大学四年生
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ごろごろと不穏な音をさせながら黒い雲が迫ってくる。先程までの青空は一変。辺りは段々と薄暗くなってきていた。それはまるで車内の空気を暗示しているようで、私は膝に乗っかったダイジンを撫でつつ小さく息を漏らした。鈴芽ちゃんと環さんは目を覚ました瞬間からお互いに気まずそうにしており、家族という間柄だというのに視線も合わない。ただ一人朋也だけはかなり楽しそうで、自分の鼻歌に乗せて「にゃ」を連呼していた。
「歌詞覚えてないの?」
「こういうのはフィーリングで歌うのが一番だって。」
「君が楽しいなら良いけども……って、あ。」
頬に雫が落ちてきて頭が濡れ始める。環さんが「雨?」と顔を上げると朋也は「にゃ!?」と一声鳴いたのを最後に歌うのをやめた。
「まじすか、そりゃまずいな。」
「非常に良くないねえ。」
「何が?屋根あるっちゃろ?早く閉めて。」
緊急事態発生で私と彼に焦りが生じる。念のためにと鞄に入れてあったタオルを一先ず鈴芽ちゃんと環さんに手渡し、ダイジンには今日まだ使用していない大きめのハンカチをかけた。
「あー……やってみますか。」
賭けに出た朋也が脇にあるボタンを押しそれと同時に車体の後ろ部分が開く。収納されていた車の屋根はそれからゆっくりと後部座席を覆い、そうして運転席の半分まで進んだところでぴたりと止まった。
「え!?ちょっと?」
「やーっぱ直ってないや。はははっ。」
「ふ、前も結局ずぶ濡れだったもんね。」
以前デートで同じ状況になったことを思い出しながら鈴芽ちゃんからタオルを回収する。いやはやあの時も二人で大爆笑だったからなあ。とりあえず後ろは濡れないためハンカチだけ残し、あとは環さんに使ってもらうことにした。
「ははじゃないやろ!どうするとよこれ。」
「大丈夫、すぐ次の休憩所ですって。」
『道の駅までおよそ40㎞、35分です。』
「全然近くないがね!」
「ふふ、ふ。」
カーナビに告げられた無情な現実と漫才のような二人のやり取りに肩を震わせる。隣を窺うと鈴芽ちゃんは深くため息を吐いていて、私は思わず腕を伸ばした。
「疲れた?」
「!……いえ、平気です。」
「ごめんね、朋也うるさくて。」
「いえ、ここまで連れてきてもらってるし……ありがたいです。」
「ん、そっか。」
車はすでに宮城県に突入しており御茶ノ水駅を出発してから五時間以上経過していた。さすがに私も腰が痛くなってきたが鈴芽ちゃんは顔色一つ変わらない。青白いまま、どこか遠くを見つめている。頭を撫でても彼女の瞳は和らがなかった。その横顔はただただ最終地点で待っているだろう宗像くんだけを探していた。
そうして無事、という表現が正しいかは微妙なところだがとにかく私たちは無事道の駅に到着した。時刻は14時40分。お昼も食べてないというのにそろそろおやつの時間だ。
「「いただきます。」」
雨宿りも兼ねてここらで腹ごしらえしようということになり、私は朋也と一緒にラーメンを注文した。濡れてしまったため少し体が冷えている。湯気の立っているスープを一口飲めば胃の奥に温かさが広がり、二人でほうと体の力を抜いた。
「うめぇわ海鮮。」
「味噌も美味しい、交換する?」
「んじゃ一口。」
一つのテーブルを囲んでお互いの器を入れ替える。朋也の頼んだ海鮮ラーメンは私の味噌ラーメンよりもさっぱりしていて、こちらも中々美味だった。
「……環さん、何話してるんだろうね。」
「さあ、てか鈴芽ちゃんはまじで何も食わねえの?」
「んー、本人がいらないって言ってるからなあ。」
カウンター席で一人食事を済ませている環さんは先程から誰かと通話している。こちらをちらちら見ているあたり今の状況を説明しているのだろうが、相手がこの奇妙なドライブに理解を示してくれるかは甚だ疑問だった。一方鈴芽ちゃんは何も食べたくないと車に残り、雨の中ダイジンと睨み合っている。
「……お。」
「揺れたね。」
昨日からやけに地震が多い。どれもあまり大きくはないが気分的に良いものではなかった。緊急地震速報のアラームが鳴る度何故だか宗像くんの顔が浮かんで、嫌な想像ばかりが頭を埋め尽くした。
「なまえ。」
「え、」
「元気?」
思考が底の方に落ちている最中、不意に朋也に名前を呼ばれた。骨ばった手が私のものと絡めば彼の体温が伝わり、一気に現実に引き戻される。
温かい、安心する。私はゆっくりと瞬きをし、その手を強く握り返した。すると満足気に眼鏡の奥の目がにっと細まる。
「ん、元気。ありがとう。」
「気分転換に甘いもんでも食べますか。」
「いいね、アイス食べたい。……あれ、環さんは?」
「え、ああ、さっき外出てったけど。鈴芽ちゃんの様子見に行ったんじゃねえ?」
「そっか。」
ラーメンを平らげご馳走様をして立ち上がると、いつの間にかカウンターから彼女の姿が消えていた。朋也の言葉を聞いて窓の外を覗いてみると確かに車へと走っていく環さんが見える。二人きりにして大丈夫だろうか。一抹の不安が過りながら、お盆を持ち上げ返却スペースへと向かう。種類豊富な甘味に目移りしている彼に腕を引かれ、外の様子は視界から消えた。
「何これ可愛い。」
「お、取りましょうかお嬢さん。」
「え、そんな簡単に取れる?」
「この俺に任せなさい。」
結局私たちは一つのソフトクリームを半分こすることに決めた。今はコーンの上に乗っかったそれを一口ずつ舐めながら、クレーンゲームコーナーで海産物のぬいぐるみを物色している。
「っ芹澤くん、なまえちゃん……。」
「「はい?」」
服の裾を引っ張られ振り向くとそこにはまたも雨に濡れている環さんがいた。力なく肩を落としている彼女はその場で立ち尽くしたまま微動だにせず、長い前髪のせいで表情も窺えない。
「私、ちょっとおかしいみたい……。」
「は?」
「なしてあげなこと、言ってしまったっちゃろ……っ。」
少しだけ顔を上げた彼女の目には涙が溜まっていて、私たちが面食らった途端堰を切ったように溢れ出す。一体この短時間で何があったのか。皆目見当もつかず焦りを含んだ汗が一瞬で背中に滲んだ。
「え、ええ、え。」
「た、環さん?」
「ちょちょちょ、ちょっと、え、ちょっと大丈夫すか?」
「あ、あの、一旦落ち着いてどこか座る場所を……。」
大人の女性の涙に私たちは慌てふためき泣き崩れる彼女を支えるので精一杯。おろおろと空いている席を探しているとその隙に朋也の手からソフトクリームのアイス部分が落ち、地面からべちゃりと鈍い音がした。
「闇深ぇー……。」
お手上げの状況に天を仰いだ彼同様私も所在なく立ち尽くす。鈴芽ちゃんの方も気になるがとにかく今は彼女が最優先だ。朋也と二人で環さんを立ち上がらせ三人で腰を下ろせる席を目指す。声を上げて顔を覆っている彼女を宥めるのは十分やそこらでは難しそうだった。