きっと、大丈夫だよ。
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side:咲
「1日1万円は使ってもいいですよね?」
チカラさんたちはまだ計算していた。
お兄のそばに寄ると、頭を撫でられた。
「お兄…?」
「…あんまり俺から離れるなよ?」
「う、うん…」
心配性だなあと思ったけど、口に出すのはやめた。
「…あの爺さん、何が狙いですかね?」
「えっ」
お兄の唐突な言葉に、スナオさんたちが反応する。
「1000億円使って俺たちに何をさせるつもりなんでしょう…」
お兄はこの1000億に裏があるんじゃないかと思っているみたい。
「そっか、確かに…1000億円なんて大金と釣り合わせるためには、それ相応の対価が必要になるような…?」
「んもう、そんなこと考えても仕方ないです。我々は今、死ぬまで遊んで暮らすには1日いくら使えるかって話をしてるんですよ」
チカラさんが興奮気味に言った。
「そろそろいいかしら」
女の人から声がかかった。
「では、これより最初のゲームを開始します」
そう言って、女の人は右手をまっすぐ挙げた。それを合図に私たちの後方の深紅の幕が落とされた。
現れたのは、円柱の形をした檻のようなもの。
またしても会場がざわつく。
「何あれ…」
檻は6つあった。前面には白い四角の板面に1個から6個の赤い丸がそれぞれついている。見たことのある形。それはまるで…——。
「サイコロ?」
お兄が呟いた。檻の中の床にもサイコロの数が記されている。
「本選が行われるドリームキングダムへは、このゲームをクリアした者のみ入場が許される」
私たちが戸惑う中、女の人は説明を続けた。室内が静まる。彼女の元へ黒服の男の人が金属製の杯のような容器を運んできた。
「今から私がすることをよーく見ていて」
そう言って、器の中からサイコロを取り出した女性は、私たちに見えるように腕を伸ばして左右に動かした。すぐそばのモニターに、器の上方から撮ったような映像が映し出される。
「このサイコロを器に入れると——」
女の人が器に投げ入れ、カランカランと音が鳴った。
「——サイコロの目の映像があなたたちの見ているモニターに流れるという仕掛け」
モニターに映し出されたサイコロの目は、1。
「こんな風に」
また1が出た。
「こんな風に」
またしても、1。
3回連続で1の目が出た。こんな偶然ってあるのかな?
「ここで問題です」
先ほどと同じように器にサイコロを入れた後、女の人は目が出る前に蓋をした。
「今、サイコロの目はいくつでしょう」
「え?」
これが、ゲーム?当てずっぽうで答えを出せって言うの?
次々と「そんなんわかるわけねえだろ!」という参加者たちの声が飛び交った。
「蓋を被せたから私にもわからないわ。この賽の目を直感と観察力で当ててちょうだい」
「おい、姉ちゃん!この俺に丁半博打挑むとはいい度胸だ!!俺を誰だと思ってやがんだこの野郎!」
末崎さんが女の人にどすの利いた声で噛み付いた。でも、女の人は軽く無視して説明を続けた。
「いたってシンプルなゲームよ。あるでしょう?1から6まで賽の目の下にサークルが。このサークルに各々の判断で入ってもらうわ。出た目が当たれば、ドリームキングダムへの入場が許される。でも、外れた場合は——」
そこで区切られると、サークルの上部にライトが当たり、今まで見えなかったものが顔を出した。
「玉…?」
そこにはサークルの幅とほとんど同じくらいの、大きな球体があった。
皆がそれを見つめていると、黒服の男の人が檻の扉を開いて、招き猫の置物をサークルの中央に置いた。そして、扉を閉める。
次の瞬間。
その玉がものすごいスピードで落下し、ドーンという凄まじい音がしたと同時にそこにあった招き猫は無残にも砕け散った。
会場内が一気に恐怖に包まれ、静まり返った。
「本物の鉄でできた球が落ちてくる。人呼んで、鉄球サークル。安心して。数さえ当てれば鉄球が落ちることはないから」
数さえ当てればって…何それ…。
外せば鉄球が落ちてきて、あれが直撃すれば確実に、死ぬ。
