瓶詰めこぼれ話
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あれは夏の暑い日だった。大きめのチームアップがあるということで父の現場を見に来ていた私は大人たちが事務処理をしている間施設の椅子に腰かけていた。水分補給のために渡されたスポーツドリンクを喉の奥へと流し込みぼんやり壁に掛けられた時計を眺めるだけの、暇な時間。
「ああ、みょうじ少女。ここにいたのかい。」
「オールマイト。」
不意に声を掛けられそちらを見れば筋骨隆々で画風の違う大男が立っていた。No.1ヒーローオールマイト。私たちの平和の象徴。彼は私の頭にぽんと手を乗せにっと口角を上げ真っ白な歯を覗かせる。
「直にお父さんたちもやってくるよ。退屈だろうがもう少しの辛抱だ!」
「はい、ありがとうございます。」
少し笑みを浮かべてお礼を言うとオールマイトは「いい子だ!」と親指を立てた。相変わらずチャーミングな人だ。彼は私に別れを告げて近くの部屋に入っていった。
「……あれ。」
そういえばオールマイト飲み物持ってなかったな。確かあそこの部屋お菓子だけしか用意されてなかったはず。結構汗もかいてたしこのままじゃ熱中症になりかねない。私は急いで立ち上がり目の前の自動販売機にお金を入れた。
ガコンという音と共に私が飲んでるのと同じスポーツドリンクが出てくる。早く届けなきゃ。いつも親切にしてくれるオールマイトが倒れてしまっては大変だと、思えばあの時私は必死だった。
「オールマイト?」
何度か中に向かってノックをしてみるけど返事がない。途端に私は青ざめた。もしかしてもう脱水症状が出てしまったんだろうか。ぎゅっと手の中のペットボトルを握り締め慌ててドアノブに手を掛けた。
「は、入りますよ……!?」
扉を開けるとそこは静まり返っていた。どこかひっそりとした雰囲気に中に入るのを一瞬ためらう。それでも今は人命優先。私は何とか恐怖を振り払ってオールマイトの姿を探した。
きょろきょろと辺りを見回すけれど人がいる気配がない。あ、でも待ってもしかして。部屋の隅に布で覆われている一角を見つけて急いでそこに駆け寄る。
「オールマイト……?」
「え、え!?みょうじ少女!?」
「あ、良かったまだ生きてる。」
名前を呼ぶと布の向こうから返事が聞こえてほっと胸を撫でおろす。とりあえず倒れてなかったんだ。良かった。それじゃああとは水分補給だけ。彼が無事だったことに気が緩んだのか私は何も考えずに囲いに手を掛けた。
「飲み物持ってきたので開けますね。」
「え!??!?いやごめんちょっと待」
勢いよく布を外すと知らない男の人と目が合った。落ちくぼんだ目、がりがりの体。さっきまでオールマイトの声がしていたはずなのに彼の姿はどこにも見当たらない。
「……オー、ルマイト。」
呆然として思わず名前を口にすれば目の前の男の人が汗をだらだらかき始める。
「チチチチチチガウヨワタシハオールマイトデハナイ!ダンジテ!」
「何で裏声……?」
取り乱しまくっている様子に違和感を覚え首を傾げる。よくよく観察してみると着てる服と金髪はオールマイトと同じ。てことは信じがたいけどもしかして。
「え、本当にオールマイトなんですか?」
「ええ!?いやだから違うよ!?!?私は取りすがりの一般市民さ!?」
「だとしたら警備の人に言わなくちゃですが……。」
私の返しにぐっと言葉を詰まらせるオールマイトらしき人。一般市民がこんなところにいたらさすがに不法侵入だからね。無理のある言い訳に嘘が下手なんだなあと笑ってしまいそうになる。
「あの、私さっきからずっとあそこの椅子に座ってたんですけどオールマイト以外この部屋に入った人いなかったですよ。」
「うぐっ。」
事実のみを突きつければ彼は葛藤するかのように頭を抱えた。華奢な肩に細い指。さっき頭を撫でてくれたオールマイトとはまるで別人の、不思議な光景。きっと何か事情があるんだろうと心の中で整理していたらオールマイトは覚悟を決めたかのように真っ直ぐ私に向き直った。
「……見られてしまった以上は仕方ない。」
「あ、え、私消されたりします?」
「えっ全然しないけど。」
「なら良かった。」
一瞬変な想像をしてしまい恐る恐る確認を取ってみると「ドラマの見過ぎだよ」と諭された。多分最近読んでた刑事ものの小説のせいだと思うんだけどちょっと恥ずかしい。
「コホン、では改めて。君の言う通り私はオールマイト本人だ。訳あって今ヒーローとしての活動時間は一日約6時間となっている。消耗が激しいため一人のときはこの姿になって英気を養っているのさ。」
「……なる、ほど。」
あまりに重大な秘密を知ってしまって私はこくりと頷くしかなかった。訳とは何なのか、オールマイトの個性は活動限界が決められてしまうくらい危険なものなのか。聞きたいことはたくさんあったけれど答えてもらえないことには何となく気づいてた。
「これは、その……秘密なんですよね?」
「ああ。人々を笑顔で救い出す平和の象徴は決して悪に屈してはいけない。私があの姿で民衆の前に立ち続けることは平和を謳う世の中には不可欠なことなんだよ。敵にも応援してくれるファンにも、この姿は悟られてはならない。」
ごくりと喉が鳴った。何だか私まで汗が滲んでくる。ちなみに彼の本当の姿を知っている人はプロヒーローも含めてほんの一握りらしい。私、責任重大だ。世界を揺るがすようなとんでもない秘密に今さら足が震えてくる。
「勝手に部屋入っちゃってごめんなさい。当たり前ですけど、誰にも言いません。オールマイトが困るようなことは絶対しませんから。」
真剣な瞳で訴えかけるとオールマイトは穏やかに笑った。さっき撫でてくれた時と同じように彼の手が私の頭に乗る。
「そうしてくれると助かるよ。こうなってしまったのは鍵をかけてなかった私の不注意が原因だからね。みょうじ少女はそれを届けに来てくれたんだろう。ありがとう。」
すっかり温くなってしまったペットボトルをオールマイトが受け取ってくれる。すぐに蓋を開けて飲み物に口をつけた彼は私を安心させるみたいに一瞬で筋骨隆々に戻った。
「君のおかげで元気が湧いてきたよ!これで夕方以降も戦える!」
勝気な表情のオールマイトに自然と私も笑みが零れた。この日を境にさらに彼と仲良くなった私は秘密が白日の下にさらされるまで沈黙を守り抜くことを誓った。
この数年後に彼が一人の少年と運命的な出会いをすることを、まだ誰も知らない。