしょうがないと思ったのかもしれない。どちらにせよそれ自体は喜ばしい。暫定保護者の俺としてもね。
ただ、優勝するつもりでいるのがどういう意味なのかは気になるところだ。純粋な男の子的対抗心の現れなのか。実力を出してみたいという感情の発露なのか。それとも、本当にこいつの言う通り負けたくないのか。そう考えると見方は変わってくる。
負けたくない、そうすると、誰に? もしも俺に対抗するってことならハルヒ絡みだろうか。いやでもハルヒがいないところで勝ったんじゃ意味ないし、ハルヒがいたら張り合うことすらできない。そもそもハルヒにいいとところを見せたいなら張り合うべきはキョンだろうし。
──キョンか。同じSOS団でハルヒにも気に入られている男となれば、ライバル意識は芽生えるものかもな。うーむ。別にいいとは思うけどあんまり仲が悪くなったりしたら困るな。
「古泉」
俺の方から古泉に近づくと、古泉は困ったような顔をして仰け反る。自分はよくやる癖に。これを機にお前のいつもの距離感がどれだけおかしいか教えてやろうか?
「……なんでしょう」
「キョンと張り合いたいのか?」
まっすぐに見つめると、古泉は苦笑で返した。
「いつから気づいていました?」
「今だよ。止めはしないけどさ。その、ハルヒの取り合いみたいなの? あんま露骨にやるなよ?」
「あ、やっぱりわかってませんよね」
「お前今、俺を笑ったか?」
「いえ。そんな気はしていたので」
古泉はメイド長ばりに手を叩いて注目を集めると、こう宣言する。
「どうせなので勝負しませんか? 実力は互角のようですし」
「お、なんだよ。意外にやる気だな。ノリいいじゃねえか」
谷口はすぐに賛同した。そうなんだよな。明るくてノリで生きてるやつは会話を転がす才能があるが、同時にこういう時には敵に回るのだ。勝負? 全然やりたくね~。勝てない勝負ほど無益なものはない。なにが互角だ。順当にいけばお前が勝つのは目に見えてる。
人生ゲームならやってもいいぞ。お前激弱だし。
「優勝賞品はヒカリくんから出してもらいましょう。今日の主催者ですから」
「はあ? 何か欲しいものでもあるのか?」
なんでも買えばいいのに。俺と同じでお前も通帳に金が余っているだろうからな。でも一位になって景品が欲しいなんて、古泉も可愛いところがあるじゃないか。まあ、こういうのって人からプレゼントされることに意味があるしな。一位の記念的な意味もあるしさ。
「そうですね。告白を受け入れていただく、なんてどうですか? もう三日も返事をいただいていませんから」
やっぱりこいつ可愛くねえ!
「嫌だが。公認ネタにするってことかよ。絶対嫌だが」
「じゃあ俺は芦川が合コンに来る権利!」
「それはお前が不利になるだけでは? なぜなら俺は女ごころがわかる」
「じゃあ僕は研究者のご両親に合わせてもらう権利がいいな」
ありましたねえその設定! いかんこれ、国木田だけは勝たせてはならない。俺の険しい顔を感じ取ってか古泉は頷く。
「大丈夫でしょう。僕、ボウリングは得意な方ですから」
「馬鹿野郎が。お前に勝たれても困るんだよ。だいたいそれ、俺が勝ったらどうなるんだ」
「大丈夫でしょう。僕、ボウリングは得意な方ですから」
「村の入り口にいる同じことしか言わねえやつ」
なるほどこいつ、俺にべらべら説明したのはこの為か。変な力を使ってハルヒの無自覚応援で強くなっているかもしれない、と俺が思えば、この後のゲームではそれが気にかかって集中出来なくなる。それが事実でも仮説でも、だ。
俺の勝ちを塞いでからの完璧な誘導。もうお前が名乗れよ、誘導の能力者って。やるよその肩書き。
「なら俺は洗いざらい吐いてもらう権利にするか」
「キョンって俺にはホント容赦ないよね」
「そうか?」
「そうだよ。じゃあ、俺が勝ったら全員に言うことを聞いてもらう。このくらいじゃないとフェアとは言えないからな」
「それフェアか」
キョンのツッコミは無視しよう。
さて、古泉。お前が一つしくじったとしたら、それは俺という人間を読み違えたところだ。お前が思っているほど俺はいい人間じゃない。大人は汚いのだ。チート上等。
そんなわけで二フレーム目からは芦川杯が開催されることになってしまった。この流れでやらないって言えないだろ普通。空気読めないやつみたいじゃないか。
俺が描く図としては、一番いいのは俺が勝つことだ。約束は約束なので、ここでイニシアチブを握っておけば頼みごとをする時に行使できる権利があるのは大きい。特に、キョンや古泉にそれを持てるのは後々重要な手札になるかもしれない。
で、俺としてはキョンが勝つのはアリだ。どうせ明日にでも秘密を話すつもりだからな。もう最悪、谷口が勝ってもいい。別に合コンに行くだけなら行けばいいし。
で、勝たせたらまずいのが国木田と古泉の理数コンビ。というわけで、脱力して生きてきた俺だが、今回ばかりは全力で勝利を取りに行かせてもらうぞ。一生のうちに本気出すの、ここで合ってる?
