大学三年生
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「あれ、芹澤くん。」
講義終わりに偶然会ったゼミの男の子と他愛のない会話をしただけだった。彼と手を振り合いいつも通りにバイトへ向かおうとすれば、私の目の前には先程の授業で途中退室した芹澤くんがいた。今日の彼は少しばかり様子がおかしかったし具合でも悪いのかもしれない。そう心配していた矢先だったため彼が私を呼び止めてくれて安心した。自宅に帰らなければならない程の体調不良ではなかったのだ。本当に良かった、そう思った。
「さっきはどうし「あいつ仲良いの?彼氏?」
しかし能天気な思考もそこまで。彼は私の言葉を遮り違和感を覚えるほど明るい笑みを浮かべた。普段の彼なら決してしない相手を問い詰めるような口調。彼の笑顔を怖いと感じたのはこの時が初めてで一瞬頭が真っ白になる。
「え、何が。」
「いや別に良いんだけどさ。すげえ楽しそうだったから。」
彼が同じ表情で語気を強めたのでやはりこの態度は意図的なものらしい。そう理解すれば幾らか冷静になってきて漸く彼の目の下の隈が視界に入った。
芹澤くんは今私の想像以上に限界なのかもしれない。宗像くんの不在で最近はさらに余裕もなかった。恐らくこの八つ当たり紛いの言動は彼が無意識に叫んでいるSOSなのだろう。 ならば、私の出来ることは。
「……友達だよ。ゼミが同じなだけ。」
「へえ、でも距離近かったじゃん。好きだったりすんの?」
「何でいきなりそうなるの……今日の芹澤くん変。」
「どこが。」
どうにかしたいという気持ちはあれど、こちらを煽る彼の発言に私もまんまと乗せられてしまう。好きな相手に嫉妬されるだなんてこの上なく女子が喜びそうなシチュエーションなのに、何故だか無性に泣いてしまいたかった。涙を堪えるため歯を食いしばると芹澤くんの瞳が迷っているように揺れる。零れたため息が彼を傷つけてしまったことはもうとっくにわかっていた。
「もし仮に私が彼を好きだったとして、何でそれを芹澤くんに教えなきゃいけないの。」
「そりゃまあ……そうだけど。」
駄目だ、ここで負けたら後悔する。必死で自分を奮い立たせ彼を手繰り寄せようと藻掻く。今必要なこと。彼に言わなきゃいけないこと。彼が誰かに言ってもらいたいこと。その最善に思考を巡らせ私は真っ直ぐ向き直った。
「……芹澤くんは何がしたくてここに来たの?」
「は?何って……別に。」
バツが悪そうに目を伏せた彼は突拍子もない私の質問に動揺していた。芹澤くんも自身の気持ちを理解してこの場にいるわけではないのだろう。まずは彼が彼をどうしたいのか、答えを出さないと。
「別になわけないでしょう。わざわざ自分から近づいて来て最初から喧嘩腰で突っかかって。私に何か言いたいことでもないとそんなことしないよ。」
「そ、れは。」
静かに言い放った私を前に彼はたまらず閉口した。考え込む素振りを見せた芹澤くんに先程までの勢いはなく、怒りに似た空気も和らいでいる。
ここで彼が俺の話を聞いてくれないかと、たった一言申し出てくれれば。あとはあなたの手を掴むだけなのに。
「……っごめん。」
「あ、芹澤くん……!」
しかし淡い期待とは裏腹に芹澤くんはしばらくの沈黙の後背を向けた。一目散に去っていくその腕を捕まえようと手を伸ばすもあと一歩間に合わない。追いかけようにも彼の足が存外速く、みるみるうちにその姿は小さくなっていった。
「や、っちゃったな……。」
自身の失態に指先がひどく冷たかった。一人残された私は泣き出しそうな顔で謝ってくれた彼を思い出し途方に暮れる。
来週の講義、来てくれると良いけど。今日のことなんてなかったみたいに、あっけらかんとした笑顔で。
ゼロに等しい可能性に縋りとぼとぼと駅の方へ歩き出す。掴み損ねた彼の寂し気な手は誰かを求めているように見えた。