ごくりと固唾を飲み込む。理解するにつれてだんだんと恐怖が襲ってきて、次第に心拍数が上がる。咄嗟に周りを見渡せば、末崎さんは気を失いかけ、参加者たちからは抗議の声が上がっていた。その矛先は黒服の男の人たちへ向かった。
チカラさんとスナオさんは怯えて叫びながら、ヒロシさんにしがみついている。
先程までの和やかなムードが嘘のようだ。
私はよろよろと足をふらつかせ、お兄にもたれかかった。お兄の腕を掴んだ自分の手が震えているのがわかる。きっと今、私の顔は真っ青に違いない。
「咲…」
お兄は私の名前を呟くと、私の頬をおもむろに両手で包み込んだ。私の目を心配そうに、優しげに覗き込んでいる。
「大丈夫か…?」
不安な時、その目を見てると安心する。魔法をかけられたみたいに。私は1人じゃないんだって思える。そうだ、私にはお兄がいる。
頬を包む手の温もりに、少しずつ恐怖が和らいでいく気がした。
「う、うん……ありがと、お兄」
へにゃっと弱々しい笑みを浮かべた。
心臓のドキドキはおさまらないし、体はちょっと震えてる。まだ全然大丈夫じゃないけど、さっきよりいくらかマシだった。お兄にくっついたまま、鉄球が落ちてきたサークルを見る。
落ちた玉はゆっくりと上がっていき、元の位置に戻った。黒服の男の人が割れた招き猫の破片を塵取りと箒で片付けている。
「制限時間は30分。終了時にサークル内にいなかった者は失格。そして、王を目指すあなたたちにとっては目の前の全員が敵同士。他人に相談したり、答えを共有しても失格よ」
女の人のその言葉で、ヒロシさんたちがお兄を見たのがわかった。きっとヒロシさんたちもお兄を頼りにしてたのかもしれない。
やがて黒服の男の人たちによって、サークルの鉄柵の扉が開かれた。
「では、幸運を祈るわ。3、2、1」
女の人が銅鑼を叩いた。その音が部屋中に木霊する。それと同時に30:00のタイマーも動き出した。
動く者は誰1人いない。静まり返った部屋に、タイマーの音だけが響いている。
1秒ずつ減っていく音がやけに大きく聞こえる。
「わかるわけねえだろそんなの…」
セイギさんが呟いた。
「ででででも、もも、もし外して鉄球直撃でも、サークルから速攻出たら、助かるかも?」
「どど、どうなんだ?」
チカラさんと、ヒロシさんの問いかけにお兄はサークルを見上げた。
「鉄球の落下速度を考えると、アベンジャーズでもない限り、逃げきれないでしょうね」
お兄は冗談なのか本気なのか分からない答えを冷静に出した。
「アベンジャーズっていうか…」
「ヤベンジャーズですね…」
「冗談言ってる場合か」
すかさずヒロシさんがチカラさんに突っ込んだ。
近くにいるセイギさんとユウキさんが何言ってんのって顔してる。
「そもそも、扉を閉められたら出られないですよね…」
ゲーム開始前に開けられたということは、おそらく時間切れの前には締め切りとして閉められる可能性がある。
「咲ちゃんまで希望をなくすようなこと言わないでよ…」
スナオさんが眉を下げて情けない声を出した。
「つか、確率6分の1っつうことは、6分の5の確率で死ぬんだよな」
「馬鹿か」
私たちの会話を聞いていたセイギさんが割って入ってきた。
「4回目も1が出る確率は6×6×6×6で1296分の1だろ」
「一方、2から6が出る確率は6分の1」
セイギさんと一緒にいたユウキさんも加わった。
「確率論なら確かに2から6なんですけど…」
お兄が言った。
「どうするんですか!2?3?4?それとも5か6…」
「零?」
スナオさんとヒロシさんがお兄に詰め寄る。さっき、相談したり、答えを共有しちゃいけないって言われたばかりのような…。でも、あの女の人や黒服の人に聞かれてないなら大丈夫なのかな…?
「いや、なんか、変なんです…」
お兄は何か引っかかることがあるのか、さっきからずっと、眉をひそめている。
「変って?」
「さっきの、サイコロの映像が…」
そう言って、俯いて腕をさすり始めた。考えるときのお兄の癖だ。視線は床から天井にさまよっている。
サイコロの、映像…。んんんー……んんー…。あれ?そういえば、さっき女の人、変なこと言ってたような…。
『この賽の目を直感と観察力で当ててちょうだい』
直感はわかるけど、観察力?目を当てるのに観察力がいるの?
