瓶詰めこぼれ話
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ベッドの中で眠りに落ちかけていたまさにその時枕元でスマホが鳴った。こんな時間に誰だろう。上鳴だったら絶対許さん。なんて回らない頭で考えながら通知を確認するとそこには意外な人物の名前が表示されていた。
『起きてる?』
たった一言。だけどただ事じゃない気がした。だってあの子は絶対ウチの眠りを妨げてまで我が儘を言ったりしない。また一人で泣いてるんじゃないかと心配になってすぐに『なんかあった?』と返信を打つ。
『今からそっち行くね』
詳しい説明がないままあの子を待つことになりそわそわと落ち着かない。まあ部屋から出る元気があるんなら一先ず大丈夫だとは思うけど。ノックまでの数分間が妙に長く感じて相変わらず過保護だなって自分ながらに苦笑した。
「ごめんね遅くに。」
コンコンという音が聞こえて私はすぐに扉を開いた。そこには案の定申し訳なさそうに眉を下げるなまえの姿。うん、とりあえず目元は腫れてない。ほっと胸を撫でおろしておいでと部屋の中へ招き入れた。
「いいって。なまえが夜中に連絡してくるなんてよっぽどでしょ。」
二人で寝間着姿のままベッドに腰かける。落ち着いた様子のなまえを見たら何だか眠気が戻ってきてウチは大きな欠伸をしてから綺麗な瞳を覗き込んだ。
「で、何があったの。」
こちらの質問が直球過ぎたのか一瞬なまえが口ごもる。この反応は瀬呂絡みかな。じわじわと赤くなっていく彼女の返答を急かすことなく待っていればなまえは心を決めたように私を見据えて小さく息を吸った。
「……えっと、その。瀬呂くんと、お付き合いすることになりました。」
「え……はっ!?」
今何て言った?瀬呂と?付き合う?言葉の意味は理解できるはずなのにあまりの衝撃で脳が受けつけない。思わずぽかんと口を開けてしまってたけど親友のこちらを窺う視線にはっと意識が引き戻されて夜中にも拘らず反射的に大声を上げた。
「な、いつ!?てか本気で!?さっきお風呂でそういう話したばっかだよね!?」
「あ、お、落ち着いて……。」
「いくら何でも早すぎない!?」
そりゃウチもくっつくなら早い方が良いと思ってたけど心の準備ってものがある。がくんがくんとなまえの両肩を揺らせば彼女は首をもたげながらも「ちょ、ちょっとストップ……」と冷静にウチを宥めてくれた。ごめん。
「実はさっき瀬呂くんが部屋に来てくれて……それでえっと、この一年のこと話してたらそういう流れに……なりました。」
語尾が小さくなりつつもしっかり経緯を教えてくれてウチも段々といつもの調子を取り戻す。そっか、緑谷が帰ってきて全員揃って。瀬呂もこのタイミングだって思ったんだ。
去年の春からずっとずっと見守ってきた二人の関係。お互いのことを常に一番に考えてきたからこそなかなかその一歩を踏み出せなかった二人。それが今日やっと報われた。こんなに、こんなに喜ばしいことはない。
「……おめでとう。」
呟いたその声は震えていた。いつの間にか視界は滲んでいて目に涙が溜まっていることに気づく。
「すごい嬉しい。ずっと二人がそうなればって思ってたから。」
「……ありがとう響香。響香がいつでも相談に乗ってくれたから、何とか気持ち伝えられた。」
「何言ってんのウチは何もしてないよ。なまえが頑張ったんじゃん。」
こんな時でも控えめな彼女をぎゅっと抱きしめその勇気を称える。ぼろぼろと零れる涙をそのままにしていればなまえが背中をさすってくれて、耳元で柔らかな「ありがとう」が聞こえた。
「はぁ、めっちゃ目覚めたんだけど。」
ひとしきり泣いたあとティッシュで涙を拭きながらため息を吐く。一段落したらウチがやるべきことといえば一つで充電器からスマホを引き抜きA組女子のトーク画面を開いた。
「招集かけていい?」
その一言になまえがぴしりと固まる。どうやら彼女にとっては予想外の展開だったようであからさまに顔を引きつらせてんのが何か笑えた。
「え、でも夜中だよ。」
「なまえの一大事だから。時間帯気にしてる場合じゃないって。」
「今日はみんな疲れてるだろうし……。」
「じゃあ明日みんなの元気が回復してからにする?」
「う……。」
遠回しに断ろうとしてくるなまえにもっともな反論をぶつけると悲惨な未来を想像したのか悩ましい声が上がる。大々的な追及会見が開かれることはもう確定事項なんだから腹括った方が身のためだって。百面相してるなまえの返事をにやにやしながら待っていれば逃げられないと判断したのか最終的に彼女は渋々首を縦に振った。
そしてお許しが出るや否やウチはすぐさまA組女子のトークになまえと瀬呂の交際報告を流し数分も経たない内に全員がこの部屋に集まることになる。我がクラスながらすごい団結力だよね。
「どうしよう……。」
項垂れるなまえの髪を「もう諦めなよ」と言ってさらりと撫でる。こんな夜中に呼び出して全員二つ返事で了承してくれるなんてかなり稀有なことだ。だけどそれが出来てしまうのは、やっぱりこの子がみんなに愛されてるから。
ああ、本当に嬉しい。もっともっと祝福されてほしい。常に前を向き続けているこの子が。自分の運命と戦うことから決して逃げないこの子が。どうかいつまでも幸せでいてくれますよう。
「……頼んだからね。」
なまえに聞こえないくらいの小さな声で祈りを込める。ぎゅっと目を瞑れば「任せとけって」と瀬呂が笑った気がして自分の頬もふわりと緩んだ。