あるフリーターの憂鬱Ⅱ
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ハルヒがキョンの遅刻を怒鳴りつけること約十分。
実際には二分早く着いてるキョンなのだが、ハルヒ理論の前では通用しない。今のうちに慣れておいた方がいいぞ。
そんなこんなで俺たちは、一番遅かったキョンの奢りで昼食をとることになり、手近な喫茶店に入る。ファン大興奮のあの喫茶店である。
どうでもいいかもしれないが席順を発表しておこう。
ボックス席の壁側に奥からキョン、俺、古泉。向いの通路側に奥から長門、ハルヒ、朝比奈さん。正面がハルヒなのは嬉しいからいいとして、大の男三人でソファタイプの席はきついものがある。なにより少しだけ古泉側に寄って座ったのが失敗だった。
まださっきのことを怒っているらしい古泉が微妙に体重をかけてくる。気を抜いたらキョンの方に倒れ込みそうだ。なんでそこまで責めるかなあ? 俺は一生懸命踏ん張った。腹筋つきそう。
「いーいキョン。あんたがもっと早く来てたら、ヒカリもみくるちゃんも有希もつまんない男にベタベタ触られずに済んだんだからね。みんな、高いものジャンジャン頼んで。キョンには反省が必要だから」
ベタベタというほどじゃないが。
まあ団員が大好きなハルヒ的には、自分の所有物に触られるのは一瞬でも許せないんだろう。しかし、この面子でじゃんじゃん頼めと言ってもな。
朝比奈さんは小さなパンケーキと紅茶、古泉はハムサンドとサラダにブレンドコーヒー。長門に至っては悩みに悩んで紅茶一杯。ハルヒはちょっと良さそうなオムライスとアイスコーヒーを頼んだが、大した値段にならない。
いや、高校生のお財布事情を鑑みれば十分な出費なのだが、ハルヒが言いたいのは一発でかいのを頼めってことなんだよな。
あーあ、ハルヒのやつ面白くなさそうな顔してるなあ。仕方なく俺はメニューを閉じた。腹減ってるし食えるだろ。
「すみません。マスカルポーネとサーモンのオープンサンドにアボカドのトッピング。それから小エビのキッシュにスペシャルブレンドコーヒー。あと日替わりプチケーキセットで」
「げっ」
キョンが引き攣るのもそのはず。
マスカルポーネのサンドイッチの方はトッピング付きで1200円。小エビのキッシュが800円。ケーキは1000円。そしてこだわりのコーヒーがなんと1600円だ。
もちろん俺が一番高額。財布の中身を見てキョンが固まっているのが面白い。やべ、変な趣味が目覚めそうだ。
キョンには悪いが、実は昨日の夜も閉鎖空間が発生している。俺も古泉も働き尽くめなので、今日くらいは流石にのんびりしたい。ハルヒが高いのを頼めと言えば俺は頼むぞ。そういう強い意志でここにいる。
閉鎖空間の発生に関与していた場合、微妙にちくちく刺してくるんだよ古泉のやつ。小姑みたいにさ。
さて、全員食事を終えたところで。
不思議探索ツアーの概要はこうだ。俺たちは三人づつの二手に分かれて、市内を探索。奇妙なものを見つけ次第連絡を取り合う。で、最後には反省会をするといったような日程だ。
俺は出来るだけハルヒのストレスを軽減するため、あらかじめ用意してきた楊枝に筆記用具で赤い印を入れる。
「あら、準備いいじゃない。貸して」
ハルヒが握り込んだ楊枝のうち、赤ペンで印があるのは三本。本筋通りなら朝比奈さんとキョンだが、あとの一つはハルヒ以外に当たれば誰でもまあいいだろう。
この探索で、朝比奈さんは重大な告白を控えている。なので、それに関するフォローは入れるつもりだ。もしもハルヒが印入りの引いてしまった場合の対処法も一応考えてある。
ところで滅茶苦茶腹がいっぱいだ。動きたくない。