お兄の隣でウンウン唸っていると、「見えたぞ!」と言う声が聞こえた。
末崎さんだった。
「あんたが?」
セイギさんが馬鹿にしたようにちょっと笑っている。
「お前ら見ただろう?3回連続1が出るのを。要するに、あのサイコロは1しか出ねぇ。よく考えてみろ。あんな説明の場面で、そう都合よく1が3回も出るかよ」
「いや、6×6×6。216分の1で起きなくはないですけど…」
「そうなのか?」
お兄の反論に、ヒロシさんは問う。
「でも、あの映像は…」
お兄はまた呟いた。
「つまりは、グラサイ、ってことだ」
末崎さんはサイコロの入った器の方をじっと見ながらそう言った。
「グラサイ…」
セイギさんが呟く。
「なんです?それ」
「重心をずらして、特定の目だけが出るように細工されたサイコロのことです」
スナオさんの質問に、お兄が答えた。
「何の略だ?」
ヒロシさんがチカラさんに聞く。
「え、えっと、グラ…グラ…グラグラするサイ!」
「それ動物ですし」
すかさずスナオさんがツッコミを入れた。
ヒロシさんたちのやりとりに思わずふふっと声を漏らしてしまった。
「あー、咲ちゃん今笑ったでしょう!」
スナオさんが怒ったように頬を膨らませた。
何だろう、スナオさんたちが可愛いと思ってしまった。目を外せば鉄球が落ちて死んでしまうかもしないというこの状況の中、スナオさんたちを見てると和む。
「ごめんなさい、ふふ」
「咲氏はわかるんですかあ?」
未だに笑みをこぼす私に、チカラさんが不機嫌そうに聞いてきた。
「あ、はい。えっと、正しくは、重心の偏りが不安定になって、サイコロがグラグラするからグラサイです。あってるかな?お兄」
「正解」
「よかった」
お兄は笑顔で頷いていた。
「なるほど…」
私がちゃんと答えられたことがちょっと悔しそうだったけれど、納得はしてくれたみたいだ。
「言ってたろ?あの姉ちゃんも。直感と観察力で当てろって。観察ってのは、つまりこのことだ」
さっき私も気になった言葉。でも、そのことじゃないような…?
だんだん周りに人が集まってきた。あれ?これ大丈夫?失格にならない?
「ででででも、もしグラサイじゃなくて本当にただの偶然で1が3回出続けただけだったら…」
「まさにそこだよ。わかってても人間ってのはそう考える。今回試されるのはその踏ん切り。ベガスじゃよくある状況なんだよ…」
「ベガスって?」
「カジノのあるラスベガスのこと?」
末崎さんは自分の賭けの場での経験を語った。勝ちを確信していても、限界まで金額を張れない臆病さによってチャンスを逃してしまうこと。勝負への直感を信じることができないこと。
そしてあの女の人は、私たちを試しているのだと。
「誰だって思う。あの賽は怪しい。3回連続1が出るなんてありえねぇ。だから次も1だ。でも万が一を考えるとやっぱり恐ろしくて動けねぇ。このゲームはそんな場面で正しく動く勝負度胸!そいつを試してるんだよ…」
今や室内のほとんどの人が、末崎さんの話に聞き入っていた。
そのとき、黒服の男の人が動いた。やはり、末崎さんの話はまずかったんじゃ…。
不安になって女の人をちらりと見ると、ちょうど黒服を止めたところだった。
「放っておきなさい。飛び交う情報の真偽をどう判断するかも王の資質よ」
どうやらセーフだったらしい。私は胸を撫で下ろした。最終的に自分で判断を下しさえすれば、構わないってことかな。
ホッとしていると、なにやらセイギさんから自分の推測を鼻で笑われて、末崎さんが怒っていた。
そこまでわかっているなら、自分が真っ先に1に入ればいいんじゃないか、とセイギさんが言った。すると一斉に、そうだそうだ入れよと周りの人たちが責め立てた。
室内は騒然とした。末崎さんにサークルに入れと言うばかりで、他に自ら行こうとする人はいない。
「情けないわねえ。誰も動かないんじゃゲームにならないわ」
見兼ねて、女の人は呆れたような声を出した。
「では、サービスしてあげる。ゲーム終了時にサークルの中にいられた者はその度胸に免じて目は当てられなくても入場を許可するわ。ただし、生きていられればの話だけど」
「関係あるかそんなもん!」
