大学三年生
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週末、約束通り私は芹澤くんとドライブに出かけた。写真でしか見たことのなかったぴかぴかのアルファロメオ。自宅マンションの前に止まった鮮やかな赤に目を奪われていると彼が「どーぞ」とドアを開けてくれ、私は緊張しながら車内へと乗り込んだ。芹澤くんがこれまで誰も乗せたことのなかった助手席。その特別すぎる空間に、浮かれるなという方が無理な話だった。
「すごいね、オープンカーって初めて乗った。」
「まぁじ?どうよ俺の愛車の乗り心地は。」
「いや~これは中々、良い経験させてもらってる気がする。」
頭上に遮蔽物がないだけでこうも解放感に満たされるものだろうか。真夏の太陽を一身に浴びているというのにあまり暑さを感じない。勢い良く頬の横をすり抜けていく風が季節に似合わない涼しさを運んでくれ、私は思わず伸びをした。
「最高かもしれない。」
「お褒めに預かり光栄です。にゃんか曲かける?」
「あ、うーんじゃあおすすめを。」
「りょーかい。」
彼の好みが知りたくてあやふやなリクエストをすると芹澤くんは信号待ちの間にプレイリストを選び始めた。「どうしよっかねぇ」と一通り上から下までスマホを操作したあと、結局一番上のものがシルバーリングの嵌められた長い指によってタップされる。
「あ、これ私も好き。」
「まじか、運命?」
「ふふ、そうかもね。」
流れてきたのは一昔前の洋楽で、それを歌っているのは自分のお気に入りのバンドだった。私も芹澤くんも決して世代ど真ん中というわけではなく、その奇跡とも呼べる偶然から一気に話の花が咲く。いつから知っているだとかどこで発見しただとか。車内は大盛り上がりを見せ自然と距離は縮まっていった。会話に夢中になりすぎて肝心な曲の方は二人とも疎かになる程だったがそれもまあ仕方ない。今はただ彼とこうして再び言葉を交わして笑い合えることがたまらなく幸せで、それ以外はすべて些末なことのように感じられた。
その後お洒落なカフェでフルーツサンドを食べ、真っ青な海で年甲斐もなく水を蹴ってはしゃいだ。そうしてあちこち寄り道をした末見晴らしの良い山の高台へと辿り着き、スマホの音楽とエンジンを芹澤くんが慣れた手つきで止める。遠くの空が薄らとオレンジがかり段々陽が落ちていく様子を、私たちは二人肩を並べて車内で眺めた。
もうそろそろ帰る時間だ。暗闇の中に溶けていく芹澤くんの横顔を盗み見ながら、まだ一緒にいたいという子供じみた我が儘を胸に押し込めた。
「……なあ。」
「ん?」
「好き。」
その時不意に彼の影がこちらに近づき二つの唇が重なった。お互いから溢れ出る甘い空気を何となく察していた私は驚きこそしなかったものの当然のように鼓動は速まり、耳の裏だってぼうっと熱くなる。これまでにない近さにじわりと汗が滲んでくると、顔を離す際芹澤くんの眼鏡が頬に当たり思わず「いて」と声が漏れた。
「あ、やべ。」
どうやらキスの直前で外す予定だったらしいそれに彼が焦った様子で手を掛ける。すると眼鏡はかしゃんと音を立てながら座席の下へと落下していき、変な沈黙のあと夜景のちらつき始めた高台は爆笑に包まれた。
「あっははは、まじありえねー!」
「ごめ、ふふ、私もいてって言っちゃっ……っふふふ駄目だこれ!」
二人で肩を震わせていれば先程までのムードはすっかりどこかへ飛んでしまった。そうして一頻り笑って「はーお腹痛い」と目尻の涙を拭うと緊張のなくなった芹澤くんがさらりと髪を撫でてくれる。改めて視線が交わればその後どうしたいかなんて言わずとも伝わり、今度は素顔の彼が私の口を優しく塞いだ。
「……私も好き。」
紡がれた告白の返事は小さいながらもちゃんと彼の耳に届いたらしかった。暗がりの中で目を細めた芹澤くんが「嬉しくて泣きそう」とこちらの指に絡む。存外冷たくなっているその手に笑みを浮かべれば「あんま笑わねぇの」と余裕なさげに顎を掬われ、星の瞬きしかない静けさの中で私たちは三度目のキスをした。
「今日はありがとうね。」
「いーえ、俺の方こそ。」
晴れて恋人同士になったあと告白の余韻に浸りながら家まで送ってもらい、多少の気恥ずかしさを抱えたまま別れの挨拶をする。「それじゃあ」とぎこちなく振られた手には名残惜しさも随分の割合で混ざっていて、私も彼も中々その場を動けなかった。しかし当たり前だが最終的には家に帰らなくてはならない。仕方がないので私たちはせーのでおやすみを言い合い、お互い振り返らないと約束してそれぞれの家路についた。
部屋の電気をつけこっそりベランダに出てみると芹澤くんの車もまだマンションの前に止まっている。自分を棚に上げ「ずるい」とラインを送れば「お相子だろ」と尤もな返信が届き、結局階下を見下ろしながらまた二人でしばらく手を振り合った。
ヘッドライトの明かりが夜道を照らして走っていく様子をこの目で認識できなくなるまでじっと見つめる。彼の助手席で受けた爽やかさとは随分かけ離れた生温い風がゆっくりと私の頬をすり抜け、今夜の気温を告げていった。
未だ熱は冷めやらない。鼻を掠めた彼の香りを思い出し、確かめるように自身の唇をなぞった。