あるフリーターの憂鬱Ⅱ
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これが召喚三日目の出来事だって言うんだから、本当にコキ使うよな異世界ってやつは。
俺はうすら寒い、風も吹かない空間に目を細める。
これで三日連続で閉鎖空間直行直帰コースだ。機関のみなさんもてんやわんやでしょうけど、俺は俺で困っている。
どうやら俺は特殊能力をオート使用することで脳みそを酷使しているらしく(そりゃそうだ)、その代償として無意識に情報を取捨選択しているらしい。それも生存戦略に舵を取りまくっているため、俺としては残しておいて欲しい情報を拾い集めている暇もない。
結果的に、俺は人生の中で最も会話をした兄の顔ですら朧気で、なんなら兄を覚えているのすら生き残りに必要だからかもしれない。なんてまあ、大好きな小説の世界に飛び込むってこと自体が相当幸運なのだ。差し引きゼロってことなのかもしれないけどさ。
「運がいいのか悪いのか、謎だなあ」
ただ、長門の発言からするとここに俺がいる時間は有限だ。俺はいつか月の石を持って元の世界に戻る。それがいつかはわからないけど、多分、すごく遠い未来ってわけじゃない。きっと、その時になれば俺はなにもなかったように元の世界で平凡な人生を送るんだろう。
それなら、その時まではこっちでやるべきことをやっていく。ぶっちゃけオートだから抗ってもどうしようもないしな。
じゃあ、他に俺に足掻けることってなんでしょうね。と考えた結果がこれ。出来るだけ楽をするってこと。だから俺はノートを広げてビルの屋上に座り込み、鉛筆を手にしている。
閉鎖空間にいる間は自動的に能力が発動するならば、俺に出来るのはその時間を縮めることだけだ。「閉鎖空間が広がらないようにする」「神人の注意も引き付ける」「両方」やらなくちゃあならないってのが異世界人のつらいところだな。覚悟はできてるかと問われれば、もちろん俺は出来てる。
意識的にやることで閉鎖空間にいる時間を少なくすれば、それだけ俺の負荷も減るだろうという算段だな。で、考え付いたのがノートに半円を描いて、閉鎖空間の拡大を止めた分だけそれを塗りつぶすっていう目に見える方式だ。不思議と凍結が思うようにできないと鉛筆を持つ手は遅くなるもので、ちゃんと比例しているっぽい。それと、これは気持ちの問題かもしれないが「固まれ」と念じている方がうまく行きやすい。
神人の注意を引き付ける方は、まず一回ばちっと目を合わせる。それで「こっちに来い」と思う。これも気のせいかもしれないが、一応昨日と今日は成功している。コミュニケーションに成功すると、あの巨体は町を壊したり機関の赤玉を振り払ったりしないで、俺めがけてのろのろ歩いてくるのだ。神人にモテてもなあ。
で、これは原作にはない情報。どうやら神人には防御力があるらしい。閉鎖空間が拡大を止めるとあいつの防御力は下がり、俺に注目している間も防御力は下がっているみたいだ。
なので、俺は同時に二つのことをこなしながら機関が神人を倒しやすいようにサポートをする。報酬分の働きはしないと居座りも悪いし。よし、ノートは塗り終わった。感覚的に、おそらく閉鎖空間の拡大も停止した筈だ。
顔をあげれば機関の構成員は汚名返上とばかりに張り切って飛び回っている。
その中で、一つ弱弱しい光を見つけた。
「古泉……?」
この距離じゃ聞こえるはずもないのに、古泉らしき赤い球は勢いよく急上昇して神人の頭部をねじ切る。ずるずると崩れていく神人を背景に、古泉はふわふわとこちらに戻ってきた。
「お待たせしました」
「なにお前、体調悪い?」
「……いえ」
なんだよその間は。
「言いたくないならいいけどさ。あんま無理すんなよ」
「それはこちらのセリフですよ。閉鎖空間の固定、慣れてきました? 早かったですね」
「まあね。コツを掴んだのかも」
「くれぐれも無理のない範囲でお願いしますよ」
「平気だって。俺器用な方だぞ」
「え?」
「えって何!?」
「そういえば、機関からの伝言です。今日のことをあなたに謝っておいてほしいと」
スルーしやがった。
閉鎖空間にひびが入る。同じ暗い世界でも、電灯や星の光があるとやはり安心するもんだ。夜でも明るいってこんなにほっとするんだな。当たり前になってたけど。
古泉の体調不良も気になるけど、こいつが話題を逸らしている間は無理に聞き出すもんでもないだろう。
「別にいいのに。俺のせいでもあるしさ。ところで、夕飯どうする?」
「毎日作っていただくのも悪いですし、どこかで食べて帰りますか?」
