大学三年生
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大学三年生、冬。寒さに身を縮めながら彼の部屋のインターホンを鳴らすも返事はなかった。留守か。慣れた手つきで合い鍵を回して中に入り、手洗いうがいを済ませ私物のブランケットにくるまる。自分がいない間も暖房器具を付けろと再三注意されているが、やはり彼の金銭面のことを考慮すると我が物顔で電気を使うのは躊躇われた。ちなみに外から来たばかりでお風呂にも入っていないため、ベッドに潜って暖を取るという選択肢も除外される。
時計はもう二十時を回っていた。私はすでに学食で晩ごはんを食べてきたのだが彼はどうだろう。バイトが長引いているのなら何か作っておいた方が良いかもしれない。上着を着たままよっこいせと立ち上がり冷蔵庫の中身を確認していればポケットでスマホが小さく震え、「にゃー」と一言間の抜けた通知が届いた。
「宗像くんと一緒か……。」
文面からすでにご陽気な彼は恐らく宗像くんの家で酒盛りをしている。「楽しんでね」と送れば「この後会える??」と即座に返信が来たため、二人の時間を邪魔して申し訳ないと思いながらも正直に家にいることを伝えた。
「日付変わんにゃいうちに帰る」
スタンプと共に綴られた宣言は経験上あまり信用できるものではない。これは遅くなるかもなあと苦笑を漏らし、先にシャワーを浴びておこうと衣装棚からパジャマを取り出した。
「た~らいまぁ~。」
濡れた髪を乾かし終え、布団を被りながら本を読んでいればがちゃがちゃと玄関で騒がしい音がした。赤ら顔の家主は帰ってきて早々暖房の電源を入れ、「付けなさいって言ってんでしょもぉ~」と不満げに唇を尖らせる。時刻はとうに零時を超え、私は眠たい目を擦りながらアルコールの香りを漂わせた彼に水を用意した。
「遅くなってごめーんね?」
「んー、宗像くん相手だから許す。」
「へへ、結局終電なくなっちった。」
「え、じゃあどうやって帰ってきたの。」
歩いてきたなら酔いは醒めてるはずだし飲酒運転をする程馬鹿ではない。公共交通機関が動いてないとなると他に移動手段はあるだろうか。首を捻って考えていると彼が満足気にふにゃりと頬を緩めた。ご機嫌そうな朋也はシルバーリングの嵌められた指で元気よくピースを作り、「タクシー」と除外していた可能性をこちらに告げる。
「え、お金は?」
「草太に借りた、二万。」
「いや宗像くんの家そんなに遠くないでしょ。」
「ん、まあそうにゃんだけどぉ~あいつも酔ってたし気前良くてぇ~。」
「もう、言ってくれれば迎えに行ったのに……。」
ベッドに腰かけた状態で仕方ないなあと肩を竦める。この前漸く自動車教習の全日程が終わった故、初心者マーク付きと言えど私にも免許はあるのだ。視線で咎めると朋也は甘えるように私の膝へと転がり込み、煩わしそうに眼鏡を外した。
「いーのいーの、なまえちゃんに迷惑かけらんねぇしどうせ返す気ねぇ二万だし。」
「え、持ち逃げ?」
「人聞き悪ぃにゃ~。」
意外な言葉に私は目を丸くした。いくら万年金欠と言えどそもそも彼は気安く誰かにお金を借りるタイプではない。ましてや返さないなどという不誠実なこともしない。宗像くん相手だから気が緩んだのだろうか。それとも、借りなければいけない理由でもあったのだろうか。
「……二万は、諦めんのにはでかい額だろ。」
一人百面相していると私の手をつついていた彼がぽつりと零した。その一言に私も嗚呼、と納得する。
無理矢理借りた二万円はきっと宗像くんを繋ぎ止めるための彼の祈り。朋也は恐らくタクシー代を自分で払ったのだろう。そして宙に浮いた二枚の紙を大事に財布へとしまい込んだに違いない。それは宗像くんが誰のことも諦めてしまわなくなるまでずっと使われることのない、意味のあるお金なのだ。
「……そうだね。」
色素の薄い前髪をはらうと熱の籠もった瞳に捉えられた。指からアクセサリーを外した彼に後頭部を押さえられ、そのままゆっくりベッドに沈む。
「好き。」
「ん、好き。」
すっかり温まった部屋で無遠慮に二つの唇が重なる。口内にアルコールの苦さが広がり、彼の寂しさを受け止めるように目を閉じた。