瓶詰めこぼれ話
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日から合宿も本格的に始動するというのにあまり寝られなかった。現在朝4時。やっぱり家から枕持ってくればよかったかなとため息を吐きながらそっと部屋を抜け出す。
行く宛がなくて仕方なく食堂に向かえば当然誰一人いなかった。A組もまだ全員寝てるのか。呑気なもんだな。
台所で水を一杯飲んでから昨日の夕食と同じ場所に腰かける。時計の針の音だけがかちかちと部屋に響いていてぼんやり時間が進むのを待つしかなかった。
それにしても眠いな。一つ欠伸をしてもうここで目を閉じてようかと考えていたその時不意に誰かの足音が聞こえた。まさか僕以外に起きてる人間がいたとは。驚いてそちらを振り返れば澄んだ大きな瞳と視線がかち合う。
「おはよう、物間くん。」
「ああ、おはよう。いつもこんなに早いのかい?」
現れたのは何かと注目の的のみょうじなまえ。お互い直接話したことはなくどことなく気まずい雰囲気が流れる。それでも一応会話を続けようと試みてくれる彼女は確かに噂通りの性格をしていた。
「ううん、なんか眠れなくて。物間くんは?」
「僕は枕が変わると寝られないんだ。」
「……繊細なんだね。」
「意外そうな顔しただろ今。」
何か言いたげな間の取り方にむっとすると「ごめん」と素直に謝られる。案外気安いところもあるじゃないかと完璧超人な印象を塗り替えた彼女に「座りなよ」と自分の座ってる前の席を指さした。
みょうじさんはそこに大人しく腰かけてくれたけど未だ話題が生まれないことに変わりはない。ただただ無言で目を泳がせている彼女に若干人見知りの気を感じながら僕ははあとため息を吐いた。
「君、案外口下手なんだね。」
率直な感想を漏らすと会話の糸口が見つかってほっとしたのか彼女が胸を撫でおろす。別に褒められたわけじゃないだろって内心呆れたけどとりあえず余計なことは言わないでおいた。
「そうかも。あんまりリーダーシップ取るタイプじゃないし。」
「それこそ意外だ。体育祭の爆豪戦なんてかなり強気な人に見えたけど。」
「え、爆豪くん相手に控えめで行ったら死んじゃうよ。」
「どんな暴力野郎なんだよ彼は。」
さも当然かのように返されて思わずツッコんでしまう。爆豪くんに至っては意外とかじゃなく見たままなのか。挑発する相手見誤ったかなと今更ながらに後悔してきた。
「物間くんは、爆豪くんに喧嘩売っててすごいなあって感じだった。」
「まあ、アレも作戦の内さ。」
「私もそう思ってたんだけどね。この前食堂での物間くん見て元々の性格なんだと思って。」
「はっきり言うなあ!僕も人並みに傷つくんだけど!?」
「ごめんごめん。冗談。」
「……これだからA組は。」
突然悪態を吐かれて穏やかじゃない。爆豪くん相手に怯まないあたりただ者じゃないとは思ってたけど肝の据わり方斜め上だろ。眉を下げて笑っている彼女は遠目で見ていた時よりいくらか幼くて同い年なんだなとその時妙に実感した。
「まあ、君や爆豪くんの力がすごいのは悔しいけれど認めているよ。うちのB組連中もね。」
「え、私も?」
「そりゃそうだろ。体育祭3位。No.4ヒーローの娘で強個性。容姿端麗、成績優秀。実力を疑う余地なし。」
これに関しては褒めてるとかではなくただの事実だ。まあどうせ彼女のことだからこんな言葉掛けられ慣れてるだろうけど。そう思ったのに一体どういうわけか様子がおかしい。
「わ、私そんな。そんな風に言ってもらえるような人間ではなくて。」
戸惑った表情ですぐさま否定した彼女。その瞬間何故だか無性に腹が立った。君がそんな風に言ってもらえるような人間じゃないなら僕はどうなんだい。恵まれた個性恵まれた環境。温かい場所で生まれて、自分の夢が正しいのかなんてどうせ疑問に思ったこともない癖に。
「ふーん。他人からの称賛を謙遜できるくらい余裕があるって事かい?」
「え、えっと。」
頬杖をつきながら冷ややかな視線を向けてしまう。こんな僻み彼女にぶつけたって仕方ないけど。自分の言動が誰かを踏み躙ってるなんて微塵も考えてなさそうな顔が癪に障った。先ほどとは打って変わって不穏な空気が朝の食堂を包む。
「僕の個性はコピー。でも触らなきゃ発動しない。スカもある。かなりピーキーなものだ。」
ああもう止まらない。A組に個性の暴露なんてしたくないのに蓄積された不満を零さずにはいられなかった。
「上へ行って称賛を浴びるにはそれなりの覚悟と努力が必要なんだよ。君みたいな強個性の人間にはわからないかもしれないけどね。」
「あ、」
体育祭で洗脳の彼も言ってた。おあつらえ向きの個性。人より一歩抜きんでている能力を生まれながらに持っている彼女がどんなに僕が欲しがっても手に入れられないような栄誉を簡単に否定する。それがどうしようもなく許せなかった。
目の前の彼女ははっと自分の口元を覆った。本当、こういう頭の回転が速いところも理解力が高すぎるところも。羨ましさしか感じないよ。
「気づいたみたいだね。さすが頭が回る。まあ謙遜も美徳だけどね。ずっとそんな控えめな態度でいたら、遠慮なく足元掬っちゃうよ。」
「……ごめんなさい。」
やれやれと肩を竦めて席を立てば小さな謝罪が耳に届いた。別にここまでへこませるつもりじゃなかったんだけどな。何で僕が気にしなきゃいけないんだと思いつつも罪悪感は募っていく。
あれほどの個性と実力を持っていて何故あんなに自信がなさそうなのか。僕には全くわからないしわかりたくもない。けれど彼女がさっき無意識に僕を否定したように、僕もまた彼女の見えてない部分を踏み躙っていたりするんだろうか。
「……考えたって仕方ないだろ。」
食堂を後にして誰に言うでもなく一人で呟く。悲しげに表情を曇らせた彼女が何故だか小骨のように喉に引っ掛かていた。
じゃあ何て言えばよかったんだよ。がしがしと頭を掻いて部屋への道を辿っていく。感情のままに口を出してしまったことをこんなに後悔した日はなかった。