「お前、そこ気を遣うのか。マジでどうした」
古泉はきょとん、という顔をする。でたよ。
「今のは少し僕らしくなかったですか?」
「別にお前らしかろうとらしくなかろうと、ハルヒの前じゃなきゃいいよ。さっきの汗だくとかも面白かったし」
「面白がらないで欲しいんですが」
「言ったろ。俺はお前がどうなってもフォローするし、お前もそうしてくれてるって思ってる。古泉を信頼してるよ。たった三日でも、それこそ幼馴染か親友みたいに。お前が監視するための仮初の友人関係って思っててもな」
「親友……ですか」
「そうだよ。ほら、帰ったら俺のこと叱るんだろ。しょげてるんなら聞かないぞ」
「そういえばそうでしたね」
古泉はけろっとした顔でさりげなく俺の手を握る。あーあ、余計なこと言わなきゃよかった。俺のことを叱るって思い出しちゃったよ。まあ、それで元気になるならいいけど。
親友というのがよほど嬉しかったのか、古泉はいつもの様子を取り戻した。新川さんの運転するタクシーの中でも、饒舌に今日の苦労を語っていて、運転手は親戚みたいな顔でそれを聞いていた。
親友ね。言ったはいいけど、同年代の友人付き合いというのを俺で消費してしまうのは残念が過ぎるんじゃないだろうか。本当はキョンがそこに入るべきなのにな、と思う。だって俺は同性でも同年代でもないんだから。
いや、俺としてはマジで古泉を頼りにしてる。今日だって機関のせいとは言え、こいつのフォローなしじゃ切り抜けられなかった。でも、そういうデキるやつだからこそ気の置けない存在ってのは必要なんだと思う。それは、やっぱり嘘を吐いている俺なんかじゃなくて、等身大の普通の男子高校生である、キョンがぴったりなんだ。
まあ、俺としてはおろおろしてる古泉も嫌いじゃないんだけどな。ハルヒが見たって同じように言うと思うけど。思うけど、うーん。キャラ設定にはうるさいからなあ、あいつ。
でも、親友って言葉を出した時。なんだかあいつの中で、アガるためのカードが揃ってしまった気がした。後はBETするだけで、もうそこに俺は介入したり助言したりできない。その決心がついてしまったみたいな顔をしていた。
俺たちは勝手知ったる我が家みたいに俺の部屋に集まって、宅配ピザを注文した。それで、借りて来たDVDをいくつか見繕っている。やっぱりピザとコーラと言ったら映画だろ。最近はアニメやゲームばっかりだったから、邦画や洋画の有名どころに触っておくのも日常会話には必要だと思ったし。
「そういえば昼間の件ですが」
「あ、今から怒られるんだな」
古泉は頷いて、皿を並べ終えた俺のすぐ横にぴったり陣取る。
「近いって」
俺の指摘は無視され、唐突に腕を掴まれた。かなり力が強い。え、まさかの暴力ってこと? そういう叱り方は古いと思います。
「えっ、なに!?」
「ヒカリくんは、僕に掴まれたら振りほどけないと思います」
「え? どういうこと? 仲良しだから?」
完全に頭にクエスチョンマークを浮かべる俺に、古泉はわかりやすく溜息をついた。おい、なんだよそれ。失礼なやつだな。
「……そうではなく。ヒカリくんは体格が小さいですし、見たところそう力があるとも思えません」
「ああ、そういう意味ね……ってちょ、と!?」
古泉は言いながらそのままどんどん距離を詰めてくる。そうなると俺はどうしようもないので後ろに下がっていく。で、壁に背中がつくと、古泉はやや乱暴に俺の顔の横に手をついた。
「び……っくりした」
「なにか護身術の心得でも?」
「そりゃ、ない……けど」
間近にある真剣な古泉の顔に困惑し、俺は思わず目を逸らす。視界には古泉の肩越しに、少しづつ俺の部屋らしく装飾され始めた家具などが見えた。自由になる方の手で古泉を押してみるがびくともしなかった。ていうかこれ壁ドンというやつなのではないか。うわあ、初めてされた。
「だって、長門や朝比奈さんが絡まれてたんだよ。放って置けって言うの?」
「それこそ、長門有希なら対処が可能なんじゃないですか」
「あいつはそんなのよくわかんないって。そりゃ殴られそうとかならどうにでも出来るけど、あの状況じゃ連れて行かれちゃってもおかしくない。朝比奈さんなら尚更だ」
「ですが、機関としては」
「機関としては俺が重要なのかもだけどさ。だから、ハルヒはあの二人になにかあったらキレるどころじゃないって」
怒って見上げると、古泉の方が顔を背けた。
「……すみません。つい、機関の名前を出してしまいましたが」
「うん?」
