全面戦争
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期末試験が何とか終わり、みんな最近はさらにインターンに力を入れている。かくいう私もここのところ頻繁にエンデヴァー事務所を訪ねており、学校生活は束の間の休息になっていた。
「今日は人数少ないなあ。」
お昼休みの教室でお茶子ちゃんと梅雨ちゃんと一緒に一つの机を囲む。まばらに埋まった席を眺めてお茶子ちゃんはぼんやりそう呟いた。
「切島ちゃんみたいに遠方でなかなか戻って来られない人たちもいるものね。」
「私も明日は午後から抜けちゃう。」
「あ、ウチらも。」
さっき自動販売機で買ってきたいちごみるくに口をつけながらお互い忙しいねと肩を竦める。今日は偶然リューキュウ事務所とエンデヴァー事務所の予定が込み合っていてこうして二人に会えてるけど、近頃女の子たちと顔を合わせられるのは夜の寮だけになっていた。
刻一刻とその時が迫ってきている感覚。闘いの日はきっともうそんなに遠くない。私もさらに速く、強くならなければ。窓の外を見つめながら来るタイムリミットに思いを馳せる。
「そういえば今日瀬呂くんは帰ってくるん?」
深刻ムードになっていた私をその名前が日常へと引き戻した。お茶子ちゃんから突然切り出された彼の話題に思わず声が裏返る。
「え!?あー、うん。遅くなるみたいだけど帰ってくるらしいよ。」
「あら、それじゃあ会う約束をしてるのね。よかったわ。」
「……その、待っててって言われたからね。」
「わー、ええなあ!」
きゃっきゃと二人が盛り上がる。私は一気に体温が上がって小さく縮こまった。
そう、今日は3月14日。何を隠そうホワイトデーなのだ。今は上鳴くん達と一緒にインターンに行ってしまっている彼だけど、絶対に日付変わる前に帰るから寝ないで待っていてほしいと昨日お願いされた。その申し出がなくても私は待つつもりだったんだけど。とは、ちょっと恥ずかしくて言えない。
「ここのところさらに仲良くなってへん?」
「あ、う、ちょっと心境の変化があり……確かに距離は近くなってるかも。」
「でもお付き合いはしてないのね?」
「そ、うなんだよね……。」
二人からの鋭い指摘。正直どちらも図星だった。自分の中で答えが出て、父に対してのわだかまりは解消された。彼への許せない気持ちがなくならなくても、きっと私はこの先それを抱えて生きていけると思う。まだ絶対的な自信はないけれど、ようやく自分一人で歩けるようになったと今ならほんの少しだけ胸を張れる。
あの一件があって以来、私たちの信頼関係はより強固なものになった。そして多分、互いへの気持ちも。それが明らかに二人の距離感に出てしまっているのだ。それでもまだはっきりと進展がないのはタイミングと私の勇気の問題。
「インターンで忙しいと他のこと考える余裕なくなるよね。」
「そうなの。これといったきっかけが見つからないというか……単にどう言えばいいのかわかんないのもあるんだけど。」
お茶子ちゃんの言葉に頷きながらはあとため息を吐く。告白なんて初めてだからどうすればいいのか見当もつかないし、この先ものすごい戦いが待っていることを考えると今言っていいものなのかと躊躇もする。プロヒーローって仕事と恋愛の両立どうしてるんだろうか。
「じゃあ今日がそのきっかけになるかもしれないのね?」
よしよしと梅雨ちゃんに髪を撫でられ私はぴしりと固まった。確かにそうだ。ホワイトデーといえばこの上ない告白イベント。え、どうしよう。急に緊張増してきた。
「……私、耐えられるかな。」
自分の心臓の速さに。心拍数上がりすぎて今日が命日になったらどうしよう。
「大丈夫よ、自信持って。」
「ファイト‼」
二人にぎゅっと手を握られる。女同士の友情を感じながら、夜が来てほしいような来てほしくないような妙なざわつきに頭を悩ませた。
その日の夜。私は落ち着きなく部屋をぐるぐると歩き回っていた。1分おきにスマホを見ては遅々として進まない時計に項垂れる。瀬呂くん、いつ帰って来るのかな。何度目だかわからないため息を吐いてベッドに倒れ込んだ。
「……!」
顔を枕に突っ伏した瞬間手元のスマホが震える。がばりと起き上がってすぐに画面を開いた。
『部屋行ってもいい?』
夜遅くなってしまったことへの謝罪と共に綴られていた文字。私は大きく息を吸って震える手で了解を返した。
5分もしないうちにノックが鳴る。さっきからずっとうるさい心臓を押さえて、ガチャリと自室のドアを開けた。
「こんばんは。悪いなこんな時間に。」
眉を下げる彼に一瞬で好きが更新される。最近は日々こんな感じだ。これまで私の心を支配していた父への不安が解消されたからなのか、急速に彼への気持ちの大きさを自覚している気がする。
「ううん、その……私も会いたいと思ってたから。入って。」
すでに赤くなっている顔のまま部屋の中央へと移動する。二人でクッションに腰かけて、肩が触れるか触れないかの距離感にいつも以上にドキドキした。
「そんじゃ早速。これ、バレンタインのお返しな。チョコすげーうまかった。ありがと。」