さあ、ここからはゲームの定石に沿っていこう。こういう対戦ってのは、競り合っている相手がいるといつも以上の力が発揮出来たり、逆に実力を発揮できなかったりする。そこを突く。
勝ち筋の為には一人づつ崩していく必要があるな。まず、キョンが勝負に自分から参加している以上、多少は勝ちを視野に入れているはずだ。でも多分、一回集中力が切れるところが来る。で、その後ムキになってスコアがあがるだろう。彼に能力を使うのはタブーだ。後で正体を明かした時に不信感を抱かれるのは困る。
なので、キョンの不調のタイミングに合わせて、悪いが「谷口をガーターにする」ことで「まあ谷口には負けなければいいか」とキョンからのこの試合へのハードルを下げつつ競争心を鎮火させる。そこで俺は、少なくともキョンには勝てる。谷口に関しては不調が続けば本調子が戻る前にメンタルを折れるだろう。
国木田は未知数だ。こいつに関しては折を見てボールを誘導していきたいが、勘が鋭いのであまり使いたくないのも本音である。それに、多分こいつはこのゲームにそこまで本気にはならない。言ってるだけで、俺が隠したいことを本質までは暴いて来ないやつだ。
一番の問題は古泉です。こいつは間違いなく勝ちにくる。そして、古泉にも俺の能力は使えない。今後の良好な関係のためにもな。あーもー、なんで公認ネタにする必要があるんだよ。あれか、ネタでも拒否られるのは腹立つみたいなことか。そりゃそうかもしれないけどさー! 同じ立場なら俺も傷つくけどさー!
よし、お前の気持ちはわかった。だがやはり俺が勝つ。
最善なのは自分のボールを誘導し続けてストライクを取り続けることだ。ただ、どこまで俺の頭が保つかはわからない。てか、なんでボウリングでこんな本気にならないといけないんだよ。脳みそを休ませるために今日遊びにきたつもりでした。本当にありがとうございました。
うーむ。いくらなんでもハルヒは俺がプロほどうまいとは思っていないはずだ。俺もそんなことは思ってない。ということは、ストライクを取るにも、脳みそ以前に限界がくる。
そして、古泉はきっと手を抜かない。なので、ここは男気溢れる決断で、俺も手を抜かない。多少目立ったとしても、だ。
「おーし、負けねえ。見とけ、フックの谷口と恐れられた俺をなあ!」
残念ながらお前を恐れる日は来ない。ガーターにするのはストライクを取るよりもずっと簡単だ。横にボールが逸れるように祈るだけでいい。国木田は谷口とは別の中学出身だから、谷口の実力が発揮されないことにそこまで違和感は抱かないだろう。
谷口のスコアは104止まり。悪いな。また今度フックの谷口とやらを見せてくれ。
「なんか今日はキョンも張り切ってるなあ」
あっけらかんと言い放つ国木田に関しては、俺は結局何もいじらなかった。それで、スコアは132。普通にできる方なんじゃないか、お前。
「別に張り切ってなんざないが」
言いつつ、冷や冷やしたのがキョンのパワフルなプレイだ。キョンが古泉をいけ好かない野郎だと思っていたことは知っていたが、ここまで戦う気になるとは。それとマジで俺に容赦ないだけ?
切れた集中力をすぐさま立て直し、食らいついてスコアは147。最後のストライクなんかは特にかっこよかった。が、応援しているような余裕は俺にはない。泣いた〜!
