瓶詰めこぼれ話
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「響香、一緒に帰ろ。」
体育祭終わり、なまえが自分から声を掛けてきてやっぱり何かあったなと確信した。友達としては一見普通の会話。だけど今日までずっと、なまえから誘われたことなんてなかった。多分さっきの緑谷対轟戦。あれでなまえに変化が訪れた。
「ん、了解。打ち上げ行こうって話もあるけどどうする?」
「んー、響香がよければ2人で帰りたい。」
「わかった。じゃあ帰ろ。」
この子が我を見せるなんてほとんど初めてかもしれない。なまえが変わろうとしてることに気づいてんのは多分今ウチだけでなまえが一番に頼ろうとしてくれてんのもウチ。そう考えれば自然と頬は緩んじゃうし正直泣きそうになるくらい嬉しかった。
教室を出て二人並んで歩く。外はもう夕焼けでなまえの横顔は綺麗なオレンジに染まっていた。
『俺は、親父を―……。』
『君の‼力じゃないか‼』
熱気が全身に伝わるほど壮絶な一戦。緑谷が叫んだ瞬間涙を零したのは隣に座っていたなまえだった。出番までには戻ると席を立ったこの子はどうしようもなく苦しげな顔をしていて。みんなには内緒でと口止めするようなメッセージまで飛んできたことに胸が詰まった。
「なんかあったでしょ。」
「うぇ、」
「や、答えづらいことならいいんだけどさ。誘ってくれたの初めてだったから。」
話すきっかけを探している様子のなまえに自分から切り込んでみる。すると案の定なまえは困ったみたく視線を彷徨わせあと意を決したようにこっちに向き直った。
「……違うの。」
「え、」
「えっと、私。これまで当たり前だと思って生きてきたことが当たり前じゃないって、今日気づいて。」
「うん。」
「思ってることとか考えてることとか、ずっと言葉に出せないまま来たのかもってわかって。」
「うん。」
邪魔しないように最低限の相槌だけ打つ。どうやら言いたいことが上手くまとまらないらしく、なまえは一個一個考えながら言葉を吐き出していた。
薄々気づいてたけどやっぱりこの子は自分の感情を表に出すのが得意じゃない。きっとどこかでずっと我慢し続けて生きてきた。今日のことだってそう。あれは思わず零れてしまった涙でこの子自身にとっても予想外の出来事だったんだ。
だからきっとなまえは今、最大限の勇気を出している。
「ちゃんとしなきゃって思ったの。将来のこととか、友達のこととか。ちゃんと、向き合わなきゃって。思ってることも、言わなきゃって。」
「そっか。」
核心っぽいことは何もわかんないけどこの子が大きな一歩を踏み出そうとしてんのは充分に理解できた。それならウチに応援する以外の選択肢はないしいつか話してくれるその時まで無理に詳細を聞くつもりもない。この子にとって大事なことを打ち明けてくれたのが、ただただ嬉しい。
「だから何ていうか、その、私これから反抗期になると思う。」
「うん?話飛んだね。」
「う、そうかも。でも、うん。多分反抗しなくちゃいけないんだ。ずっと何も言えないまま今になっちゃったから。」
誰に、とか何を、とかは後回し。ウチはなまえが決めた未来を精一杯信じるだけ。いつだって隣で支えられる存在になるだけ。少し不安げな表情のなまえに大丈夫だよと頷いて見せる。
「……そっか。うん。じゃあウチもその反抗期手伝う。」
なまえはほっと胸を撫でおろしてふわりと笑った。これが、この子の本当の笑顔。うん、衝動に任せて抱き締めたくなるくらい可愛い。まあ怖がらせるといけないからやらないけど。
「泣いちゃった時、誰にも言わないでくれてありがとう。」
「あー、あれは焦った。瀬呂とかすぐ気づいて探しにいこうとするし誤魔化すのかなり大変だったんだからね。」
なまえがいないことに気づいた途端「俺ちょっと行ってくるわ」と立ち上がった瀬呂には本当にびびった。みんなには内緒でって言われてる手前事情話すわけにもいかないし。「大丈夫だから瀬呂は座ってなって!」って力技で押したら渋々納得してくれたけど完全に何かあったって察してたと思う。戻ってきたなまえが珍しくウチに甘えてたのもじっと見てたもんね。
「それはごめん。」
「今度クレープおごって。」
「了解です。」
「冗談だよ。」
軽口叩けば真面目に了承されるから笑ってしまった。こうやって一つずつ、この子の心が解けていけばいい。
「私、響香と友達になりたい。」
不意に零れた言葉に瞳が揺れた。だってこっちはもうずっと一番の友達のつもりで。でもああそっか。なまえはまだ、そこで止まっちゃってるんだ。
「……友達だよ!友達じゃん、とっくに。」
馬鹿、と柔らかいほっぺたをつまめばなまえはそっとウチの手を取った。決して離さないようこっちも強く握り返す。
「私、小中と友達できなくて。いじめられてたとかじゃないし何て言うか……上手くやってたとは思うけど、ちゃんと友達って呼べる人いなかったの。」
それは意外な告白だった。なまえはいつでも可愛くて優しくて。人のことばっか考えてる。USJの時だって相澤先生守るために一人で敵に突っ込んでったし。そんな子に友だちがいないとか想像したこともなかった。
「轟は?」
「焦凍くんは、5歳の頃まではよく遊んでたけど色々あって会えなくなって。そこからちょっと微妙な感じになっちゃって。」
「あー、そういや前もちょっとそんなこと言ってたね。」
詳しいことはわかんないけど確かになまえと轟には変な距離がある。仲良かったはずの幼馴染にも相談できなくて友達もいなかったっていうならここまで感情抑えつける子になってもおかしくはないか。せめて中学からでもウチが一緒にいられてたら。自分たちではどうにもできないやるせなさに唇を噛んだ。
「うん。だからその、ちゃんとした友達との距離感がわからなくて。」
「それはなんとなくわかるよ。なまえからボディタッチされたの今日が初めてだし。若干境界線引かれてるのも感じてた。」
「う、図星です。」
思ってたことをそのまま口に出せばなまえが言葉を詰まらせた。その表情から恐らく図星なんだろうなと見当をつけて今の状況が一際奇跡みたいに感じる。
「怒ってんじゃないよ。今言っとかなくちゃと思ってるだけで。」
「うん、ありがとう。」
「ウチはなまえに何があったのかはわかんないけど、距離縮められない何かがあるんだろうなってのは察してた。だからなまえが大丈夫になるまで待つつもりだったんだけど。もういいの?」
触れられたくない何かがあるのなら自分からは行かないと勝手に決めてた。でも今なら。今のなまえとなら。きっと始められる。
じっとその目を見つめるとなまえは静かに首を縦に振った。
「……うん。」
「じゃあウチら遠慮しないよ?ズケズケ行くよ?」
「うえ、こ、心しときます。……私も本当はみんなともっと仲良くなりたかったから。」
「ふふ、素直になったみたいで良かった。」
仲良くなりたかったとこの子の口から聞けただけで満足。一歩前進どころの話じゃない。二人で顔を見合わせて笑えば言い知れない幸福感に包まれた。
ウチも、なまえともっとちゃんと友達になりたい。ていうかなる。これから幾らでも、たくさん、たくさん話がしたい。
お互いの手を固く握りしめて家路を辿る。名残惜しくて随分遠回りをしてしまったのはウチらだけの秘密。