全面戦争
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3月になった。期末試験はすでに筆記が終わり、残すところ実技だけだ。今日はその実技演習の訓練も兼ねて一カ月ぶりに彼と会うことになっている。
「お疲れ様で~す。」
グラウンドに入ると見慣れた紫色が目に入った。その隣には最近では珍しい消太くんの姿。やっと三人での訓練に戻ったなと心が弾んだけれど、いつもと違うところが一つだけあった。
「し、心操くんその格好……!」
彼が着ていたのは体育着ではなかった。全身黒に包まれて、ペルソナコードと捕縛布を身に着けている。これはもしかしてイレイザーヘッドリスペクトだろうか。
「コスできたの!?」
「一応ね。似合ってる?」
「すっごくかっこいい!忍者みたい!」
「そりゃどうも。」
初めて見る彼のコスチュームに興奮が収まらない。全身ぐるりと見たあとスマホを取り出そうとしたけれど写真撮影は断られてしまった。残念。
しょんぼり肩を落としながらはたと気づく。彼の格好ばかりに気を取られていたけど、学校側から戦闘服が支給されたってことはそれってつまり。
「え、コスチュームが届いたってことはやっぱり……?」
「うん、4月から俺もヒーロー科。」
「……っ!」
その笑顔を見てぶわりと涙が込み上げる。ほぼ確実な内定をもらっていたことは知っていたけど正式な報告を受けるのは想像以上に胸が震えた。彼の努力が報われてくれて本当に、本当に嬉しい。
「……泣くな。」
「っだって……。」
消太くんにポンと頭を撫でられ余計に涙が加速する。そんな私を見て心操くんは穏やかに目を細めた。
「みょうじ、ありがとう。みょうじのおかげでここまで来られた。」
「わ、私何もしてないよぉ。」
目元をハンカチで覆いながら鼻をすする私にはは、と彼の笑いが漏れる。どう考えたって心操くんの努力の賜物なのに、それでも彼は首を振って続けた。
「いや、みょうじがいなかったら多分俺ここまで急速に成長できなかった。常に超えたいと思う壁が目の前にあるっていうのは、本当にすごい刺激になったよ。イレイザーや他の先生方の協力ももちろんだけど、みょうじが嫌な顔一つせず俺の相手をし続けてくれたから今これが着られてる。」
だからありがとう、と目の前の彼は頭を下げた。感謝しなきゃいけないのはむしろこっちの方なのに。いつだって、誰にだって誠実な心操くん。ああ、やっぱり彼はヒーローになるべくして生まれてきたんだ。滲む視界の中で彼のこれまでの軌跡を噛みしめた。
「……っ私も、心操くんがいなかったら、きっとまだ上手に飛べなかった……っ!ありがとうっ……!」
心操くんは新しい可能性を生み出してくれた。今の戦い方が確立したのは間違いなく彼のおかげだ。それに彼が私を超えるべき壁と認識していたように、私も追いつかれまいと必死だった。そうやってお互い高め合ってきたからこそ、きっと私たちはここまで強くなれた。
「意外と泣き虫だな、みょうじは。」
「昔はこうじゃなかったけどな。」
いまだ涙が止まらない私を二人がどこか微笑ましそうに眺めている。それがなんだか恥ずかしくて私はふいと顔を背けた。
「そうだ、もう一つ報告があって。」
「ま、まだ何かあるの……。」
心操くんは私をからかうかのようにまた別の話題を切り出した。そろそろ泣き過ぎで頭が痛いんですけど。うるうると瞳を滲ませている私に心操くんと消太くんがにやりと口角を上げる。
「俺、しゃべらせられるようになったよ。」
「え……。」
どこか嬉しそうな様子の彼が教えてくれたのは恐らく個性の話で。それってもしやとんでもないことなんじゃと思わず涙が引っ込んだ。
「しゃべらせられるようにって……洗脳した相手を?」
「そう。この一か月個性訓練続けてたんだよね。洗脳してる間は相手の感情に関係なく俺の望む言葉を発してもらえる。まあ、その分発動条件厳しくなるからそこはまだ発展途上なんだけど。」
「そ、それってペルソナコードと組み合わせれば最強なんじゃ……。」
彼の説明にごくりと息を呑む。洗脳の個性ってここまで汎用性高いのか。敵退治の時だけじゃなくあらゆる犯罪捜査に使えそうな能力。これは将来警察に重宝されるなあ。衰えを知らない彼の向上心に毎度驚かされてばかりだ。
「だから二年になってからの演習の時にはもっといい勝負できると思うんだよね。」
「脅威すぎる……。」
「お前もうかうかしてるなよ。」
「それはもうほんとに重々承知しております。」
追い討ちのように消太くんから釘を刺され笑顔が引き攣る。そうだよね、強くなってるのはインターン真っ最中の私たちだけじゃないんだ。改めて身が引き締まる。
「ということで今から実践訓練だ。心操、勝てよ。みょうじ、負けるなよ。」
「矛盾~。」
「文句言ってないで始めろ。」
「はあい。」
消太くんからの圧を受け私たちはグラウンド中央へと駆け出す。その時ふと素朴な疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば結局クラスはどっちになったの?」
ヒーロー科編入が確定してるということは恐らくクラスも決まってるだろう。正直ものすごく気になる。A組だったら寮だって一緒になるし、そんなのもう楽しすぎるもん。
彼の背中を追いかけながらじっと返事を待っているとくるりとこちらを振り向いた心操くんは片眉を上げた。
「まだわかんないよ。4月になってからのお楽しみ。」
まるで悪戯っ子のような表情。うーん、どっちだろうこれ。わかってて内緒にしてる可能性もありそうだけど。一部始終を見ていた消太くんはくつくつと喉を鳴らしている。もしかしてこの師弟グルか。
「……とりあえず聞かないでおくよ。」
二人の様子から教えてもらえないだろうと悟り仕方なく忘れることにする。どうせ進級すればわかることだもんね。詰め寄りたい気持ちは山々だけど気長に待つとしよう。
暖かくなる頃には、また一人私たちの仲間が増える。強くて、優しくて、とても頼もしい仲間が。その事実があまりに誇らしくて、しばらく頬の緩みは抑えられそうになかった。