大学四年生
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大学四年生、秋。
『来なかった?宗像くんが?』
教員免許試験。俺たちが四年間努力してきた成果を発揮するための、謂わば集大成とも呼べる場所。そこに草太の姿はなかった。試験開始直前まであいつへ電話を掛け続け鬼のような数のラインを送り、あちこちにあの男の目撃情報を募った。そして、撃沈。結局草太が試験会場に現れることはなく、それに対しての動揺と最後の追い込みを果たせなかった焦りとで俺の結果も散々だった。
むしゃくしゃしながら家路に着き一応スマホを確認する。しかしやはり草太からの返信はなく、俺はぶすくれて愛する彼女の番号を押した。
「そ、おかげで俺も実力発揮できず。」
『宗像くんに責任転嫁しないの。でもまさか今日いないとはね……。』
「まじで馬鹿だろあいつ。いくら家業が大事つっても四年間棒に振るとか。」
『んー、今回ばかりはちょっと賛同せざるを得ない。』
電話の向こうで苦笑を漏らす彼女につい「だろ!?」と声が大きくなる。お前は自分の扱いが雑過ぎる、とか。本当にどの口が言ってんだよふざけんな。俺は勢いよく自分の頭を掻きワックスで整えていた前髪をぐしゃりと潰した。家業家業ってそんなにそれが大事かよ。お前の夢をなかったことにする家業なんかもうやめちまえ。本人にそう怒鳴りつけてやりたかった。
「……むかつくから家乗り込んでやろうか。」
『え、でも今こっちいないんじゃない?』
「良いんだよ別に。何ならあいつが帰ってくるまで籠城してやる。一回くらい本気で説教してやんねぇと気済まねぇ。」
『うーん。』
部屋に鍵がかかっていれば勿論詰みだがその辺はまあ、顔見知りのコンビニ店員たちが何とか力を貸してくれるだろう。俺の無茶な我が儘に彼女は少し考える素振りを見せた。そうして『うん』と一つ頷いたあと、俺の背中を押すような凛とした声が耳に響いた。
『じゃあ私も行く。』
「え、」
『宗像くんの部屋に行って何かわかるなら、私も行きたい。』
彼女が草太と俺の輪の中に自ら入ってこようとしたのはこれが初めてだった。無論俺を介しての飲み会は何度もあったし、彼女のバイト先に草太がよく出入りしているのも知っていた。本好きどうしウマが合うらしく、小難しい話に花を咲かせている二人も度々見かけた。しかしそれでも、彼女は自分の出る幕ではないと一歩引いて俺たちを眺めていた。あいつに深入りする気はないのだと勝手に思っていた。だが違う。窺っていたのだ。注意深く、草太に手を伸ばせる機会を。俺と草太が本当の意味で繋がれる機会を、ずっと。
「……明日家まで迎えに行く。」
とりあえず今日のところは帰って寝る。脳も体調も万全な状態であいつに正論をかましてやるのだ。電話口で彼女が『試験お疲れ様』と忘れかけていた労いをくれた。陽が落ちかけた空は段々と深く濃く青みがかっていく。その寂しげな様子が、何故だか一人きりの草太を思わせぐっと奥歯を噛みしめた。