大学四年生
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国道に入ってから大分時間が経った。すっかり周りに高層ビルはなくのどかな風景が広がっている。現在地は福島県。出発時は朝だった筈だが太陽はそろそろ頭のてっぺんへと到達しそうだった。
環さんは鈴芽ちゃんのことを私たちに話したあとスイッチが切れたかのように眠ってしまった。きっと彼女も随分疲れているのだろう。朋也のスマホから流れる音楽に耳を傾けながら、私は過ぎていく緑の景色をぼんやり眺めた。
「……今、揺れませんでした?」
ふと体に違和感を覚えたところで鈴芽ちゃんとダイジンが目を覚ました。焦った様子で彼女がこちらを見るが私は「わからない」と首を振ることしかできない。
「ああ、やっと起きた。今はおばさんが寝てるよ。揃って寝不足だね。」
朋也が鈴芽ちゃんの起床に気づき穏やかに声を掛ける。するとタイミング良く彼のスマホに地震情報が表示され、そこには最大震度3と書かれていた。
「ほんとだ、走ってるとわかんねえな。」
「私も気づかなかった。」
「止めて!」
「「え?」」
突然の制止に二人揃って困惑したが、とりあえず言われた通り路肩に車を停車する。「どうしたの?」と尋ねるも彼女は返答の時間すら惜しいようで、一言も発さずダイジンと一緒にドアを乗り越えた。
「え、おいちょっと!」
「鈴芽ちゃん!」
朋也と一緒に呼び止めるが当然振り返るような彼女ではない。雑草だらけの小高い丘の頂上へ一目散に駆けていき、理解の及ばぬ私たち大人だけが車内に取り残された。
「……どうするよ。」
「追いかけよ。朋也の休憩にもなるし。」
「あー、そうだな。」
「運転ご苦労様です。環さんはどうしよっか。」
「このまま寝かせといてやろうぜ。起きたらあの二人また取っ組み合いになりそうだし。」
深呼吸をして二人で彼女の足跡を辿る。斜面をざくざくと進んでいけばすぐに鈴芽ちゃんの姿が見え、私たちは無鉄砲な彼女にひらひらと手を振った。
「お~い、鈴芽ちゃん。」
「大丈夫?気分悪いとかじゃない?」
朋也が上着を脱ぎながら彼女に近づき私もその後に続く。昨日より青白い顔をそっと覗き込むと鈴芽ちゃんは固い表情で首を横に振った。
「すいません、何でもないんです。急がないと。」
来たばかりの道をすぐに戻ろうとする彼女をよそに朋也がぐっと伸びをする。ここまでノンストップで運転してきてくれたのだ。彼にも疲労が溜まる頃だろう。
「半分は、来たかな。」
「お疲れだね。」
「こんくらい余裕。」
「運転変わろうか?」
「いいよ、座ってて。」
心地良い風が吹く中ぽんぽんと彼の背中を叩くと、朋也は無意識にポケットから煙草を取り出そうとした。それにいち早く気づいた私が「朋也くん?」と睨みをきかせれば、渇いた笑いを漏らしながら再び白い棒が元の位置に収まっていく。
鈴芽ちゃんは私たちのそんなやり取りをただじっと黙って見ていた。三人で肩を並べて立つと視界いっぱいに緑が広がる。遠くの海の匂いを感じながら、朋也が一つ息を吐いた。
「この辺って、こんなに綺麗な場所だったんだな。」
その一言に、鈴芽ちゃんが微かに動揺したのがわかった。
「ここが、綺麗……?」
「え?」
「あ、すいません……早く行かなきゃ。」
割り切った、といった風だった。ここで傷ついていては宗像くんを助けられないと、丘を下りていく小さな後ろ姿がそう語っていた。鈴芽ちゃんは今、どんな気持ちなのだろう。宗像くんのためとはいえ、お母さんを失った日を思い出すこの場所に立って苦しくないわけがなかった。
「……さすがにそれは配慮足りないかなぁ朋也くん。」
「え。」
「ここが何でこんなに綺麗なのか、考えたことある?何で緑に覆われてるか……想像したこと、ある?」
「……やばい俺最低かも。」
自身の失言に気づいた彼が口元を押さえ冷や汗をかく。
「あ"~。」
項垂れる朋也がかなり反省の色を見せていたためあやすように頭を撫でた。「今なら吸ってもいいよ」とポケットを指させば彼が眉を下げて笑い「んじゃちょっとだけ」と煙草に火をつけた。
一服し終わり停めてある車まで下りていく途中、猫のダイジンが私たちを導くように先を歩いた。朋也がじゃれつきながら声を掛けるも反応はない。にゃあと鳴かないその子と暗い顔の鈴芽ちゃん、そして憔悴しきって寝ている環さん。初対面の三人の様子を外野から窺いながら、朋也が気怠げに首を捻った。
「何か、闇の深い一家だよなあ。」
賛同せざるを得ない意見にこちらも頷く。私たちの背後に立つ入道雲の中で光っている稲妻を、この時はまだ誰も気に留めていなかった。