瓶詰めこぼれ話
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まあ、あの人の娘ってだけで初めから好きではなかった。それなのにうっかり声を掛けてしまったのは魔が差したというか何というか。あまりにも年齢に似合わない顔つきをしていたからだと思う。
4年前。若くして個人事務所を立ち上げたということで持て囃され始めた頃にチームアップの要請を受けた。正直あの人がいるのは気に食わなかったけど他のヒーローたちとは繋がりを持っておきたいし。仕方がないかと了承の返事を出して現場に行けば彼女がいた。
どうやらヒーローの仕事を学ぶために見学に来ていたらしい。英才教育もいいとこだ。顔見知りのヒーローに頭を下げては卒のない挨拶をしていてあの人の娘らしいなと思った。ヒーローたるもの清く正しくそして強く。そう教え込まれているのだろう。にこにこと誰に対しても分け隔てなく接する彼女は正義の味方を絵に描いたような少女だった。
けれど不意に違和感。
「なまえはここで待っていなさい。あまり近づきすぎてはいけないよ。」
「うん。」
ほんの一瞬、父親と話す時だけその表情に影が落ちた。何の変哲もない穏やかな親子の会話。それなのにどこか息が詰まるような。
ああ、この子は自分の意思でヒーローになりたいわけじゃないのか。ほとんど直感的にそう思った。
現場の仕事も事務処理も終えて今回のベースとなっていた事務所をぶらついていると椅子に座ってぼんやりと父親を待っている彼女を見つけた。恐らく同級生よりも随分大人びた佇まい。けれどその完璧さは作りものだろう。窮屈そうに身を縮める彼女の後ろにあの人の支配欲が渦巻いていた。
「お父さんのこと好き?」
唐突に切り出して隣に腰かければ彼女はびくりと肩を震わせた。あまりに脈絡のない質問だったためか少々怪訝そうに眉を顰めておりどう考えても警戒されている。正しい反応だ。
「自慢の父ですが。」
一呼吸おいて彼女は短く答えた。自慢の父ねえ。まあ実際そうなんだろうけど。到底ヒーローになりたいようには見えない彼女は自分のされていることを理解していないらしかった。きっと時間をかけてゆっくり洗脳されてきたのだろう。中々に巧妙なやり口。
「ふーん、本当に?」
「え。」
揺さぶりをかけるために聞き返せば彼女は驚いた様子で言葉を詰まらせた。そうそうその顔。それこそが疑念の第一歩だ。例え嫌いな相手の娘と言えど未来ある若者の薄暗い環境は見過ごせない。初対面の大人に急に本当のことを告げられて受け入れるほど単純じゃないだろうからはっきりとは教えないけど。
「まあいいや。俺が言うことでもないしね。」
「はあ。」
とりあえずはまず自覚を持つところから。俺が蒔いた種なんてたかが知れてるけど気づくきっかけにはなるだろう。困惑する彼女をよそに俺はさっさと腰を上げた。
あの子に反抗期が来たら面白そうだな。俺も加勢したいくらいだ。そうなったら仲良くなれる可能性は1ミリくらいある。
まだ自分のことすらあやふやなあどけない子ども。大人しく柔順な彼女がいつか牙を剥いてくれることを願って俺はその部屋を後にした。