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きっと、大丈夫だよ。

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黒服の男の人たちに連れてこられたところは、全体的にコンクリートで作られていて、地上から遥か高くにそびえ立つ物体を下から見上げるような場所だった。

すぐそばには大きなモニターがあり、上の様子がはっきりと映し出されている。上方のやりとりもこれで聞けるようだ。

下方には私とスナオさん、チカラさん、石田さんたちとさくらさんの他に、標くんについていた人たちやセイギさんたちと一緒にいた人たちが集まっていた。

ユウキさんとセイギさんの姿は見当たらなかった。


「あ、零だ!」

スナオさんの言葉でモニターを見る。

「お兄…」

黒いマスクを被せられたまま、黒服の男の人に手を引かれながらそこにお兄は現れた。


『これからマスクを取るけど、取って周りを見渡せる時間はきっちり10秒よ』

スピーカーから、峰子さんの声が聞こえてきた。

『10秒したら再び闇の中に戻ってもらうから、その後思う方向にジャンプして』

『つまり、マスクをしたまま跳べってことですか』

『その通りよ。いい?最初の10秒が肝心よ。よく目に焼き付けなさい。今あなたがいる世界を。それがあなたの見る最後の景色になるかもしれないんだから』

峰子さんがそう言うと、勢いよくマスクが外された。

『え…?なんだこれ…』

目の前の光景にお兄が言葉を漏らした。モニターに映し出されたお兄の表情は戸惑いでいっぱいだった。

『見ての通りよ。空中に床があるのは正解の方向ひとつだけ。他の3方向は跳んでも虚しく鉄の壁にぶつかるだけ』

お兄の立っている床の周りには、1メートルほど離れたところに【SAFE】と書かれた床と、【OUT】と書かれた壁があった。

『嘘だろ…』

お兄は呟いて床の端まで進み下をゆっくりとのぞいた。

『アウトの3方向に跳べば当然…』

『落下…』

お兄がこちらを見下ろしているのが小さく見えた。あんなところから落ちてしまったらひとたまりもない。皆が不安げにお兄のいる上空を見上げていた。

『生き残れる確率は25%…これが、クォータージャンプよ!』

峰子さんの声はどこか楽しそうだった。命をかけたゲームをさせているというのに。

10秒が経ったらしく、お兄は再びマスクを被せられ、床に座らせられた。すると、徐に床が回転し始める。一度見た正解の床の方向を狂わせるための回転みたいだ。

『決められた時間内にSAFEエリアに飛び移ることがこのゲームの唯一の正解。すなわち、生還よ。跳ぶべき方向は点字ブロックを辿ってまっすぐ進めばいい。その突端のまっすぐ静態した1メートル先に4分の1の確率で生き残りの地面がある』

お兄は峰子さんの話を聞きながら点字ブロックを掌で触り這って床の端を確認している。

『言っておくけど何か物を投げてSAFEエリアを確認するのは当然失格。空中に放り投げられるのは唯一、己の肉体だけ。ボディオンリーよ。そして今回の勝負である零と標の決着は、当然落ちた方が負け。あるいは跳べなくても負け。両方跳べた場合は跳ぶまでに費やした時間の短い方。決断の早かった方を勝者とする』

『冗談じゃない!人の命をなんだと思ってるんだ!』

お兄が憤慨した。

「零ー!!頑張れー!!」

突然、チカラさんが腕を上げて叫んだ。それに続くようにスナオさんたちもフレッフレッと手を叩きながらエールを送る。

「皆さん…」

「ほら、ちゃんも!」

スナオさんに促され、私もありったけの声を出した。

「お兄!!頑張ってえええ!!」

きっとあんなところまで聞こえはしないだろう。でも、たとえお兄に届かなくても、それでも叫ばずにはいられなかった。

『どんなに時間がかかろうとも、見つけますよ。何か明らかなことわり、証拠、こっちに跳べばセーフなんだっていう確信を』

『残念ながら、それぞれの方角にかけられる制限時間は10分しかないの』

お兄の決意を峰子さんがいとも容易く打ち砕いた。

『10分…!?それぞれの方角…』

たった10分で正しい方向を見極めて、跳ぶ覚悟を決めなきゃいけないなんて…。

『このクォータージャンプはあなたみたいな跳び役と、あともう一つ、それぞれの方向に一人ずつ立っている4人の声役で成立するゲームなの。この声役はSAFEエリア担当、あるいはOUTエリアどちらにいても自分が呼びかける方へ跳び役を跳ばすことができたらリングが一つもらえる。本当にSAFEの方角にいるのは誰かを見抜いて跳ぶの。それがこのゲームの真髄よ』