末崎さんが裏返った声を発した。その声は震えていた。
「外せば鉄球直撃!死んじまうんだぞ!!」
「1日1万円は使ってもいいですよね?」
チカラさんたちはまだ計算していた。
お兄のそばに寄ると、頭を撫でられた。
「お兄…?」
「…あんまり俺から離れるなよ?」
「う、うん…」
心配性だなあと思ったけど、口に出すのはやめた。
「…あの爺さん、何が狙いですかね?」
「えっ」
お兄の唐突な言葉に、スナオさんたちが反応する。
「1000億円使って俺たちに何をさせるつもりなんでしょう…」
お兄はこの1000億に裏があるんじゃないかと思っているみたい。
「そっか、確かに…1000億円なんて大金と釣り合わせるためには、それ相応の対価が必要になるような…?」
「んもう、そんなこと考えても仕方ないです。我々は今、死ぬまで遊んで暮らすには1日いくら使えるかって話をしてるんですよ」
チカラさんが興奮気味に言った。
「そろそろいいかしら」
女の人から声がかかった。
「では、これより最初のゲームを開始します」
そう言って、女の人は右手をまっすぐ挙げた。それを合図に私たちの後方の深紅の幕が落とされた。
現れたのは、円柱の形をした檻のようなもの。
またしても会場がざわつく。
「何あれ…」
檻は6つあった。前面には白い四角の板面に1個から6個の赤い丸がそれぞれついている。見たことのある形。それはまるで…——。
「サイコロ?」
お兄が呟いた。檻の中の床にもサイコロの数が記されている。
「本選が行われるドリームキングダムへは、このゲームをクリアした者のみ入場が許される」
私たちが戸惑う中、女の人は説明を続けた。室内が静まる。彼女の元へ黒服の男の人が金属製の杯のような容器を運んできた。
「今から私がすることをよーく見ていて」
そう言って、器の中からサイコロを取り出した女性は、私たちに見えるように腕を伸ばして左右に動かした。すぐそばのモニターに、器の上方から撮ったような映像が映し出される。
「このサイコロを器に入れると——」
女の人が器に投げ入れ、カランカランと音が鳴った。
「——サイコロの目の映像があなたたちの見ているモニターに流れるという仕掛け」
モニターに映し出されたサイコロの目は、1。
「こんな風に」
また1が出た。
「こんな風に」
またしても、1。
3回連続で1の目が出た。こんな偶然ってあるのかな?
「ここで問題です」
先ほどと同じように器にサイコロを入れた後、女の人は目が出る前に蓋をした。
「今、サイコロの目はいくつでしょう」
「え?」
これが、ゲーム?当てずっぽうで答えを出せって言うの?
次々と「そんなんわかるわけねえだろ!」という参加者たちの声が飛び交った。
「蓋を被せたから私にもわからないわ。この賽の目を直感と観察力で当ててちょうだい」
「おい、姉ちゃん!この俺に丁半博打挑むとはいい度胸だ!!俺を誰だと思ってやがんだこの野郎!」
末崎さんが女の人にどすの利いた声で噛み付いた。でも、女の人は軽く無視して説明を続けた。
「いたってシンプルなゲームよ。あるでしょう?1から6まで賽の目の下にサークルが。このサークルに各々の判断で入ってもらうわ。出た目が当たれば、ドリームキングダムへの入場が許される。でも、外れた場合は——」
そこで区切られると、サークルの上部にライトが当たり、今まで見えなかったものが顔を出した。
「玉…?」
そこにはサークルの幅とほとんど同じくらいの、大きな球体があった。
皆がそれを見つめていると、黒服の男の人が檻の扉を開いて、招き猫の置物をサークルの中央に置いた。そして、扉を閉める。
次の瞬間。
その玉がものすごいスピードで落下し、ドーンという凄まじい音がしたと同時にそこにあった招き猫は無残にも砕け散った。
会場内が一気に恐怖に包まれ、静まり返った。
「本物の鉄でできた球が落ちてくる。人呼んで、鉄球サークル。安心して。数さえ当てれば鉄球が落ちることはないから」
数さえ当てればって…何それ…。
外せば鉄球が落ちてきて、あれが直撃すれば確実に、死ぬ。
