瓶詰めこぼれ話
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職場体験が終わってすぐ耳郎に放課後呼び出された。大方体育祭後から心境の変化があったらしいみょうじのことなんだろうけど改めてとなるとやっぱちょっと緊張する。
「……んでどーしたんですか耳郎さん。」
「大体予想ついてんじゃないの。」
「まーね、みょうじ関係?」
「ん。」
誰もいなくなった教室で何となく二人して窓枠にもたれかかって外の様子を眺める。俺より背の低い耳郎の髪が風で揺れるのを横目に入れながら俺はじっと次の言葉を待った。
「なまえさ、反抗期なんだって。」
「ん?」
予想外の切り出し方に思わず聞き返す。すると耳郎は「やっぱそういう反応になるよね」と苦笑した。
「ウチも詳しくはよくわかんないんだけど。本人が反抗しなきゃって言ってたの。」
「えっと……何に?」
若干混乱しながら立て続けに質問をぶつける。反抗期と心境の変化がどう繋がってんのかいまいち掴めなくて上手く頭の整理ができてない。
「何か、色々?」
「ざっくりだな。」
「あー、えっと。体育祭の時にさ、あの子にとって当たり前だったことが当たり前じゃなかったってことに気づいたらしくて。自分の思ってることも考えてることもずっと言葉に出せないまま今日まで過ごしてきたのかもって言ってて。」
それは誰に対してだろうか。いやみょうじの場合誰に対してもか。確かにずっと本音を心の奥底に沈めてるような、常に人の表情を読んでその場に合った発言をしているような。ひどく大人しく柔順なイメージが彼女には貼り付いていた。
「将来のこととか友だちのこととかちゃんとしなきゃって思ったんだって。自分の気持ちも言えるようにならなきゃって。」
「あー、それで反抗期?自分のこれまでに反抗する的な。」
「そ、まあ正直ウチもふわっとしたことしか聞いてないけどさ。なまえにとって自分のこと少しでも話そうって覚悟決めてくれたこと自体が大きい一歩だったんだろうなってあの時思ったの。」
真剣な瞳の耳郎に俺も頷く。みょうじがどれだけの勇気で打ち明けたのかはわからないけど、彼女の中で何かが変わって新しい場所へと踏み出したのは紛れもない事実だ。耳郎は自身の拳をぎゅっと握って小さく息を吐いた。
「今まで放課後誘われたこともなかったしボディタッチも最小限だしさ。線引きされてるのはわかってたけどそこはもうなまえが話してくれるまでしょうがないって割り切ってて。でもいざ話聞いたらもしかしたらウチらの想像以上に重たいもん抱えてんのかなって思って……怖かった。」
「怖い?」
耳郎の顔を覗きこむと彼女はどこか泣きそうだった。まるで妹を心配する姉のような表情でぐっと唇を噛んでいる。
「いつか耐え切れなくなってあの子潰れちゃうんじゃないかとか、ふらっとどこかに消えちゃうんじゃないかとか。嫌な想像しちゃうんだよね。」
それはあまりに容易に浮かんできてしまう未来でぐっと胸が詰まる。優しさ故に立ち上がれなくなる彼女のことを俺も考えたことがないわけじゃなかった。
「んなこと、絶対させねーから。」
無意識に落ちた声のトーン。俺は自分に誓うかのようにその言葉を頭の中で繰り返した。みょうじを誰にも、みょうじ自身にも奪わせたりしない。これは俺の役目だと、何故だか確信めいた感情が溢れ返っていた。
「うん、だから瀬呂に話したの。誰よりもなまえの味方になってくれそうだから。」
ゆるりと目を細めた耳郎が安心した様子で俺の方に向き直る。彼女は人差し指をこちらに突き出し念を押すように言った。
「私だって隣にいるけど……頼んだからね。」
恐らくたくさんの意味が込められているだろう一言。託されたからには貫かねーと。みょうじの一番の友達が信頼してくれてるのが素直に嬉しくて自然と口角が上がる。
「ん、任された。」
頼まれてなくてもみょうじの側にいるつもりだったけど。だからこそ耳郎は俺を選んだんだろう。これは多分お互いできるポジションでみょうじを支えようっていう最終確認みたいなもん。
思わず右手を差し出せば耳郎も意図を汲み取ってそれに自分のを重ねてくれる。信頼の証の熱い握手。みょうじを傷つけないため、俺たちの間で固い絆が結ばれた瞬間だった。