それはつまり、声役もゲームの参加者ということになる。お兄を信じさせて自分の方へ跳ばせたら勝利。たとえそれがお兄を騙すことになっても。

『最初の声役はすでにスタンバイしてるわ』

峰子さんの言葉の後、タイマーが10分にセットされ、時を刻み始めた。最初は誰なんだろう。ううん、誰であってもお兄なら本当か嘘か見抜けるはず。そう思っていた。


『零。零?』


聞こえてきた声は、聞き馴染みのあるものだった。

「嘘でしょ…」

思わず声を出していた。

『零!』

『ヒロシ、さん…?いるんですかそこに』

『ヒロシだ。聞こえるか、零』

やっぱり、ヒロシさんだ。さっき黒服の男の人たちに連れて行かれた、怪我を負ったヒロシさんだ。

『大丈夫なんですか?』

『もう大丈夫。あいつらに手当てしてもらった。ただの脳震盪だ』

『でも、どうしてヒロシさんがここに』

『志願したんだ。OUT側に割り当てられればこっちはだめだって零に教えられるって思って』


「ヒロシ氏の声だ…」

スナオさんが呟いた。皆んな戸惑っている。

「でも、あそこ…」

「まさか…そんな…!」

そう、ヒロシさんがいる場所は…


『そしたら、SAFEエリアが割り当てられたんだ。役に立てる。これでやっとあんたの役に……ずっとお荷物だと思ってた。でもやっと役に立てる。さあ、跳んで、零。こっちへ!助かろう、俺も、零も』

『ヒロシさん…』

『さあ、こっちだよ。どうした?早く跳ばないと。さあ、早く!早く跳んで!あとであの標ってやつが零より早く跳んだら負けなんだろ?ほら、1秒でも早く!』


「行っちゃだめだ!!!」

スナオさんが叫んだ。

「ヒロシ氏が裏切るなんて…!」

スナオさんは悲しそうに声を絞り出した。

「あいつ…!」

怒りに顔を歪めながらチカラさんは呟く。
そう、やけに急かすヒロシさんがいる場所は、OUTエリアだったんだ…。

ーー俺は零についていく。たとえそこが地獄でもーー

あの時の言葉は嘘だったの?

ううん、待って。ヒロシさんに限ってそんなこと…そんな酷いことをするような人には見えなかったもの…。

「ヒロシ氏…どうして…!」

『もしかして、疑ってる?俺の言うことなんか信じられないって、そう思ってる?』

お兄は何も言わない。疑うというよりも、動揺しているんだと思う。

『わかってます。ヒロシさんがOUTにいて自分に跳べと言うことは100%あり得ません。それは断言できます。たとえ、ヒロシさんが誰かに拳銃を突きつけられて脅されていたとしても』

『そうだよ零。俺は零の味方だよ。一生誓うよ』

「はっ、まんまと騙されてやがる」

標くんの取り巻きの男性がおかしそうに笑って言った。

「零ぉ!」

「どこまで青臭いんですかぁ、心の友はぁ」

チカラさんが怒りと呆れが混じったような声を出した。スナオさんは今にも泣きそうだ。

「お兄…」

『だから、嘘偽りなくそう思っているからこそ、聞かせてください』

『何を?』

『本当にヒロシさんなんですか?』

『えっ…』

『だって、あり得ないでしょ。仲間をSAFEエリアに置くなんて。そんなこと許すわけないですよ、あの爺さんが』

『それが在全の狙いなんだ』

『え?』

『くじ引きでSAFEエリアを指定されて、やった!って思ってたら、黒服の一人が流石にそれはまずいってやり直しさせようとしたんだ。そしたら在全が『待て、このままでいい。これはこれで面白い。あの小知恵のきくガキは必ずこの仲間の配置を怪しむだろう。そして疑心暗鬼で友を信じられず墜落。それも一興』

