瓶詰めこぼれ話
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
騒がしいHRも終わりあっという間に昼休み。ウチとなまえはランチを済ませたあと自販機の前でジュースを飲みながらぼんやり空を見上げていた。この子もインターンで色々大変だったし久しぶりの穏やかな時間。それなのにウチの心はどこか沈んでしまっている。
「……ねえ響香。」
「ん、なに。」
澄んだ声に名前を呼ばれたかと思えばゆるりと頭を預けられる。並んで壁にもたれかかっていたウチらの距離はゼロになって肩になまえの重さが乗った。
「自分の趣味、好き?」
「……!そりゃ、好きだけど……。」
不意に聞かれた言葉にどきりとする。今まさに悩んでいた事柄を言い当てられてすぐに返事が出来なかった。なまえはこういうところ、本当に鋭い。
「……芦戸と砂糖のは、ちゃんとヒーロー活動に根ざした趣味だし……。」
どう答えようか迷った末にぽつりとそのまま気持ちを零してみる。なまえは大きな瞳でこちらを見つめ、真剣に耳を傾けてくれていた。
「ウチのは本当にヒーローとは関係なくて、ただの趣味で。だから表立ってあんま言えないし、上鳴みたいに騒ぎ立てられても困るっていうか……。」
無意識に段々と声が小さくなっていく。だって仕方ないじゃん。どれだけすごいとかかっこいいとかって褒められたってヒーローとしての実力が上がるとも思えない。芦戸のダンスみたいに戦闘での体使いに生かすこともできなければ砂糖みたいに個性に活用することもできない。ただウチが、音楽が好きってだけ。楽器が弾けるってだけ。
それをあの二人と同じように特技だって言われても強いヒーローになりたい自分は素直に喜べない。そして喜べない事実は、これまでずっと音楽を教えてきてくれた両親への裏切りになる気がして。劣等感と罪悪感で心の中はぐちゃぐちゃだった。
「私ね、響香の歌声好きだよ。」
「え……。」
耐えきれなくなってそっと視線を落とすとなまえは何でもないみたいに口を開いた。驚いてそちらを見ると彼女は目元を緩めていて、その優しげな表情に思わず泣きそうになる。
「ギターも好き。聴くと元気になるの。沈んだ気持ちの時も笑顔になれる。だからね、ヒーローと関係ないなんてことないよ。誰かを笑顔にできるっていうのは、ヒーローとしての素質でしょ。」
ウチに頭を預けたままのなまえがふわりと笑う。その瞬間光が降ってきたみたいに辺りの景色が明るくなった。まるで俯く自分の手を、掬い取ってくれたかのような感覚。
そっか。ウチ、ずっと誰かにそう言ってもらいたかったんだ。
「文化祭、バンドも良いと思うよ?」
「……考えとく。」
潤んだ視界を誤魔化すためになまえの頬をふにふにと触る。鼻をすすれば彼女はジュースを一口飲んでこちらにハンカチを差し出してくれた。
「はあ、ウチやっぱなまえいないと駄目だわ。」
「ふふ、嬉しい。私も響香いないと駄目になっちゃう。」
ぎゅっと抱き着いてくるなまえが愛しくて肩に乗った頭をゆっくりと撫でる。誰かを笑顔にできるのはヒーローとしての素質、か。ウチの趣味でもみんなを笑わせられるんだろうか。
「……ね、響香ちょっとだけ歌ってもらえない?」
「え、ここで?」
「うん、人が来たら即やめて大丈夫だから。駄目?」
「……まあ、いいけど。」
もちろんそれなりに恥ずかしいけど今はなまえと二人きりだし。問題ないかと一呼吸置いてウチはお気に入りの洋楽を口ずさんだ。
昼休み、学校の片隅で行われる小さな小さなコンサート。穴場の自販機に誰かが来る気配はまるでなくて、流れる雲を眺めながらしばらくその空間に浸っていた。