ごくりと固唾を飲み込む。理解するにつれてだんだんと恐怖が襲ってきて、次第に心拍数が上がる。咄嗟に周りを見渡せば、末崎さんは気を失いかけ、参加者たちからは抗議の声が上がっていた。その矛先は黒服の男の人たちへ向かった。
チカラさんとスナオさんは怯えて叫びながら、ヒロシさんにしがみついている。
先程までの和やかなムードが嘘のようだ。
私はよろよろと足をふらつかせ、お兄にもたれかかった。お兄の腕を掴んだ自分の手が震えているのがわかる。きっと今、私の顔は真っ青に違いない。
「咲…」
お兄は私の名前を呟くと、私の頬をおもむろに両手で包み込んだ。私の目を心配そうに、優しげに覗き込んでいる。
「大丈夫か…?」
不安な時、その目を見てると安心する。魔法をかけられたみたいに。私は1人じゃないんだって思える。そうだ、私にはお兄がいる。
頬を包む手の温もりに、少しずつ恐怖が和らいでいく気がした。
「う、うん……ありがと、お兄」
へにゃっと弱々しい笑みを浮かべた。
心臓のドキドキはおさまらないし、体はちょっと震えてる。まだ全然大丈夫じゃないけど、さっきよりいくらかマシだった。お兄にくっついたまま、鉄球が落ちてきたサークルを見る。
落ちた玉はゆっくりと上がっていき、元の位置に戻った。黒服の男の人が割れた招き猫の破片を塵取りと箒で片付けている。
「制限時間は30分。終了時にサークル内にいなかった者は失格。そして、王を目指すあなたたちにとっては目の前の全員が敵同士。他人に相談したり、答えを共有しても失格よ」
女の人のその言葉で、ヒロシさんたちがお兄を見たのがわかった。きっとヒロシさんたちもお兄を頼りにしてたのかもしれない。
やがて黒服の男の人たちによって、サークルの鉄柵の扉が開かれた。
「では、幸運を祈るわ。3、2、1」
女の人が銅鑼を叩いた。その音が部屋中に木霊する。それと同時に30:00のタイマーも動き出した。
動く者は誰1人いない。静まり返った部屋に、タイマーの音だけが響いている。
1秒ずつ減っていく音がやけに大きく聞こえる。
「わかるわけねえだろそんなの…」
セイギさんが呟いた。
「ででででも、もも、もし外して鉄球直撃でも、サークルから速攻出たら、助かるかも?」
「どど、どうなんだ?」
チカラさんと、ヒロシさんの問いかけにお兄はサークルを見上げた。
「鉄球の落下速度を考えると、アベンジャーズでもない限り、逃げきれないでしょうね」
お兄は冗談なのか本気なのか分からない答えを冷静に出した。
「アベンジャーズっていうか…」
「ヤベンジャーズですね…」
「冗談言ってる場合か」
すかさずヒロシさんがチカラさんに突っ込んだ。
近くにいるセイギさんとユウキさんが何言ってんのって顔してる。
「そもそも、扉を閉められたら出られないですよね…」
ゲーム開始前に開けられたということは、おそらく時間切れの前には締め切りとして閉められる可能性がある。
「咲ちゃんまで希望をなくすようなこと言わないでよ…」
スナオさんが眉を下げて情けない声を出した。
「つか、確率6分の1っつうことは、6分の5の確率で死ぬんだよな」
「馬鹿か」
私たちの会話を聞いていたセイギさんが割って入ってきた。
「4回目も1が出る確率は6×6×6×6で1296分の1だろ」
「一方、2から6が出る確率は6分の1」
セイギさんと一緒にいたユウキさんも加わった。
「確率論なら確かに2から6なんですけど…」
お兄が言った。
「どうするんですか!2?3?4?それとも5か6…」
「零?」
スナオさんとヒロシさんがお兄に詰め寄る。さっき、相談したり、答えを共有しちゃいけないって言われたばかりのような…。でも、あの女の人や黒服の人に聞かれてないなら大丈夫なのかな…?
「いや、なんか、変なんです…」
お兄は何か引っかかることがあるのか、さっきからずっと、眉をひそめている。
「変って?」
「さっきの、サイコロの映像が…」
そう言って、俯いて腕をさすり始めた。考えるときのお兄の癖だ。視線は床から天井にさまよっている。
サイコロの、映像…。んんんー……んんー…。あれ?そういえば、さっき女の人、変なこと言ってたような…。
『この賽の目を直感と観察力で当ててちょうだい』
直感はわかるけど、観察力?目を当てるのに観察力がいるの?
