瓶詰めこぼれ話
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さすがというかなんというか、プレゼントマイクの説明すげーテンション高かったな。まあそれと対照的にこっちの緊張は高まってるわけなんだけど。
いよいよ実践試験だ。正直学科はぎりぎりもいいとこだろうからここで頑張んないと俺の合格はない。ふうと小さく息を吐けば白んだ空気が辺りに広がった。
自分の割りふられた会場に到着し試験の開始を待つ。あー手冷てえのどうにかなんないかな。我ながら珍しく上がってしまっていて苦笑が漏れる。落ち着けと心の中で繰り返して気を紛らわすために周囲を見回した。
「!」
少し離れたところに可愛い子発見。華奢な肩に儚げな印象。ああいう子もヒーロー目指したりするんだな。もしかしてあり得ねーくらい強かったりとか。やべ、負けてらんない。あと願わくば共に学生生活を送りたい。
邪な願望のおかげかさっきより肩の力抜けた気がする。名前も知らねーけどあの子に感謝だ。さ、切り換え切り換え。妙にクリアになった頭で改めて戦略を組み立てる。
まあ俺の個性的にかなりこの試験有利なんだけど被害はなるべく最小限に抑えねーと。とりあえずスタートダッシュで差をつけて『ハイ、スタートー!』いやまじか。
考えをまとめていたところで突然プレゼントマイクの声が響いてぬるっと試験がスタートする。雄英ほんと常識とか通じねーのな。周りと同じように走り出しテープを街頭に巻きつけながらぐんぐんスピードを上げた。
お、あれが仮想敵か。でかい目標物はすぐに見つかりそいつの動きをテープで止めて機体ごとひっくり返す。
「し、まずは1P。」
出だしで調子づいたのかその後も滞りなく試験は進んだ。着々と仮想敵を倒して若干疲れてきた頃遠くの方から騒がしい音が聞こえてきた。
「0ポイント敵……?」
視線をやるとプレゼントマイクから説明があったデカブツが暴れ狂っている。ちょっとあれまずいんじゃねーの。土煙が上がって助けてという声が耳に届く。瞬間、気づけば体はそちらに向かっていた。
「っやべーな。」
ビルが倒壊していくのが見え咄嗟に目一杯テープを伸ばす。幸いいくつか瓦礫が引っかかってくれ何とか固定できたが油断してる場合じゃなかった。捕らえ損ねた鉄の塊がテープの隙間から零れ落ちていきその落下地点には、人。
「間に合わねえ!」
思わず叫んだその時一陣の風が吹いた。瓦礫は突風に蹴散らされ誰も傷つけることなく地面へと転がる。砂埃に目を細めて個性の出所を探せば何と反対側にいたのはさっきの可愛い女の子だった。
「助かった!サンキューな!」
「こちらこそ!」
予想外の連係プレーに内心にやけつつも試験中のためそれ以上は交わさず別れる。よっしゃこれで会話のきっかけができた。幸先良いな。自然と口角が上がりながらその場を後にしていると0P敵の崩れる音が聞こえてぎょっとした。
あの子が倒したのか。周りに危険が及ばねーように。いやはやあんな細い腕してすげー個性だわ。つーか俺らより戦い慣れてる?俄然興味が湧いてきてやる気がみなぎる。ああ、やっぱ雄英行きたいわ。
改めて背筋が伸び体が軽くなったように感じられた。これなら俺いけちゃうかもね。妙に楽しくなってきて集中力も上がる。俺の人生史上最高のコンディションなんじゃねーかと錯覚してきたところで試験終了の合図が響いた。
あー疲れた。とりあえずやれるだけのことはやったしあとは結果を待つのみだな。特に怪我もない俺はさっさと帰る準備をしてお目当ての子を探しながら校門を目指した。
お、いた。何かすでに紫の髪の奴に声かけられてるけどこれはあれか。さっき助けてくれてありがとう的なやり取り。
「あの、さっきありがとう。」
「いやいや、大したことしてないよ。無事でよかった。」
「……じゃあ、それだけだから。」
彼女は心配そうな視線を送ってたがそいつはお礼だけ言ってすぐにその場を立ち去った。勿体ねーのな、仲良くなれるチャンスだってのに。ま、怪我してねーみたいだから一安心だけど。
「あ、さっきはどうも。」
俺の順番が回ってきてなるべく爽やかに挨拶すれば彼女はきょとんと首を傾げた。そっか、向こうからは俺の顔見えてなかったわけね。
「0ポイント敵の時の、わかる?」
「あっ、テープの人?」
「そそ。」
テープの人、という表現がすでに可愛い。近くで見ると余計に大きな目がくりくりとこっちを見上げていて口元が緩むのを我慢するのに必死だった。
「俺一人じゃやばかったから、かなり助かった。」
「私も一人じゃ無理だったよ。ありがとう。」
ふわりと微笑まれて変な声が出そうになる。何だこれ心臓痛い。瀬呂くんあんま一目惚れとかしないタイプなんだけど。
「……試験どうだった?」
顔が熱いのを誤魔化すように尋ねると彼女が今日を振り返りながらうーんと唸る。
「まずまずかなあ。そちらは?」
「俺もまあまあってとこです。今日よりも筆記が心配なんだよなあ。」
「ふふ、雄英偏差値高いもんね。」
「ヒーローになる壁は高いってことかね。」
深いため息をついて項垂れる素振りを見せれば彼女は可笑しそうにくすくす笑った。あーもうすでに入学した気でいるけどぜってー同じクラスになりたい。肩を並べて歩いている今がどうにも夢心地で初対面の距離感がもどかしかった。
「春に、会えるといいね。」
「ほんとに。会えるよう祈っといて。」
「ふふ、たくさんお祈りしとく。」
校門を出たところでまさかの帰る方向が真逆だと知る。会ったばっかなのに途中まで送るってのも変だし後ろ髪引かれながらも泣く泣く別れた。てかお祈りって何。可愛すぎんでしょ。
帰り道で一人悶えていたがはたと気づいた。まじか、名前聞いてねーわ。嘘だろ何舞い上がっちゃってんの俺。
「はぁ~……。」
今世紀最大の失態に深いため息が出る。これで落ちてたら心残りすぎんだけど。一気に疲労感がのしかかって足取りは鉛みてーに重かった。
また会えんのかな。会いてーな。
オレンジに染まる空をぼんやり見上げる。頬を冷たい風が通り過ぎていきその寒さに身を縮めながらまだ見ぬ高校生活に思いを馳せた。
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