大学三年生
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三週間ぶりの再会だったというのに俺は草太と気まずくなって別れた。お前は自分の扱いが雑すぎる。そう言って俺を見つめた水の底みたいな瞳がやけに頭に残っていた。
俺が雑ならお前はどうなんだ。無意識に舌打ちが漏れて苛立ちばかりが募っていく。言い返せなかったのは俺自身今の環境に不安があったからなのか。
教室の扉を開ければ中にはまだ誰もいなかった。昼食を切り上げいつもより随分早い時間に来たのだから当然だ。俺は定位置に腰を下ろして机に伏せ目を閉じた。
とにかく彼女と話がしたい。俺の話を受け入れて笑ってほしい、認めてほしい。心安らげる場所はもうここしか残されていないのだとみっともなく縋っていた。それが甘えであると、誰かへの寂しさを誰かで埋める愚かしい行為だと、この時の俺はまるで気づいていなかった。
「あれ、早いね。」
人がまばらに集まってきた頃彼女が俺の前に現れた。いつもと変わらぬ笑顔を投げかけ当然のように隣に座ってくれる。荒んでいた心がじんわりと溶かされ、俺は子供じみた愚痴をなりふり構わず彼女に零した。
「……草太の奴、今日来てた。」
「あ、そうなんだ。やっと会えて良かったね。」
「また家業だ、って言われた。」
ふらっといなくなって散々人を心配させたかと思えばまたふらっと戻ってくる。あいつの放浪癖の言い訳は何度聞いても家業ばかりだ。ただその一言だけを盾のように使い、それ以上は踏み込んでくれるなと俺を無理矢理境界線の外側に出す。俺はこんなにもあいつと話をしている筈なのにあいつはずっと一人のままだ。
「……三週間も連絡取れなくなる家業って何だろうね。」
「知んね。あいつ聞いてくんなオーラ出してるし。」
ぶすくれて頬杖を突けば彼女は「確かに」と笑みを浮かべた。俺は何故かそれが無性に腹立たしかった。何でみんなそんな風に割り切れるんだ。俺の精神がもっと大人だったらこんなに寂しくならなかったのか。今も余裕で笑って流せてたのか。
草太は俺の友達なのに俺は草太にとって友達じゃないかもしれない。この恐怖にみんなどう立ち向かっているのか、上手く生きているふりをしている俺にはわからなかった。
「せっかく割の良いバイト教えてやろうと思ったのに断りやがるし。」
「割の良いバイトかぁ……まあ宗像くんそういう話乗らなさそうだよね。」
「今時珍しい堅物なんだよ。」
止まらない文句に彼女は相変わらず優しい相槌をくれる。いっそ全て吐き出してしまえば俺の気持ちにも整理がつくかもしれない。意味もなく自分の爪を眺めながらため息交じりに勝手な思考を巡らせていたが、そんな俺を待っていたのは予想外の裏切りだった。
「でも私が宗像くんの立場だったとしても断ってたかも。」
「え?」
落ち着いた、しかしどこか芯のある口調で告げられたのは拒絶の言葉で、それが例え話だと理解はしていてもみるみる心が凍りつく。始業のチャイムが鳴る間際、俺は指先一つ動かせなかった。
「芹澤くん、最近ちゃんと寝られてる?」
こちらを覗きこんだ瞳が食堂での草太に似ていて咄嗟に顔を逸らした。自分の弱さから逃げるなとでも言いたげな視線が中途半端な俺に容赦なく突き刺さる。
草太も彼女も、俺の心配はする癖にいつだって一歩引いた距離間で接してくる。もしかして俺に原因があるのか。俺が誰とも向き合っていないからこうなっているのか。自分とは違う、地に足を着けて確かな時間を生きている人種。己の空虚さを浮き彫りにされるのが急にたまらなく怖くなった。
「自分のこと大切にしなきゃ駄目だよ。」
親が子どもに説教するみたいな。いやに温度の乗った表情が草太と重なる。何だよ、俺にどうしろっていうんだ。俺はどうしたら良いんだ。
講義が始まり彼女はノートへと意識を落としたが俺は時が止まったかのように呆然としていた。これまで拠り所を探して彷徨っている感覚だったがそんな場所俺にはないのかもしれない。どこへ行こうにもあの水の底のような瞳が背中を追ってきて釘を刺す。
「お前は自分の扱いが雑すぎる。」
「自分のこと大切にしなきゃ駄目だよ。」
途端に息苦しくなってきて席を立った。授業はまだ四分の一も終わっていなかったが、荷物をまとめて逃げるように教室を出た。