瓶詰めこぼれ話
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環の検査も無事終了。幸い個性が使えへん以外体に異常はなし。そこがまた違和感のポイントでもあるんやけどな。
個性消失の銃弾なんてきなくさいもん、チンピラ風情がどこで手に入れてきたんや。何にせよ解析終わるまで手出せんけどちょっと独自で調べてみる必要ありそうやな。
「お先に頂きました。」
事務所で考えこんどったら顔覗かせたんはみょうじちゃん。風呂上がりやからかふんわりシャンプーが香ってええ匂い。
「お、さっぱりしたな。切島くんと環もお風呂行ったで。俺もちょっと休憩しよかな。」
睨めっこしとったパソコンを閉じてよっこらせと立ち上がる。何か女の子が好きそうなお菓子あったかなあと給湯室に急ごうとすれば慌てて彼女が止めに来た。
「あの、お気になさらないでください。さっきコンビニでお茶も買ってきたので。」
気遣わせたらあかん思たんかな。真剣な表情で見上げる可愛らしい顔に真面目なあの人が重なった。親子やもんな、よう似とる。
「しっかりしとんなあ。お父さんそっくりや。」
「!」
何の気なしに吐いた俺の言葉にみょうじちゃんがぴしりと固まる。褒めたつもりやってんけど微かに揺れた瞳を見て完全にやらかしたことを悟った。
「……ごめん。地雷やった?」
「えっと……。」
言い淀むみょうじちゃんにますます罪悪感が募る。親子仲悪いいう話聞いたことないはずなんやけどなあ。
「あかんなあ、思ったことなんでも口にしてまうねん。悪い癖や。」
「いえそんな。ファットさんは褒めてくださったんですから。」
「そう言うてくれるとありがたいけどな。」
事務所内の椅子に腰かけ二人で向き合う。年頃の女の子の微妙な領域に触れどう声を掛けてええか皆目見当もつかんかった。気まずい空気が流れる中それを断ち切ってくれたんは情けなくもみょうじちゃんの方で、彼女は何や決心したような顔つきで口を開いた。
「ファットさんから見て、父ってどんな人でしたか?」
脈絡があるようでないような突発的な質問。そんでもみょうじちゃんの様子を見るに大事なことなんやろう。嫌な思いさせたお詫びにちゃんと答えたらんとと記憶の中のタイフーンさんを引っ張り出す。
「せやなあ。ザ・ヒーローって感じで俺ら後輩からしたら憧れしかなかったわ。たまにしか顔合わさんかったけど、面倒見良ォて飲みに連れてってくれることもあったなあ。」
「そうだったんですね。」
やらかい笑顔を崩さんかったあたり模範解答やったんかな。難しい。そんでも清廉潔白を体現したようなあの人に思うことなんかそれ以外ないしなあ。あ、いやでも一個だけ気になるとこあったわ。気になるいうか、ずっと不思議に思とったこと。
「せやけど酔うと影差すいうか、なんやろな。よう心配しとった。みょうじちゃんのこと。」
「え?」
目瞠って前のめりになるみょうじちゃん。何で父親の薄暗い話に食いついたんか、とかは興味あっても聞かん方がええんやろな。
「普段は穏やかで強い人なんやけどな。酒入るとなまえがヒーローならんかったらどうしよ言うて弱音吐いとったわ。えらい教育熱心やなあ思てたけど。」
「そう、ですか……。」
昔一緒に飲ませてもろた時に珍しく弱気なタイフーンさんを見た。自分の子供に期待しとったとしてもその子がどんな夢選ぶんも自由やし。優しゅうて寛容なタイフーンさんならみょうじちゃんの決めた未来絶対応援してくれるやろって感じやったけど。
後輩に弱音吐いてまでこの子をヒーローにさせたかった理由は考えてもわからへん。まるで何かに追い立てられとるような横顔だけが、妙に記憶に残っとる。
俺の言葉を受けて黙り込んだみょうじちゃんの目には父親がどんな風に映っとったんやろう。そんであの人がおらんなった今、どんな答えを探しとるんやろう。必死でもがいとる若者、ええなあ。
「見習うべきも悪いも、自分で考えたらええ。」
少しでもこの子が明るい方へ行けますよう。大人の勝手な願いを込めて小さな頭を撫でた。困ったように眉を下げるみょうじちゃんはやっぱりあの人に似とって。本人は不本意かも知らんけど久しぶりに会えたような嬉しさが込み上げる。
「みょうじちゃんはちゃんと正しい道に向こうとる。」
「……そうでしょうか。」
「ファットさんの折り紙つきや。今日見て思うた。その年であんだけ人を守ろういう意識が強いのも珍しい。迅速な判断もできるしホンマ助かったで。」
今日の総括をそのまま伝えるとみょうじちゃんは俯き気味にほっぺを赤らめた。こらさぞかし同級生にはモテモテなんやろな。愛くるしい表情に思わず「かわええなあ」と本音が零れる。
「あ、あかん。これもセクハラやな。」
「いえ!ファットさんとお話しできて嬉しいですし、大きい手で頭ポンポンされると落ち着きます。」
「ほんまに?」
「はい、親しくなれたみたいで嬉しいです。」
ぱっと明るい笑顔で見上げられて上目遣いが男心に突き刺さる。あかん何考えとんねん。学生の頃この子に仲ようなれて嬉しいとか言われたら確実に落ちとったやろうなとあり得へん現実が思い浮かんだ。
「なんか、同級生男子の気持ちがわかるような気するわ。」
「え、どういう。」
「気にせんでええ、気にせんでええ。そのままでおってくれた方がファットさんは嬉しい。」
「は、はい……?」
こっちの言うとる意味理解してなさそうなところもほんまにかわええ。こら庇護欲掻き立てられるなあとヒーロー相手に失礼なことを思いながらもう一回その小さな頭を撫でた。
「ファ、ファット!それは完全にセクハラだ!」
「仲いいっすね!」
「お、もう戻ってきたんか二人とも。」
タイミングよく環たちが部屋に入ってきて己の行動を咎められる。また叱られてもうたと泣きつけばみょうじちゃんはふわりと笑みを浮かべとって、いつまでもこの笑顔が壊れへんようにとこっそり祈った。