「僕が心配だったんです。一緒に閉鎖空間に入ったり、こうして食事をしたり、涼宮さんに言われて始めたこの関係を……既に、僕は得難いものだと思っています。だから、あなたに何かあると思ったら……気が気でなくて」
そりゃそうだ。いつからかは知らないが、親元を離れて世界のために戦ってるんだもんな。こいつにとっての俺は、ようやくできた戦友だ。女にしてはまあまあ身長があっても、古泉からしたら全然小さくて弱そうな男なんだもんな。そりゃ心配か。うん、まあ、それは悪いことしたかもな。
なんとなく、こいつが懐き始めてくれてることもわかってたし。俺は俺自身のことを、もっと大事にしないといけないかもしれない。使命とか抜きにして、そう、友達が案じてくれてるからって理由で。
「お前耳まで真っ赤だな」
「揶揄います? この状況で」
だって俺まで照れてきちゃうから。
「そりゃさ。俺だってそうだよ。明日からお前抜きでって言われたらSOS団でやってける気もしない。すっかりお前と毎日飯食うのも慣れちゃったし。だから、なんにも遠慮しないで欲しい。飯作ったら食ってくれる奴がいるのも、そんでお前がうまいって言ってくれるのも俺は嬉しいしさ。それで、まあ、お前が心配って言うなら……次からは大きな声でもなんでも出すよ」
「……そうですか。わかっていただけて何よりです」
「にこにこしてるけど、お前絶対また首の後ろ汗かいてんだろ」
古泉は微笑みながら手を離す。そして、俺に背後を取られまいと離れていく。そういうところ、わかりやすくて好感が持てるぞ。
「でも、お前アレだぞ。俺がきゃーって言ったらちゃんと来いよ」
「きゃーって言うんですか? 善処します」
「善処じゃなくて、ちゃんと来いよな。俺がどこにいても」
古泉はなんだか柔らかい笑顔をして、ちょっとだけ寂しそうな顔をしてから、もう一度「善処します」と頷いた。そうやってふにゃふにゃに笑う古泉は、いつものモテそうな古泉よりも魅力的だと思う。まあ、俺には心に決めた、決して叶わない相手がいるんだけどね。
俺たちはその後、ピザとコーラを手に洋画を見まくった。
ちょいちょいゾンビものやホラーもあって、その度に俺が発狂するのを見て古泉は意趣返しとばかりに微笑んでいた。やな奴やな奴やな奴!
でも、俺が叫び声をあげる度に手を握って「はい」なんて言われたのはちょっと心強かったかな。本当にそうか? もしかして「きゃー」の訓練をさせられたんじゃないか俺は。
「次のシーン、ヒカリくんも好きだと思いますよ」
うーん。よくわかんないんだけど、男友達ってこんなに手を繋ぐもんなのかな。実は古泉はこう見えて甘えん坊でしたっていうならまあ、可愛いとは思うけど。
これ、こいつも俺も男友達の距離感をわかってない可能性があるのでは。
「あのさ。明日、キョンと谷口と国木田誘ってでかけないか」
よく考えたら、あのトリオは貴重なサンプルだ。
「……」
「え? 無視?」
「いえ。いいですね。どこに行くんですか?」
「明らかに間があったじゃないか。疲れてるんだろ。嫌なら無理にとは言わない」
「でも、ヒカリくんは行くつもりなんですよね」
「うん……うん? 行ってほしくないの?」
「……そうですね。浮気が疑わしいので」
「浮気もクソもお前と付き合ってないんだけど」
「え? そうなんですか?」
「マジでびっくりしたみたいな顔するな」
そんで、この手はいつ離れるんだろうか。
「お前、マジで気に入ってるよね。このネタ。好きだよね」
古泉は珍しくこちらを向かないで、テレビの画面を見ながら呟く。なんでこいつ、手汗かいてるんだろ。
「好きです」
「お前さあ……」
うー、と唸りそうになる。静かなシーンを狙って言いやがって。お前はネタのつもりだろうけど、俺は結構ドキドキする時もあるんだぞ。
ホント無駄に顔がいいんだよな。声もいいんだよ。そんで、少しづつ仲良くなったり弱みとか見せられると、ギャップとかもさあ。狡いんだよお前。
あーあ、こんな気持ちお前にはわかんねえだろうけどさ。わかられても困るけど。
「好きですよ。ヒカリくんと、こうしている時間」
「しつけ~~」
「マメだと言ってください。それに、あなたが言ったんですよ。遠慮しなくていいと」
「あーそう。じゃあ俺も遠慮せずメールしまーす」
俺はメールで谷口と国木田、しぶしぶとキョンの了解を得る。さて、これは本編にまったくないお話。でも、遊ぶだけだから。どうやって動かしてもそうそう妙なことにはならないだろう。これ、死亡フラグじゃないからな!
そうして。俺はそのまま全然手を離さない古泉と、二人だけの部屋で何本も映画を見続けた。こっちはなんのフラグなんだか。