瓶詰めこぼれ話
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治崎との一件があった次の日俺たち三人は無事退院することができた。一時的にリューキュウ事務所預かりになっていたみょうじさんとも合流し今日は一日事件後の事務処理に追われている。警察署内はかなり慌ただしい様子で、現在待機中の俺は忙しくなく行ったり来たりしている人たちのことを彼女と肩を並べて眺めていた。
そういえばみょうじさんと二人きりになるのは初めてかもしれない。どうしよう俺の方が先輩だし何か話した方が良いんだろうか。いや昨日の今日で世間話なんてできるはずがない。どうしたって重くなってしまう空気に耐えきれずぎゅっと拳を握ると見兼ねた彼女が突然口を開いた。
「天喰先輩、あの、通形先輩って……どんな感じですか?」
「えっ。」
いきなり話しかけられて動揺を隠せずいたけれど次に出てきた名前に俺の心は沈んでいった。昨日本人から伝えられた受け入れがたい事実。力になりたくても自分にはどうすることも出来なくて、それが歯痒く腹立たしかった。
「ミリオは……個性が、完全になくなってしまったらしい。」
「そんな……。」
ミリオに撃ち込まれた銃弾は俺の時の粗悪品とは違って完成されたものだった。それがミリオの未来を一瞬で奪ってしまった。これまでの血を吐くような努力の積み重ねを、俺はずっとずっと隣で見てきた。誰よりも近くでミリオの頑張りを感じてきた。なのに。
どうしてあの銃弾は俺じゃなくミリオを選んだんだろう。どうしてミリオだけが個性を失くさなければならなかったんだろう。ミリオは俺なんかよりもっとずっとすごくてヒーローになるべき存在じゃないか。どれだけ考えないようにしていてもそんな思いばかりが頭を埋め尽くして離れなかった。
「大丈夫。ミリオは元気だよ。心配してる俺たちよりずっと……。強くて太陽みたいな人だから。その、君も……あんまり気に病む必要はない。」
なるべく平静を装ってみょうじさんに声を掛ける。俺の言葉を受けて彼女が黙り込んでしまったから。君までそんな顔をしなくてもいいのに。人の痛みに敏感な彼女が心配になる。俺の周りにはどうしてこんなに優しい人が多いんだろう。
「それに、もしかしたら個性戻るかもしれないんだ。」
「え、本当ですか?」
ミリオや彼女に、俺が余計な気を遣わせちゃいけない。少しでも元気になってもらえるようにと明るい話をする。実現がいつになるかわからないけど、とにかく今は前を向くべきなんだ。
「ああ。エリちゃんの巻き戻す個性。あれでどうにかできるかもしれないらしい。確証はないけど……今は彼女に賭けてみるしかない。」
エリちゃんが自分の意思で自由に個性を制御できるようになればきっとミリオの個性も元に戻る。そう信じるしか道はなかった。何よりミリオが笑っていたから。俺もあの子に希望を託そうと思えた。みょうじさんがほっとしたように胸を撫で下ろす。
「少しだけ安心しました。天喰先輩はご自分を責めたりしてないですか?」
図星を突かれて面食らう。本当に彼女は人をよく見ている。確かにずっと、俺が戦闘後に倒れていなければと考え続けてしまっていた。
「それは……心配してくれてるのか。」
「もちろんです。通形先輩のこと一番大切に思ってるのは先輩でしょう。」
もう俺の気持ちなんて全部ばれてしまってるんだろう。洞察力も心遣いも俺には到底かなわない。ミリオと同じ太陽のような眩しい人。その太陽の一つに影が差している今、俺に一体何が出来るというのだろう。
「……ありがとう。俺は何ともないよ。ミリオに比べたら……。」
「悲しみの大きさを比べちゃ駄目です。それが天喰先輩にとってつらいことなら、ちゃんとつらいって言っていいと思います。」
自分の無力さをつい口にすると彼女は俺の言葉をぴしゃりと跳ね除けた。普段のみょうじさんより強い語調に驚いたけどその瞬間はっとする。俺はいまだに涙すら流せていなかった。ミリオが笑ってるならと気持ちに蓋をして、自分の悲しみと向き合うことを無意識に拒否していた。
「……そうか。確かに思い詰めてたかもしれない。ちゃんとミリオにも気持ち伝えてみるよ。」
「そうしてください。話せる時に話しとかないと後悔することもありますからね。」
落としどころを見つけて素直に頷くと彼女はふわりと笑ってくれた。そうして不意に呟いた一言は、その笑顔とかけ離れたとてつもなく重たいものだった。彼女はきっと誰よりも後悔を抱えているはずだろうから。ナイトアイと元No.4ヒーローの顔がぼんやり頭に浮かんでこっそりと唇を噛む。
「君は……すごいな。気遣いの達人だ。」
「それなら先輩も達人です。」
あえて彼女の父親のことには言及せず率直な感想を漏らす。みょうじさんが俺のことまで褒めてくれたのはそれとなく話題を逸らしたからだろう。こんなに柔らかくて朗らかな彼女も、触れられたくない過去を持っている。人を亡くすということの深刻さを、俺より遥かに先に身をもって知っている。きっと今の俺みたいにうちのめされて挫けそうになりながらもここまで何とか歩いてきたんだろう。あまりに強くて気高くて、やっぱり眩しい。
彼女のおかげで先程よりも穏やかな空気が流れ思わず二人で顔を見合わせて笑った。みょうじさんとの会話は心地が良くて沈んでいた気持ちが少しだけ浮上する。いつもみたいな緊張も動悸もない。
これはもしかしたら仲良くなれたのかもしれない。凄惨な現実の中に確かな救いを感じて俺も負けるわけにはいかないと再び決意を固くした。