瓶詰めこぼれ話
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合同訓練の翌日。早速昨日の反省点を洗い出した私たちは朝からずっと組み手を続けていた。
「っはあ、やっぱ立ち回り方上手いな。」
「ふふ、ありがとう。こればっかりは一朝一夕じゃどうにもならないからね。私もまだまだ勉強中だよ。」
二人して汗だくになって地面に倒れ込む。持って来ておいたペットボトルに口をつけるとひんやりとした気持ちよさが喉を通っていった。
「……もっと力もつけないとな。体作ってきたつもりだったけど昨日あんま役に立たなかったし。」
「いやあの、宍田くんと緑谷くんが相手だったしそれは仕方ないと思うよ……?」
多分あの二人に腕力で勝とうと思ったら全盛期のオールマイトを連れてこなくちゃならない。そもそも緑谷くんは新しい個性解禁したから心操くんの攻撃防げたわけだし地の体力でなら全然押し負けてなかったと思うけど。相変わらず真面目で向上心が高い。私も見習わなくちゃなあ。
「それにしても昨日の心操くんかっこよかったよね。」
「え。」
「ほら、緑谷くん止めた時の。」
俺と戦おうぜ。シンプルかつ緑谷くんの心に届きやすい、頷きやすい言葉。異常事態が起きている中でも最善を考えて対処できる冷静さはさすがといったところで本当に感動してしまった。
「……だからあれは自分のために言っただけで。俺にかっこいいとこなんて何も……。」
だけど俯く彼はやっぱり昨日と同じ浮かない顔で。もしかしてお茶子ちゃんと自分を比べてるのかなと勝手に想像してしまう。
自らの危険を顧みずにただ緑谷くんを助けるためだけに飛び出したお茶子ちゃん。確かに彼女は立派だ。でもあの行動は誰かを守りたい、決して死なせたくないと強く願うようになった過程があったからこそ。己の無力さを痛感した経験が彼女を強くしたのだ。
心操くんがそんな絶望と決意を目の当たりにするのは、きっとこれからだ。今はまだ差があって当然。それなのにここまで悔しがれる心操くんがかっこ悪いなんてこと、あるはずがない。
「……かっこよかったよ。自分のためって言っても結果的には緑谷くんもチームのみんなも助けられたし。あんな得体の知れない何かの前で逃げ出さずにあの対応ができるって、それこそまさしくヒーローだなって思ったけど。」
私が近くに置いてあったタオルを手渡すと心操くんは眉を下げながら受け取ってくれた。納得がいってない様子の彼によくないとは思いつつお節介を焼いてしまう。
「私はあの時……緑谷くんもみんなも傷つかずに済んで心底ほっとした。それは心操くんのおかげだよ。」
ぽつりと零すと一瞬紫の瞳が揺れた。自分を責める癖のある彼だからこそ知っておいてほしいこと。私はそっと目を伏せナイトアイさんのことを思い浮かべた。
「人が死ぬのって本当にあっけなくて、簡単でね。ああしてればよかったこうしてればよかったって後悔すること、私たちにもたくさんあるよ。自分の咄嗟の判断で生と死が決められちゃうかもしれない恐怖とか、多分一生慣れないと思うし。救えてたかもしれない命だったのにって、今もずっと悔しい気持ちは抱えて生きてる。」
心操くんは私の話にじっと耳を傾けてくれていた。聞き逃すまいという真剣な表情で。それが私にはとても嬉しかった。
「だから理由がどうあれあの場で最善の選択ができた心操くんはほんとうにかっこよかったんだよ。救うべき相手を見誤らずに自分の出来ることに専念した。結果的にみんなに危害が及ぶことも防いだ。……心操くんにとっては不本意かもだけど。それだけはこれからの自信として持っててほしいな。」
私がゆるりと目を細めると心操くんは「わかったよ」と観念したように呟いた。どうやら伝わったらしい。今の心操くんにも、ちゃんとヒーローとしての核が備わってるって。
そもそも本人は自分のことしか考えてなかったって言ってたけど、傍から見れば彼は緑谷くんを助けることに夢中だった。彼を、みんなを助けたいという強い意思の宿った瞳をしていたし恐らくお茶子ちゃんの呼びかけがなくても心操くんならその場を収めるために奔走していたはずだ。誰よりもヒーローの心を持っている彼に、反省はすれど卑下なんてしてほしくない。
「……俺が超えるべき壁はまだまだ多いってことだな。」
「俺が、っていうか俺たちがね。一緒に頑張ろ?」
ため息交じりに苦笑している心操くんに拳を突き出す。「負けない」と合わせてくれたその手は彼の闘志のように熱かった。
「じゃあ自主練再開しよっか。夕方までは時間あるから。」
水分補給を終えて二人で立ち上がる。心操くんが昨日の消太くんの発言を思い出しながらタオルでぐいと汗を拭った。
「あー、エリちゃん?のとこ行くんだっけ。」
「うん、ちょっと物間くんと会わせるの心配で。」
「確かに。」
ふ、と口元を緩める彼はやっぱりとても整った顔立ちをしていて。ヒーロー科に入ったらさらにおモテになるんだろうなあと気が早すぎることを考えて空中に上がるために地面を蹴った。