「意外ですね。そこまでやる気になってくださるとは」
古泉が唯一すっぽ抜けたような動作をしたのは俺がガーターしてしまった第七フレームのみ。
ただ、古泉らしいと言えばらしいが、運要素はないはずのボウリングでここぞのゲーム運に振り回された。隣のレーンの子供が入って来て集中を乱されたりな。
せっかくの運動神経も勝負の女神に見放されていたらしい。9ピンどまりが殆どだったが、それでもスコアは162。普通圧倒的にうまいと友達いなくなるぞ。
そして、俺。
古泉の発言通り、近頃は意識的に誘導と固定というのを繰り返していたおかげだろうか。能力自体はすんなり使えた。しかし、簡単なのはスイッチを入れることに関してだけで、そこからは日常のストレスを全て頭に叩き込まれるような焦燥感と戦う羽目になる。
なあ、これボウリングだよな。アニメでいう水着回とか温泉回とかだろ。なんでこんなことになってんだよ。
念じる、と言うと聞こえはいいが、詳細な内容を実行させるにはプログラムを書き込むような命令をいくつも下す必要がある。この場合はこう、こうなったらこう、という条件分岐を作成して頭の中で再現しつつ、ちゃんとエンドまで書き込まないとボールはレーンを突き破って飛んで行きかねない。
おそらく、俺はハルヒの力を借り受けることで一般の人間が超能力と聞いて連想することをやっている。サイコキネシスってのはこんなに面倒なものなのだろうか。モブサイコ100をちゃんと読んでから来るんだったな。
まあ、これもいい訓練になったのかもしれない。おかげで悟りでも開いたように視界は明瞭で、頭痛は確実にしているのに、まるで外側の出来事のように遠い。吐き気も眩暈もあるのに、それによって考え事を邪魔されることもない。成果と言っていいだろう。
ボウリングでこんな目に、とは言ったがハルヒのいない状態で発動できる能力があるなら検証するに越したことはない。俺の集中力は第5フレームまでは淡々と持続し、そこでがくっと落ちたもののまた第9フレームからは気力で盛り返した。
スコアは脅威の196。もしこの世界からうまく帰還できなかったら、プロボウラーを目指そうかね。
ワンゲームを終えて、一つづつ緊張を解きほぐしていく。谷口がなにか言っているが比喩ではなくあまり聞こえない。あーあ、キョンくんのプレイ全部見たかったなあ。まあ、しょうがない。エンドレスエイトに期待だ。
段階的に集中力のスイッチを切って、すぐに反動がきた。視界に一瞬ジャミングが入る。後頭部を殴られるような衝撃。ボウリング場がちかちかと何度も白く瞬く。頭を振れば足元がふらつき、ピントを合わせようと見た端のレーンに目に付く女の姿。
朝倉だ。
まずい。満身創痍の状態で会いたくない相手にもほどがある。これだけ人がいれば何も仕掛けてないだろうが(本当に?)、谷口辺りが合流を図れば(そうか?)厄介だ。
ちょうど昼時か。視界の端に見えた朝倉たちのゲーム表ではまだ試合が続くらしい。ここで逃げておこう。
「見事な優勝だが、お前大丈夫か?」
「あー、キョン……?」
ちょっと視界がぼやけている。その割には妙に明瞭に朝倉のやつは捉えることができたな。これも危機回避なんちゃらというやつか? むしろ、(逆なのでは)なんだっけ。まあいい。
「他に誰に見える」
「いや、大丈夫……うん、キョンだ。アレかな。ちょっとお腹空いたかな」
「……一投一投に集中して疲れてしまいましたか。確か、下にフードコートがありましたね」
「おーし、飯行こうぜ」
「芦川の命令、なに言われるんだろ。怖いなあ」
フードコートに降りるエレベーターに向かう途中、古泉は悩ましい顔をしていて、谷口はもうすっかり飯の話をしている。国木田は朝倉の姿を見つけたらしかったのに、何も言わなかった。多分、俺に気を遣って。
古泉、なにか考え事しているのが増えてきてるな。そんなんで明日キョンに身バレするのは大丈夫なんだろうか。
古泉の背中を見つめる俺の横にキョンが並び、独り言のように呟いた。
「そこまで隠すものか。長門や朝比奈さんのように話すことってのは」
「あー、勝ったこと? 俺は順序通りに物事が運んで欲しいんだよね。そのためなら多少の無茶もする」
「無茶ね。そんなことだろうとは思ったが。その順序ってのは誰が決めた順序だ?」
君のモノローグだよ、と言うわけにもいかず、俺は曖昧に笑う。なにか奇妙なことをしたことは、キョンにはきっとバレている。まあ、明日のための布石だとでも思っておこう。
「もう頃合いだから明日にでも話すさ。俺のは二人ほど面白い話じゃないだろうけど。何かカッコいい言い回しでも考えて練習しなきゃな」
「せんでいい。お前まで意味わからんことを言うな」
「聞きたいのに意味わからんこと言うなってどっちだよ。でも意外だね。そういう話は信じてないんだろ。わざわざ聞きたがることもないのに。押してダメなら引いてみろ、が有効なタイプ?」
「お前が誤魔化すならこっちも、さあな、としか言いようがない」
キョンは腕組みをする。
「まあ、だとしても有効なのはお前くらいのもんだろうさ。さて、なんでだろうね」
肩を竦めて、キョンはエレベーターのボタンを連打している谷口の頭を叩く。なんだよそれ、こっちのセリフだよ。キョンまで意味深なこと言わないでよ。
俺はおそらく赤くなっているほっぺたを隠すために両手で顔を覆った。ドキドキしてやばい。こんなことしてる場合だっけ?