くじ引き結果発表。ハルヒ、長門、古泉の無印チーム。キョン、朝比奈さん、俺の印入りチーム。以上。
無難な方に入れた気はするが、古泉お前そのチーム大丈夫か? 真逆の意味で何考えているかわからない女子に挟まれたな。長門はどうでもよさそうだが、不機嫌そうなハルヒ。
まったく、チーム分けに不満があるなら最初からくじの内容でもなんでも操作すりゃいいのに。どれだけ横暴でも、ラッキーに頼ってキョンと一緒に行きたいって思わないところがお前だよな。
「キョン。わかってる? 両手に花で浮かれない! これデートじゃないのよ。真面目にやるのよ。いい?」
「花、片手にしかないと思うけど」
「じゃああんたはなんなのよ。何者だっていうのよ」
「煮物の話、まだ知りたいのか」
「呆れたわね。まだお腹空いてるの?」
照れた顔で頬を抑える朝比奈さんに、キョンが嬉しそうに目じりを緩ませる。あ、今俺を見た目、邪魔だなって顔したな。どうせ距離は取るから二人でデートだと思っててもいいけど、表情に出しすぎだぞ。
「具体的に何を探せばいいんでしょうか」
古泉が円滑に会話を進める。
「とにかく不可解なこと、疑問に思えること。そうね。時空が歪んでる場所とかでもいいし、地球人のフリしたエイリアンとか発見できたら上出来。次元の扉の鍵とかあれば一番いいけど」
キョンがミントティーを吹き出す。朝比奈さんは血相を変えている。長門はなんともないって顔だ。なるほど、と古泉。俺は奇妙な鍵に怯えていた。
その鍵って5インチくらいでアラベスク模様が描かれてるやつじゃないよな。
「要するに、宇宙人とか未来人とか超能力者、それから異世界人本人。もしくは彼らが地上に残した痕跡などを探せばいいんですね。よく解りました」
俺たちの反応を見ていてこういうこと言うんだもんな。嫌なやつだよ、こいつは。
「そうよ、古泉くん。その通り。やっぱりあんた見どころがあるわね。まあ、異世界人はちょっとむずいかもだけど。他は可能性あるでしょ。キョン、みくるちゃん、見習いなさい」
じゃね、とハルヒは言い残して去って行く。異世界人をはじき者にしないで、俺にも一言くれよ。
ハルヒたちが去って行くと、俺はテーブルに5000円札を置いて店を出る。最初から払うつもりだった。じゃなきゃあんなに食べないからな。
朝比奈さんとキョンは用事があるから、俺の方はそれなりに探索をしていこうと思っている。二人と離れすぎない程度の距離であれば、古泉もうるさくは言わないだろうしな。
大まかな地理に関しては何度も聖地巡礼で訪れているのでわかってはいるが、さすがに地元民ほどじゃない。地図を開きながらの方がいいかもしれないな。実は、さっき色々検索していて面白い情報を入手した。
さながらオープンシナリオでもやってる気分だ。今更奇人扱いも慣れているので、とりあえず人に聞いていくか。
「おい、芦川。どういうつもりだ」
キョンがお金を握りしめて店を出てくる。その後ろから泣きそうな朝比奈さん。
「どうもこうも俺が食べた分。本当に奢らされるって焦った?」
「そりゃ、そんなこったろうとは思ったが……」
「まあ気にしないで受け取ってくれ。迷惑料だと思って」
「だがな」
「奢り、この一回で済むかな~」
「嫌な予言はやめろ」
そういや、予言とか予知ってよく言われるけど、これって悟られていることになるんだろうか。朝比奈さんは特に気にしてないみたいだから、いいのかな。ん? なんかその単語って前にも聞いたことがある気がするな。あれ? 兄貴がそんなようなこと言ってた気がするけど、なんだったかな。
「良かったあ。ヒカリくん、一人で行っちゃったのかと思いましたあ」