お兄の隣でウンウン唸っていると、「見えたぞ!」と言う声が聞こえた。
末崎さんだった。
「あんたが?」
セイギさんが馬鹿にしたようにちょっと笑っている。
「お前ら見ただろう?3回連続1が出るのを。要するに、あのサイコロは1しか出ねぇ。よく考えてみろ。あんな説明の場面で、そう都合よく1が3回も出るかよ」
「いや、6×6×6。216分の1で起きなくはないですけど…」
「そうなのか?」
お兄の反論に、ヒロシさんは問う。
「でも、あの映像は…」
お兄はまた呟いた。
「つまりは、グラサイ、ってことだ」
末崎さんはサイコロの入った器の方をじっと見ながらそう言った。
「グラサイ…」
セイギさんが呟く。
「なんです?それ」
「重心をずらして、特定の目だけが出るように細工されたサイコロのことです」
スナオさんの質問に、お兄が答えた。
「何の略だ?」
ヒロシさんがチカラさんに聞く。
「え、えっと、グラ…グラ…グラグラするサイ!」
「それ動物ですし」
すかさずスナオさんがツッコミを入れた。
ヒロシさんたちのやりとりに思わずふふっと声を漏らしてしまった。
「あー、咲ちゃん今笑ったでしょう!」
スナオさんが怒ったように頬を膨らませた。
何だろう、スナオさんたちが可愛いと思ってしまった。目を外せば鉄球が落ちて死んでしまうかもしないというこの状況の中、スナオさんたちを見てると和む。
「ごめんなさい、ふふ」
「咲氏はわかるんですかあ?」
未だに笑みをこぼす私に、チカラさんが不機嫌そうに聞いてきた。
「あ、はい。えっと、正しくは、重心の偏りが不安定になって、サイコロがグラグラするからグラサイです。あってるかな?お兄」
「正解」
「よかった」
お兄は笑顔で頷いていた。
「なるほど…」
私がちゃんと答えられたことがちょっと悔しそうだったけれど、納得はしてくれたみたいだ。
「言ってたろ?あの姉ちゃんも。直感と観察力で当てろって。観察ってのは、つまりこのことだ」
さっき私も気になった言葉。でも、そのことじゃないような…?
だんだん周りに人が集まってきた。あれ?これ大丈夫?失格にならない?
「ででででも、もしグラサイじゃなくて本当にただの偶然で1が3回出続けただけだったら…」
「まさにそこだよ。わかってても人間ってのはそう考える。今回試されるのはその踏ん切り。ベガスじゃよくある状況なんだよ…」
「ベガスって?」
「カジノのあるラスベガスのこと?」
末崎さんは自分の賭けの場での経験を語った。勝ちを確信していても、限界まで金額を張れない臆病さによってチャンスを逃してしまうこと。勝負への直感を信じることができないこと。
そしてあの女の人は、私たちを試しているのだと。
「誰だって思う。あの賽は怪しい。3回連続1が出るなんてありえねぇ。だから次も1だ。でも万が一を考えるとやっぱり恐ろしくて動けねぇ。このゲームはそんな場面で正しく動く勝負度胸!そいつを試してるんだよ…」
今や室内のほとんどの人が、末崎さんの話に聞き入っていた。
そのとき、黒服の男の人が動いた。やはり、末崎さんの話はまずかったんじゃ…。
不安になって女の人をちらりと見ると、ちょうど黒服を止めたところだった。
「放っておきなさい。飛び交う情報の真偽をどう判断するかも王の資質よ」
どうやらセーフだったらしい。私は胸を撫で下ろした。最終的に自分で判断を下しさえすれば、構わないってことかな。
ホッとしていると、なにやらセイギさんから自分の推測を鼻で笑われて、末崎さんが怒っていた。
そこまでわかっているなら、自分が真っ先に1に入ればいいんじゃないか、とセイギさんが言った。すると一斉に、そうだそうだ入れよと周りの人たちが責め立てた。
室内は騒然とした。末崎さんにサークルに入れと言うばかりで、他に自ら行こうとする人はいない。
「情けないわねえ。誰も動かないんじゃゲームにならないわ」
見兼ねて、女の人は呆れたような声を出した。
「では、サービスしてあげる。ゲーム終了時にサークルの中にいられた者はその度胸に免じて目は当てられなくても入場を許可するわ。ただし、生きていられればの話だけど」
「関係あるかそんなもん!」
末崎さんが裏返った声を発した。その声は震えていた。
「外せば鉄球直撃!死んじまうんだぞ!!」