こんなにすらすらと嘘を吐くのだろうか、あのヒロシさんが?何かがおかしいんだ。それが何なのか、はっきりとは言えないけれど。

『乗っちゃだめだ。そんな敵の策略に。それより声!俺の声を聞いてくれよ。信じてくれよ。それが何よりの証拠だろう?』

そう、声は確かにヒロシさんのものだ。でも違和感が拭えない。

「あれは本当に、ヒロシさんなんでしょうか?」

思わず言葉が漏れた。

「えっ?」



『もちろん信じてます。でも、跳ぶには勇気がいる。だからもう少し聞かせてください』

『零…』

『振り込め詐欺の連中と戦ってるときに決めていた仲間内での合言葉は?』

『な、なかったよそんなの』

『では、ヤクザ事務所に出入りするときに決めていた別名は?』

続けてお兄は質問する。

『零が北島、俺が東山、チカラが西川で、スナオが南原』

「即答ですよ…しかも全部正解ですよ!?」

『なるほど…確かにヒロシさんです』

『零…』

『わかりました…信じ、ます…』

お兄はそう言うと、ゆっくりと歩みを始めた。

「あ、お兄が…待って!!」

『よかったぁ…最悪だもんな。変な疑心暗鬼で別方向に跳ばれたら』

「だから!!ヒロシ氏は嘘をついてるんです!アウトなんですってぇ!」

チカラさんが叫んだ。

「ストップー!」

「だめだー!!」

ここでどれだけ騒いでも聞こえない。聞こえてはいけないものだから。聞こえないとわかっていても、さっきと同じように私たちは大きな声でお兄に全力で伝えた。そっちに行ってはダメだと。

「お兄ちゃん!跳んじゃだめー!それが、本当にヒロシさんなのかまだ分からないのに!!」

「何言ってるんですか!あれはヒロシ氏なんですよ!恩を忘れたのか知りませんが目先のリングに目が眩んだんですよ!」

チカラさんが反論した。

それでもまだ信じられなかった。あそこにいるのがヒロシさんで、お兄を騙そうとしているなんて。

隣の標くんと一緒にいた人たちからは『跳べ跳べ』というコールが聞こえてきた。

「お兄、待って!お願い気づいて、違和感に気づいて…!!」

ちゃん…」

手を組んで顔の前で祈るようにお兄を見つめる。
すると、今まで歩んでいた足がピタリと止まった。

「お兄…何かに、気付いた…?」

「え…?」

『零?どうした?残り3分切ってるぞ』

『最後に一つ、してもらいたいことがあるんですけど』

『何?』

『眼鏡を外してもらえませんか?』

お兄が何かに気づき始めたそのとき、突然後方の扉が勢いよく開いた。

「えっ」

スナオさんの声につられて扉を見ると、

「ええ!!?」

「どどど、どういうことですか!?」

そこにはヒロシさんが立っていた。

「ヒロシさん!!」

「あそこにいるのは俺じゃない!」
ヒロシさんが上空を指しながら声をあげた。

「でで、でも、ヒロシです、って名乗ってましたし」

「そうです、声だって…!」

「もしかして、声、録音されませんでしか…?」

「そ、そうなんだよ!!」
私が尋ねるとヒロシさんは大きく頷いた。

やっぱり…。じゃあ、あそこにいるのは…。

『眼鏡を外した。でも、いいのか?外したら離れたものは見えなくなるけど。何を見たらいい?』

『大丈夫です。見てもらいたいのは眼鏡を耳にかけるテンプルの部分です。その内側にフレームやレンズの寸法を表す数値と記号が入っています。それを読み上げてください』

「お兄、偽物だってわかったんだ…!」

私は重ねた両手を顔の近くに持っていき、笑顔を浮かべた。


『古い眼鏡だし、買ってからだいぶ経つから消えてるな』

『あれ?おかしいですね。さっき見たときは、消えてなんかいませんんでしたよ』

お兄は確信を持った声を出した。

ヒロシさんが、かけていた眼鏡を外し私たちに見せてくれた。確かにそこには、何かの数値と記号がしっかりと残っている。

これは、お兄の勝ちだ。

『随分とリサーチしたみたいですけど、手元がお留守でしたね。偽物さん』

『待てよ、じゃあ、この声はどう説明するんだよ』

『リサーチしたんですよね?我々が振り込め詐欺の連中と戦った、義賊だって』

『したよ、した、あっ…!』

壁の向こう側にいる者が墓穴を掘った瞬間だった。

『なのに俺たちが知ってると思わなかったんですか?振り込め詐欺も使ってる、音声合成システムがあるって』

お兄の声に苛立ったのか、壁の向こうから悔しがる声と何かを叩く音、そしてヒロシさんの機械的な声がバグを起こしたように繰り返し聞こえた。

すると、ヒロシさんが説明してくれた。意識を取り戻したら、目の前に黒服の人たちがいて、連れて行かれるお兄の映像を見せられたと。どこに連れて行くのか彼らに問い詰めると、知りたければ質問に答えるように言われたという。お兄を助けるためだといろんなことを質問された。お兄との出会いや義賊の活動について。なぜ録音されてるかわからなかったけど、お兄を助けるために従ってしまったと。

