瓶詰めこぼれ話
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誰もいない朝の教室でじっとみょうじを待ってるけど正直全然落ち着かない。一人でいるとすぐに一昨日のことばかりが思い出されてどうしたって気分が重くなった。あんなに血だらけだった彼女が本当にちゃんと回復しているのか。それをこの目で確かめるまでは俺の中での事件は終わりそうにない。
病み上がりに早起きさせんのも気が引けたけど我が儘を言わずにはいられなかった。みょうじから返事がきたってだけで心底安心したし快く了承してくれた彼女の優しさにまた泣けた。もう一度声を聞ける。そんな些細なことがいかに贅沢な日常だったのか。ここ数日、嫌というほど思い知らされた。
「!」
がらりと教室の扉が開き誰よりも会いたかった人の姿が目に飛び込んでくる。瞬間、俺はいつの間にか駆け出していて気づけば細い腕を引いていた。
「せ、ろくん……!?」
みょうじの動揺している声も構わず彼女を自分の胸に閉じ込める。背中に両手を回せば鼓動と体温が伝わってきてようやく生きてるんだと実感した。
驚いて離れようとしたみょうじが大人しくなったところを見ると俺が震えてんのはばれちゃってんだろうな。情けないけど二度と会えないかもしんない恐怖は簡単に拭いきれなくて俺はさらに抱きしめる腕に力を込めた。
「……ごめんね。」
小さく謝罪が聞こえて控えめに背中を撫でられる。そのごめんは心配をかけたことにだろうか。それとも彼女が自分自身をないがしろに扱ったことを悔いているのだろうか。何となく前者だけのような気がしてぐっと唇を噛んだ。
「俺の方こそ、ごめん。そんでありがと。」
「え?」
ゆっくり体を離して今度はこっちの番。急に抱きしめてしまったこととあの日びびって加勢に行けなかったこと。彼女を一人で戦わせてしまったこと。数えきれないほどの後悔と共に感謝を零せばみょうじはきょとんと首を傾げた。ああ、やっぱ自分がしたことに関しては鈍感なのね。
「俺がワープさせられないようにしてくれたろ?あれ、ありがと。でももうしないって約束して。」
黒い靄が彼女を取り囲んだ時俺は咄嗟に手を伸ばした。守らなきゃと思って。掴んでくれると信じ切って。でもみょうじはその手を取らなかった。俺を巻き込まないようにわざと突き放した。私は大丈夫だと言わんばかりに頷いて。
どれだけ格好つけても結局守られたのは俺の方だった。傷ついてほしくないのに俺が弱いせいでみょうじに気を遣わせた。いかに自分の認識が甘かったか本気の戦闘になって初めて思い知った。
もっとちゃんと考えねーともっと強くなんねーと。ヒーロって何だとかそういうのもっと真面目に。みょうじと肩を並べるためにも多くのものと向き合うことを決めた。
「えっと……。わかった。」
「ん、いい子。」
出来るだけ落ち着いた口調でぽんぽんと彼女の頭を撫でる。俺も強くなるから自分のこと大切にして、って願いを込めて。
「みょうじの気持ちは嬉しいけど、俺は俺でちゃんと自分のこと守れるから。」
「ごめん。余計なことして。」
思ってもみない返答に俺は一瞬虚を突かれた。えーとまじで伝わってないなこれ。どう言や良いのよ。申し訳なさそうな彼女は完全に俺の言葉を間違って受け取っていてまるで真意が届いてない様子。ここまで自分を救う勘定に入れてないってみょうじの何がそうさせんだろ。内心頭を抱えながら的確な説明に思考を巡らす。
「や、そうじゃなくて。んーとね、みょうじがみんなを守りたいっていうのは十分伝わった。でも、俺もみょうじを守りたいのよ。それはわかる?」
「う、ん。」
1つ1つ、わかってもらえるように噛み砕く。みょうじは一生懸命俺の気持ちを汲み取ろうとしてくれていてその健気さに頬が緩んだ。
「みょうじが必要以上に傷つかなくて良いよう、俺も強くなるよ。だから自分を犠牲にしてまで守ろうとしてくれなくて大丈夫。掴めるときはちゃんと俺の手掴んで。おっけい?」
「お、おっけい。」
どうやらやっと理解してもらえたみたいで胸を撫でおろす。他人を助けるためなら自分がどうなってもいいとか。そういうのがヒーローの本質なのかもしんねーけどヤケクソと献身は違うからな。緑谷とかもそうだけどあこまで怪我とか顧みずに突っ込んでいかれるとこっちが怖くてたまんなくなる。
まあこういうのは性格だろうから一朝一夕じゃ変わんねーかもだけど。それでも言わないよりはずっといい。
「はい、瀬呂くんとの約束。本当ありがとな。あと病み上がりに早起きさせてごめん。体ほんと平気?」
「体は、大丈夫。あの、私の方こそ……心配かけてごめん。」
「やー心配はめちゃくちゃした!まじで死んだかと思った。」
「ご、ごめん。」
素直に本音を漏らせばみょうじは困ったように眉を下げた。あれだけの強敵と戦って生還したってのにその表情はどこか自信なさげで後ろ暗さがあるようにも見える。何で、とかは多分まだ教えてもらえねーよな。
出来るだけいつもの調子を意識して会話を続ける。段々落ち着いてきたのかみょうじの笑顔も戻ってきてやっぱ可愛いなと胸が弾んだ。こうやって二人で話せてんのも本当に奇跡。この日常を守るためにも俺もちゃんと強くなんないと。
「はは、謝んの禁止な。それにさっき抱きしめちゃったし。それでチャラってことで、ど?」
「え、う、あ。そんなんでいいなら……?」
「俺にとっては十分よ。」
顔を赤くする彼女にもう一度手を伸ばしそうになるけど抱きしめたい衝動を何とか抑えた。しんと静まり返った朝の教室に自分たちだけの声が響いているのが心地よくて、しばらく二人だけの時間に浸っていた。