瓶詰めこぼれ話
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「あのさ、瀬呂となんかあった?」
「え!?」
まったりと湯船に浸かっているなまえにいきなり核心を突けば裏返った声がお風呂場に反響した。あ、やっぱ何かあったんだ。さっき瀬呂と目が合った時のなまえの反応どう考えてもおかしかったもんね。
「言いにくいならいいんだけど、明らかに挙動不審だから。」
わかりやすく動揺を見せたなまえは困ったように口を閉ざした。どう説明すればいいのか考えてんのかな。顔が赤くなってるあたりようやく瀬呂とくっついたのかもしんない。ちょっと期待を込めて無言の時間を楽しんでるとなまえはうろうろと瞳を彷徨わせた後にぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「……文化祭、ちょっとだけ瀬呂くんと回ったんだけど。」
「あ、時間あったんだ。よかったじゃん。」
「うん、あの、よかったんだけど。その、別れ際に……ちゅーされた。」
「は!?」
まるで想定外の出来事が起こっていて反射的に叫んでしまう。何それ勝手に手出すとか聞いてないんだけど。波打つ湯船にウチの怒りを察したのかなまえが慌てて両腕を振った。
「あ、ほっぺだよ!?口にはされてないけど……。」
「いやそれでも大問題だから。他に何かされてない?」
「うん。すぐ放してくれたし……エリちゃんとの約束の時間も迫ってたから。」
「告られたりは?」
「してない……。」
うっそでしょ。この期に及んでまだ気持ちを伝えようとしない瀬呂に盛大なため息が零れる。告んないのにキスはするとかどういう神経してんの。そもそもキスしたってことはほぼ好きって言ってんのと同じじゃん。何で関係はっきりさせようとしないわけ。何か考えがあんのかもしんないけどウチには全然理解できない。
自然と眉間に皺が寄ってたらしくなまえが気まずそうに俯いた。ああもうこんな顔させたかったわけじゃないんだってば。
「それでどう思ったの?」
「え……。」
とりあえず後で瀬呂を呼び出すことを決めて仕切り直すとなまえはぽかんと口を開けた。大事なのはこの子の気持ち。悔しいけどなまえと瀬呂の関係おかしくなんのはウチも本意じゃないし。
「ほっぺにキスされて、どんな気持ちだった?」
支えられるところがあるなら支えたい。じっと綺麗な瞳を見つめればなまえは数秒考え込んだ。多分今必死で今日のことを整理して自分の心の声に耳を傾けている。この子がこれをできるようになったのは、間違いようもなく瀬呂のおかげ。
「嫌じゃ、なかった。」
噛みしめるように落とされた言葉に何故かほっとしてる自分がいた。するりと頭を撫でればなまえがウチに向かって目を細める。うん、やっぱり二人には幸せ掴んでもらわないと。だから。
「そういやさ、なまえが瀬呂のことどう思ってんのかって直接聞いたことなかったけど、実際どうなの?」
聞いとかなきゃって思った。これまでこの手の質問はのらりくらりと躱されてきたけど。この子たちが次に進むためにちゃんとはっきりさせとかなきゃって、謎の使命感に駆られていた。
「どうって……。」
「ウチらはもう二人のことそういうもんだと思って接してたけどさ、好きなの?」
この状況で誤魔化しはきかない。祈るような思いでその返事を待っていると、なまえは小さく息を吸った。
「……好きだよ。」
呟かれた言葉になんだか肩の力が抜けてただ一言「そっか」と相槌を打つ。ようやく本人の口から本音が聞けて油断すればうっかり泣いてしまいそうだった。この子はちゃんと成長してる。それが何より嬉しかった。
「じゃあ、それちゃんと瀬呂に伝えてあげたら。」
「え"、ちょっとそれはかなり厳しい……。」
込み上げてくるものを抑えて現状の解決策を提案すれば間髪入れず困惑の声が返ってきて吹き出した。まあ確かにこれをこのまま伝えるっていうのはハードル高すぎるけど。距離測りかねてる現状を放置しとくのも大分問題でしょ。
「急に告るとかじゃなくてさ。キスされて嫌じゃなかったっていうのだけでも言っといた方がいいんじゃない?自分がしたことで急によそよそしくなったら瀬呂も気にするでしょ。」
「それは……うん、そうかも。」
提案の詳細を説明するとなまえはなるほどと納得してくれた。この子も瀬呂とすれ違うのは避けたいらしい。素直なところ、本当に可愛い。
「ちゃんと話してみる。」
「うん、その方がいいと思う。」
決意を固めた様子のなまえのほっぺをふにふにとつつく。嬉しそうに目元を緩める彼女はまるで本物の妹みたいで。生半可な気持ちで手出してたら許さないからねと再び瀬呂への怒りが沸いてきた。
「……のぼせてきたかも。」
「じゃあそろそろ上がろっか。」
額の雫を拭うなまえと一緒に湯船から立ち上がる。浴槽から出ようとすれば不意に名前を呼ばれて彼女の方を振り返った。
「響香。」
「ん?」
「文化祭、すっごく楽しかった。ありがとう。」
眩しい笑顔を浮かべるなまえに思わず目を見開く。ここでそれ言ってくんの、ずるい。ていうかこっちの台詞だし。じんわり涙が滲んでくるのを漂う湯気が隠してくれる。
「こっちこそ。あんないい景色見させてくれてありがと。」
なまえが背中押してくれてなかったらウチはあの達成感も感動も知らないままだった。ヒーローも音楽も、どっちも諦めなくていいんだって教えてもらって。確かに世界を見る目が変わったんだ。
二人でぎゅっと手を握り合いお風呂を出る。纏わりつく高揚感は疲れた体にちょうどよくて、今日という日が最高の一日になったことをウチに告げてくれていた。