「俺が馬鹿だったんだ…」

「馬鹿もいいとこですよ…もう少しでリング丸儲けのチャンスをーー」
「チカラ氏」
「うっ…零を殺すところだったんですよ?」

スナオさんに突っ込まれ、チカラさんは言い直した。

「ごめん…」

「でも、そんなヒロシ氏だからこそ、助かったんですよ。最初にヒロシ氏の声が跳べって言ったのを聞いたとき、零は真っ先にこう言ってました」


ーーわかってます、ヒロシさんがOUTにいて自分に跳べと言うことは100%あり得ません。それは断言できます。たとえ、ヒロシさんが誰かに拳銃を突きつけられて脅されていたとしてもーー


「そこがぶれなかったからこそ、助かったんですよ」

「本当に青臭いな、零のやつは…」

ヒロシさんが笑みをこぼしながら言った。

「違います。アホくさいんですよ」

「だな」

笑い合う彼らにつられて私もふふっと笑った。

「すみません。ヒロシ氏が裏切ったって思っちゃいました。氏は感づいていたみたいですけど…」

チカラさんが申し訳なさそうに言うと、ヒロシさんは気にしないでと首を横に振っていた。



「いつまでも気持ち悪い友情ごっこやってんじゃねえよ」

和やかに話していたのに、その空気を壊す声が飛ばされてきた。標くんたちといた人たちからだった。

「仲間同士で潰しあってくれればスカッとしたのに」

「我々は、仲間を裏切ったりしないんですよ、ねえ、スナオ氏」

チカラさんがスナオさんの肩を組みながら言い返した。

「えっ、な、何の話ですか…?」

突然スナオさんがしどろもどろになり、様子がおかしくなった。

「スナオさん…?」

「どうしたんですか」

チカラさんもおかしなことに気付いたみたいだ。

「いや、別に何も…」

そう言って、チカラさんの腕を振りほどき、スナオさんはその場を離れてしまった。



「ちょっと、いいかな、ちゃん…」

しばらくすると、スナオさんに呼び出された。スナオさんはさっきカズヤお兄ちゃんが取り返した、島津さんのリングを私に見せてきた。

「それって…」

「拾ったんだ。いや、返そうと思ってたんだよ。でも、タイミング逃しちゃって…」

「スナオさんは素直な方ですね。名前の通りに」

小さく微笑むと、スナオさんは少し困ったような顔をした。

「あとで一緒に返しに行きましょう。スナオさんが望むなら」

「うん、そう、そうだよね。それがいいよね。いや、ううん、ちゃんと、自分で返すよ」

「そうですか」

スナオさんのその言葉が嬉しくて笑って返事をした。



『よく見破ったわね。残るは3方向よ』

みんなの元へ帰った時、峰子さんの声でまだ終わりじゃないのだと現実に戻された。ほっとしたのも束の間、次の声役が来たようだ。ゲームは進む。

『零!零?』

「えっ…あの声…」

『聞こえるか!零!』

「カズヤ、お兄ちゃん…?」

どうして…?

『俺だ!山口カズヤだ!』

「また、お兄の、友達…?」

『こっちだ、こっちがセーフだ!』

『カズヤ…』

『そうだよ、俺だ!』

『どうして拒否しなかったんだ、こんな人殺し同然のゲーム!』

『もちろん拒否したよ!OUTエリアだったら辞退するって言ったよ!そりゃそうだろ!零を助けるために参加したんだから。SAFEエリアじゃなかったら、お断りだろ。冗談じゃないよ。よりによって自分の嘘で零が死ぬなんて。じゃあ、さっきだってなんで助けたんだよ』

それはさっきのレストランでのことを言ってるんだ。

『た、確かに、そうだけど…』

『そうだよ。何だよ、疑ってんのか?零、俺を信じろよ。お前を助けたいんだ!友達だから!』

上空での2人の会話を黙って聞いていた。

『友達…?』

『しかもただの友達じゃない。高校時代、あの頃俺はお前を尊敬してた。零はすごいやつだって。こんなすごいやついないって。こんなやつを友達に持てた俺は幸せだって。だから助けたいんだよ…。俺を信じろよ、零!!』

『信じるよ!!そっちがセーフなんだな!』

『当たり前だろ!さあ、早く!』

『わかった。俺たち友達だよな。疑ってすまない』

お兄はゆっくりと歩みを進めた。

「なんで、そっちは…!」

思わず焦った声が出た。
私たちが困惑し呆然と見つめる間に、お兄は床の端まで進んでいた。

『跳ぶよ!そっちに!』

「どうして…カズヤお兄ちゃん…」

どうしてカズヤお兄ちゃんは嘘をついているの?

しきりにこっちへ、と呼ぶカズヤお兄ちゃんがいるのは、鉄の壁のある、OUTエリアだった。
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