瓶詰めこぼれ話
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連合が、おじさまが動き出したあの日から街は一変した。いや街だけじゃない。ヒーローの立場も人の心も。これまでの社会の在り方自体がひっくり返って、僕らの日常は一瞬で崩壊した。それなのに未だみんなに紛れて口を噤んでいる僕は、全てが露呈したあと一体どんな裁きを受けることになるのだろう。
みんなともっと一緒にいたい。パパンもママンも失くしたくない。何よりあの方に殺されるのが怖い。
こんなに卑怯で生き汚い僕はもうみんなと肩を並べる資格なんてないのに。僕が行動を起こしていればもしかしたら現状は変わっていたかもしれないのに。結局僕は怯えるだけ怯えて何もしなかった。そして世界がこんなことになっても震えながら身を縮めているだけだ。
ああ、僕にヒーローたり得る力と死ぬ勇気があったらどれだけよかっただろう。
「これで全部?」
「ウィ☆」
「んじゃとりあえず運ぶか。」
定期的に政府から送られてくる雄英に避難している人のための支援物資。それらを倉庫代わりの体育館まで届けるのは僕たち学生の役目になっていた。人手が足りない今プロヒーローに雑務まで押しつけるわけにはいかない。瀬呂くんと一緒に重量のある段ボールを持ち上げればずしりと心も重たくなった気がした。
「なんか最近天気悪ィなあ。」
どんよりとした空を瀬呂くんが見上げる。渡り廊下を歩きながら、まるで世界の終わりを告げてるようだと曇天を横目で睨んだ。
「ほら、あれ見て。」
「ああ、あいつがタイフーンの……。」
ひそひそと聞こえてくる声の方に視線を向けると僕らを遠巻きに見ている市民の人たち。いや、僕らというより彼女をと言った方が正しいかもしれない。荼毘の独白による被害はクラスメイト二人にも及んでいて、こんな風に嫌悪感と憎しみの塊を投げつけられるみょうじさんを度々目撃した。
「エンデヴァーの息子といいよく平気な顔でいられんな。」
「ほんと。出て行こうとは思わないのかしら。」
心無い言葉に気づかないふりをしてそっと目を伏せた彼女。みょうじさん自身に非はないはずなのに人々は彼女を鬱憤を晴らす標的にしていた。
ごめん。ごめんみょうじさん轟くん。僕じゃどうにもできなかったんだ。そうして今日も言い訳ばかりを繰り返し唇を噛む。
「……だーいじょうぶ?」
瀬呂くんがむっとした顔で遠くの二人組を睨む。彼はちゃんとクラスメイトのために怒れるのに僕は。自分の惨めさに吐き気がした。
「ん、平気だよ。」
「ならいーけど。」
みょうじさんの返事を聞いて彼はすぐに別の話題へと切り替えた。心配も気遣いもできる、まさしくヒーローそのものみたいな眩しさ。どれだけほしいと願っても僕が手に入れられないもの。
もし僕が個性を持って生まれていたら。今僕は彼女に何か声を掛けられただろうか。
「青山くん?」
「……何だいっ?」
黙り込んでいると不意に名前を呼ばれ、僕はいつも通り取り繕った笑顔を彼女に向けた。嘘ばかり重ねた自分の言動がついに最近は当たり前になって。もう自分が地に足をつけて立っているのかすらわからなかった。
「あ、いや……元気?」
「僕はいつだって元気溌剌さっ!何たって輝いてるからね☆」
「今日も絶好調だな青山。」
「安心するわ」と瀬呂くんが目元を緩める。僕らを包む空気が一気に軽くなって罪悪感で押し潰されそうだった。
もう限界だ。もうみんなを騙し続けて笑っていられない。そう思いながら真実を話すことも緑谷くんのようにここを去ることもできない僕はヒーローと名乗る資格すらない。
「そろそろ体育館だよ☆」
「え、ちょっと待って……!」
ああ、どうして。同じ無個性に生まれたのにこうも運命が違うなんて。
あの方を倒すための希望の光。そんな彼が、僕にとってはこの上ない絶望だった。
歪んだ顔を見られないよう一人長い廊下を走っていく。そう遠くない未来に報いを受けることになるなど、この時はまだ知る由もなかった。