彼の手に握られていたのは小さな袋。何だかクリスマスの時を思い出す。
「私の方こそありがとう。……開けてみてもいい?」
「ん、どーぞ。」
そっと彼からプレゼントを受け取り丁寧にその包装をはがす。すると出てきたのは青色の箱。私は少し緊張しながら蓋を開けた。
「綺麗……。」
「気に入った?」
中に入っていたのは中央に薄水色の石がはめられたブレスレット。まるで透き通る海のような美しさに目を奪われる。
「すごく嬉しい。ありがとう。」
「はは、そんな可愛い顔されたら俺も嬉しい。」
瀬呂くんの手が伸びてきて私の目尻を撫でる。何だかキスでもできてしまいそうだなんて、まるで熱に浮かされたかのような考えが頭に浮かんだ。
「つけてみてもいい?」
「あ、待って。俺が直接つけたい。」
そう言うと瀬呂くんは私の腕に器用にブレスレットをつけてくれた。うん、サイズもちょうどいい。キラキラと光る水色がさらに胸の高鳴りを加速させる。
「すげー似合ってる。可愛い。」
「……私もそう思う。」
「正直でよろしい。」
素直に身に着けた感想を零すと彼はやんわり目を細めた。派手過ぎないけど高級感のあるそれはフォーマルでもカジュアルでも使えそう。やっぱり瀬呂くんセンスあるなあ。
うっとりしていたけれどあることに思い至る。もしかしれこれ結構お高いのでは。プレゼントの値段を気にするなんて野暮にもほどがあるけど、さすがに聞かずにはいられなかった。
「これ、あの、チョコのお返しにしては良いもの過ぎるんじゃ……?」
「三倍返しだろ?」
「いやいやいや……!」
瀬呂くんは冗談めかした顔で笑っている。このまま有耶無耶にする気だ。ずるい。
「ま、三倍ってのは言い過ぎかもしんないけど。みょうじは気にせずもらっときゃ良いのよ。ガトーショコラほんとにすげーうまかったし。」
「でも……。」
「いいから。それにこれ、瀬呂くんからのお守りだし。」
「お守り?」
意味が分からずキョトンと首を傾げると彼はポンと私の頭に手を乗せた。
「みょうじよく無茶するでしょ。インターンでもちょくちょく傷こさえて帰ってきてるし。だからお守り。何があっても無事戻って来られますようにってさ。」
そんなことを考えてくれてたなんて。改めて自分の右手をじっと見る。これがあれば、どれだけ追い込まれてても冷静になれる。そんな気がした。
「瀬呂くんの念が籠もってるからすげー効くよこれ。ちゃんと普段からつけといて。」
「うん、絶対毎日つける。」
「はは、嬉しい。ま、俺としては無茶する前にそれ見て考え直してくんねーかなって思ってるけどね。」
「う、いつも心配かけてごめんなさい……。」
もっともなことを言われて耳が痛い。本当に毎回心配かけちゃってるからなあ。瀬呂くんは反省している様子の私を見て可笑しそうにしていた。
「……最近、前よりよく笑うようになって良かったよ。」
不意に瀬呂くんがぽつりと零した。その目を見るとどこか安堵が滲んでいる。
「瀬呂くんのおかげだよ。ありがとう。」
「いんやみょうじが自分でちゃんと決着つけたのよ。」
えらいえらいと褒めてくれる彼に心がじんわりと温かくなる。こんな風にこれからもこの人と笑っていけたら。突き動かされる気持ちに私は意を決して口を開いた。
「あの、瀬呂く「っとやべ、もうこんな時間か。」
いざ思いを伝えようとすれば重なる声。私の言葉はその後続けられることはなかった。最高潮に達していた勇気がしおしおと萎んでいく。
「あ、悪い。なんか言いかけてた?」
「あ……ううん、何でもない。」
またタイミングを逃してしまった。今日はこれ以上頑張れそうになくて慌てて首を横に振る。我ながら何とも情けない。このままずるずる卒業まで告白できなかったらどうしよう。途端に不安になってきた。
「明日早いんだっけ?」
「うん。朝からエンデヴァーさんについてちょっと遠くの街まで行くの。」
「じゃあもう寝ないとまずいな。」
「そう、だね。」
名残惜しさと後悔でいっぱい。だけどこれ以上引き止めるわけにもいかず仕方なく立ち上がる。せめて瀬呂くんを見送るまでは自然に振る舞ってなきゃ。
「じゃ、おやすみ。」
「うん、おやすみ。ブレスレット本当にありがとう。」
「どーいたしまして。くれぐれも無理しないように。」
「ふふ、了解です。」
彼が私の頭を一撫でしたあとぱたりと部屋の扉が閉まる。私は5分ほどそこに立ち尽くしてからのろのろと足を動かしベッドに倒れ込んだ。
「はあ……。」
彼が部屋に来る前と変わらぬ深いため息。ずっと何も言わずにいてくれてる瀬呂くんをもうこれ以上待たせるわけにはいかないというのに。ただ一言好きと伝えるのがこんなに難しいなんて。
ちらりと自分の右腕を見ると彼からもらったブレスレットがキラキラと光っている。その眩しさを愛おしく感じながら、瀬呂くんの笑った顔を思い返す。
気持ちはどんどん大きくなるのに、ままならないなあ。いつか彼女として彼の隣に立てる日が来るんだろうか。考えたって行動に移さなきゃしょうがないんだけど。
いまだ萎んでしまったままの勇気に内心苦笑しながら、私はそっと目を閉じた。