「さすがに古泉にどやされますよ。一応、見える距離にはいますんで」
「一緒にいると都合が悪いのか? なあ……お前、何を隠しているんだ」
キョンは疑うような目で俺を見た。よく言うよ。めちゃくちゃ朝比奈さんと二人っきりになりたいって顔に書いてあったぞ。それに。
「本当に必要なことなんだよ。俺の方は昨日の今日ってわけにもいかないんだ。悪いが、そのまま朝比奈さんと二人で」
「それが規定事項なんですね……わかりました。でも、あの、本当に遠くへは行かないで。あなたになにかあったら……わたし……」
「大丈夫です。ちゃんと監視可能な範囲にいます」
眉を顰めるキョンとしょげた顔の朝比奈さんを促し、俺は少し離れて後ろを着いて行く。桜の散った川縁は護岸工事が施されていて、どうやら新種の魚なんぞはいそうにない。
ちらちらと振り返っていた朝比奈さんが決意の表情でキョンをベンチに誘うのを見届けて、俺は携帯とメモ帳を開く。どうやらお話の流れ通り、ここで未来人であることを暴露するようだ。
さて、こっちはこっちで不思議探しだ。ネットで得た不思議な噂をチェックして、聞き込みしつつ精査していこう。なぜだかこの川縁だけでも結構な数の噂があって変なのだが、それよりも気になることがある。
なんと、それらの噂はオカルト掲示板や観光案内の口コミページ、個人ブログのコメント欄などに昨夜、突如として書き込まれたのだ。内容としてはだいぶ奇天烈ネタの嵐なのだが、ハルヒ効果だろうか。その噂を本気にして調べに来ているやつらと、歩いているだけで何組もすれ違う。
こういうのが好きな暇なやつというのは一定数いるものだが、ここまで集まるだろうか。まあ、冷やかしのカップルがほとんどで、会話の端々からあまり信じていないことは察せた。カメラを構えて移動しているやつとかは、検証サイトでもやっているのかもしれない。
で、内容はこんな感じだった。
まず、撤去されたはずなのに現れて目から血を流す地蔵。これはなかった。そもそも、遡って調べてもここに地蔵が置かれていた事実がない。ふざけるな。
死んだ恋人がベンチに置いていったカード付きの花束とかいうのもなし。これは多分、忘れ物かフラれて置いていったものに、面白半分で後から噂が足されたってところだろう。
破れた金網についた謎の被験者の手形もなし。この河川は視界が開けていて、謎の被験者とやらが隠れる場所もない。そもそも謎なのになんで被験者ってわかるんだよ。この辺りに研究所とか大学とかもないし。お粗末なんだよ噂の造りが。
ここから近いのは、あとは神社のオーパーツだが。神社にオーパーツか。和風か洋風かどっちかに統一してくれないかな。古文書とか、呪われし刀とかならまだわかるんだが。なんかこれが一番嘘っぽい。目撃情報は、やっぱりなし。
まあ、そんな簡単に不思議なことが転がっていては困る。ハルヒってやつは、どんなに強く願っても理性的にあり得ないと否定してしまうのだから、当然本人に見つかるわけはないんだ。
まあ、あんなに一所懸命なんだしちょっとくらいなにかあってもいいと思うが、余計なことを言って世界を変えた責任なんかを背負わされたくはないからな。
だいたい、なんなんだよこれは。心霊スポット的な噂ばかりじゃないか。もっとUMA系にメーターをいじっておいてくれよ。川を飛ぶスカイフィッシュとかでいいんだ。いかにもなファンタジーの勇者とか、そういう夢のある空想っぽいものでもいい。
賢明な読者のみなさんはもうお分かりだろうが、俺はホラーがめちゃくちゃ苦手である。苦手なので、逆に全部可能性を潰したい。どんとこい超常現象。全部俺が否定してやる。
意気込む俺の真横に、ぴたりと知らない男が立った。