大学三年生
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あれから何度か連絡をしてみたが芹澤から返事はなかった。対人関係における俺の無頓着ぶりにすっかり愛想を尽かされたのかもしれない。一瞬その可能性も頭に浮かんだが、生憎芹澤はそれ程根に持つようなタイプではない。すぐに考えを改め家を出た。この時あいつが隣からいなくなってしまうことに寂しさを覚えていたと気づくのは、もっとずっと先の話だ。
「……あれ、宗像くん。」
「みょうじさん。こんなところで会うなんて奇遇だな。」
「ふふ、本当に。」
太陽の光を一身に受け纏わりつく外気を掻き分けていると、向かいから日傘を差した彼女が歩いてきた。ここから五分もすれば芹澤の家に到着する。もしかすると彼女も訪問の帰りだろうか。それについて尋ねてみるとみょうじさんはどこか眩しそうに目を細め、俺の予想とは反対に首をゆっくりと横に振った。
「ううん、宗像くんは遊びに行くの?」
「……まあ、そんなところかもしれないな。」
曖昧な濁し方をすると彼女が心配の色を滲ませた。「何かあった?」と聞かれ事情を話せばみょうじさんは納得したように何度か頷き、こちらを下から覗き込んではくすりと笑った。
「案外寝込んでるだけかもしれないよ?」
妙に確信めいた言い方に俺は一瞬たじろいだ。「それは……大変だな」と何とか自然に取り繕い肌に貼りついた髪を耳に掛ける。みょうじさんは「ちょっと待ってて」と差していた日傘を俺に手渡し、目の前のコンビニに走っていった。数分後何かを買ったらしい彼女が暑さに顔を顰めながら戻ってきて、持っている袋をこちらに預ける。中身は喉飴とビタミンドリンクだった。
「これ、芹澤くんに差し入れ。」
「一緒に行かないのか?」
「うん、やめとく。多分二人きりの方が良いだろうし。その代わり宗像くんに託させてください。」
穏やかな笑顔で頭を下げられると断る術などありはしない。芹澤の具合が悪いとまだ決まったわけではなかったが、彼女の様子を眺めていると俺もいつの間にかあいつが風邪を引いているような気がしてきた。
「ああ、渡しておくよ。」
「ありがとう。芹澤くんによろしくね。」
お大事に、と言って日傘を受け取った彼女は猫のような軽やかさで手を振った。その仕草は会えなくなる前の芹澤によく似ていた。決して俺を突き放してくれない、諦めの悪い芹澤に。
「それじゃあ。」
「ああ、それじゃあ。」
一歩ごとに小さくなっていく彼女を見送り再び目的地を目指す。揺らめくアスファルトが今日の暑さを物語っておりあいつの家までの五分が随分長く感じられた。それでも今は、とにかくこれを届けなくては。
託された差し入れに籠もっているのは一体どんな思いだろう。時折遠くで俺たちを見つめている彼女の真意を考えながら、渡された袋を大事に抱えた。