大学四年生
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停めてあった車に戻り、ガムテープでべたべたになったドアを壊さぬよう気をつけながら中に乗り込む。宗像くんは助手席に、女性陣は後部座席に。重量オーバーになりそうな人数に朋也は「大丈夫かよ……」とぼやいていたが、心配せずともアルファロメオは正しく走行し無事近くの駅に辿り着いた。
どうやら宗像くんにはまだやるべきことが残っているらしく、東京へと戻る私たちとはここでお別れ。一人汽車に向かう彼の後に、鈴芽ちゃんが寂しげな表情で着いていく。
「……まさか草太を救ったのが女子高生とはな。」
二人の邪魔をしないよう改札には入らなかった私たちは、車の脇に立ち朋也の煙草の煙を浴びていた。ここまで労力を掛けたのだからさすがに家業のことを話してくれるだろうと踏んでいた宗像くんが、期待を裏切り一切口を割らなかったため彼は不貞腐れているのだ。何だか可愛そうになってきて「一本吸ってもいいよ」と許可すれば、朋也は迷わずポケットから白い棒を取り出しすぐに火をつけた。
「焼きもち?」
「そんなんじゃねえですぅ。」
「まあ仕方ないよ。だって私たちはあの扉の向こうには行けなかったわけだし。そもそもあるかもわからない扉のために東京から宮城まで来ようとは思わなかったかもだし。」
「そぉだけど……。」
「宗像くんを救えるのは、鈴芽ちゃんだけだったんだよ。」
駅のホームで汽車を待つ二人を眺めながら長い息を吐くと朋也がさらに唇を尖らせる。吸い終わったそれをくしゃりとシガレットケースに入れた彼は自分の腕を私の肩に軽く当て、いつになく真剣な眼差しでこちらを見下ろした。
「……俺だってなまえがいなくなったらどこにでも行くし。」
真面目なトーンに虚を突かれ一瞬頭が真っ白になる。
「っそ、ういう話は今してないかな……?」
急に鼓動が速くなりみるみるうちに全身が火照る。自身の熱を冷ますためにぱたぱたと手を上下させているとしてやったりといった表情で彼が口角を上げ、一連の会話を聞いていた環さんが「君たちほんまにええカップルやねえ」と笑った。
「そういえば君、お金は返してもらえたと?草太くんから。」
「ああ、あれ嘘っす。」
恥ずかしさを誤魔化していると環さんが話題を変えてくれ心の中で最大限の感謝をする。しれっと本当のことを答えた朋也に彼女は「え」と動きを止め、私は素知らぬ顔で明後日の方向を見つめた。
「逆っす本当は。俺が草太から借りてて……あいつ忘れてるみたいだから黙っててもらえます?」
「返す気のない二万だもんね。」
「ちょっとなまえちゃん!」
「鈴芽ちゃんと環さんの前では格好つけたかったんだもんね。」
「何か当たり強ぇんだけど!?」
「ふ、ふふ。しょうがない子やねぇ!」
先程のお返しと言わんばかりに暴露を重ねると朋也は焦った様子で頬を染めた。私たちの攻防を前に環さんは可笑しそうにお腹を抱え、しばらく三人で和気藹々としたムードを楽しんだ。
それから間もなく宗像くんの乗った汽車が出発し、私たちも定位置へと戻り再びシートベルトを締めた。朋也がエンジンをかけぼろぼろのスポーツカーが東京に向かって動き出す。道路のおうとつを直に感じながら隣の鈴芽ちゃんに視線を遣ると、彼女はまだ名残惜しそうに駅の方を眺めていた。
「ちゃんと話せた?」
「あ、はい……。」
そっと横顔を覗き込むと鈴芽ちゃんは心なしか先程より弱々しい笑みを見せた。好きな人と今度いつ会えるかわからないというのは高校生の彼女にとってどれだけ不安なことだろう。それが無茶をしがちな相手だとわかっているなら尚更だ。汽車に乗る間際、宗像くんが鈴芽ちゃんを抱き締めた時の穏やかな表情を思い出しながら、私は彼女の手に自分のものを重ねた。
「鈴芽ちゃん、あのね。私あんな風に笑う宗像くん初めて見た。」
「え……。」
「いつだって一人で立ってるみたいな寂しい顔して笑うんだよ、宗像くん。でもさっきは、鈴芽ちゃんといる時は、ああ本当に笑ってるんだなあって。鈴芽ちゃんのこと大事なんだろうなあって。」
一つずつ噛み砕くように話していると冷たかった彼女の体温が和らいできた。じんわりと温かさが滲めば鈴芽ちゃんの目に光が戻り、自信を取り戻すように大きな瞳がゆらりと揺らめく。
「ちょっと羨ましかった、ね。」
「別に俺は……まあ、そうかも。」
運転席の朋也に賛同を求めると、言い辛そうに顔を逸らされる。それでも鈴芽ちゃんの期待の籠もった視線には逆らえず、悔しそうにしながらも最終的には観念して本音を認めてくれた。
「鈴芽ちゃんが差し伸べた手を宗像くんが取った。間違いなく彼の意思で。それだけでもう、充分だよ。」
握る手にぎゅっと力を込めるとその瞬間爽やかな風が吹いた。鈴芽ちゃんの「はい!」という元気な返事が車内に響き空へと昇っていく。無垢な笑顔の彼女から宗像くんを追いかける寂しさの香りは消えていた。
それから七時間。道中エンジントラブルがあったのも含めるとそれ以上の時間をかけて私たちは東京駅に到着した。あちこちにガタがきている車でどうなることかと思った長距離ドライブは漸く終わり、固い握手をして宮崎へと帰る彼女たちを見送る。
「ちゃんと修理代振り込むかいね。」
「だから要らないですって。」
「なまえさんまた連絡します!」
「うん、いつでも待ってる。」
新幹線の改札口で二人と抱き合い別れを惜しむ。鈴芽ちゃんの力になってくれた人たちのところへお礼に行くため、彼女たちは山程お土産を買っていた。それを両手にいっぱい抱えながら切符を通し、再びくるりと向き直っては私たちに手を振ってくれる。朋也と一緒にその律儀な挨拶に応えているとあっという間に二人は雑踏に紛れ、揺れるポニーテールは見えなくなった。
「……帰りますか。」
「うん、何か晩ごはん買ってく?」
「お、良いねぇ。何ならここで食ってこうぜ。」
彼女たちが消えていった改札を後にし、他愛のない会話をしながら食べ物が犇めき合う東京駅を当てもなく歩く。息をするかのように自然と繋がれた右手がいつも以上に安心をくれ、危うく泣いてしまいそうだった。
「なまえ。」
「ん?」
「好き。」
「ふふ、うん、私も好き。」
肩の荷が下り緊張から解放されたのは彼も同じで、外だというのに飾り気のない愛の言葉を耳元で囁く。私はそれにはにかみながら頷き、改めて愛しい横顔にこう言った。
「おかえり。」
誇らしそうに口角を上げた彼から計り知れない達成感が滲み出る。互いに伝わる温度は冒険の終わりを象徴しているようで、不覚にも朋也より先に鼻歌が漏れた。