全面戦争
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今日はいつにも増して教室が賑やか。あちこちから甘い匂いが漂ってきて朝からすでにお腹いっぱいだ。
「え、芦戸もチョコくれんの!?」
「あげるあげる!砂糖と一緒にA組女子でクラス分作ったからさ!」
「ありがてえ~!」
「その代わりお返し弾んでよね!」
「おう!任せろ!」
上鳴くんと三奈ちゃんのやり取りに他の女の子たちが私もあげると次々に可愛らしい袋を取り出す。ブラウニーやらトリュフやら。とにかく大量のチョコが上鳴くんの机の上にたまっていった。私も自分の作ったクッキーサンドをそっと追加する。
本日は2月14日。バレンタインデー。昨日の夜はクラスの女の子みんなで砂糖大先生のご指導の下チョコ作りに励んでいた。はじめは女子会で食べるだけのつもりだったんだけど、ちょっと調子に乗って品数が多くなり過ぎたのでせっかくだからA組男子に配ろうということになったのだ。
「ありがたく頂こう。」
「ありがとう!大事に食べさせていただくぞ!」
「オ、オイラ女子からチョコもらっちまったよ……!」
みんなからの反応はまずまずで基本的には喜んでもらえた。良かった。爆豪くんは「甘さ控えめにしてあるから」と懇切丁寧に説明して渋々受け取ってくれた感じだったけど。
そろそろHRが始まる。自分の席に戻ると隣の瀬呂くんが早速私があげたクッキーサンドを口に放り込んでいた。
「すーごいうまいわこれ。さんきゅな。」
「ふふ、どういたしまして。お返し気にしなくていいからね。」
「そこは返させてよ。」
チャイムが鳴って緩んだ頬を元に戻す。ちらりと横の彼を盗み見て、鞄の中にあるものをどうしようか頭を悩ませた。
実は瀬呂くんにはもう一つチョコを用意してある。ガトーショコラ。みんなにあげるのとは別の、特別な意味を持ったやつ。
だけどまだまだ情勢は不安定で、敵連合率いる解放軍ももうすぐ動き出す。そんな中で浮かれたイベントをやっていていいのだろうかという気持ちが、少なからずある。
いや女の子たちと大量のチョコ作ってる時点で大分もう浮かれてはいるんだけど。それでも。私の個人的な感情を優先していいのか迷ってしまう。
ああどうしよう。でもせっかく作ったしなあ。考え込んだらぐるぐると止まらなくなって、消太くんの話はあまり頭に入ってこなかった。
昼休み。結局まだチョコを渡すかどうか答えは出ていない。何だか少し一人になりたくて、食堂帰りに人気のない廊下をぶらぶらと歩いている。
「はあ……。」
思わず大きなため息が出る。すると後ろから聞き覚えのある凛とした声が響いた。
「あら、幸せ逃げちゃうわよ。」
「ミッドナイト先生。」
振り返るとお馴染みの格好をしたミッドナイト先生。完全に人いないと思って油断してた。彼女は私の側までやってきて、がらりと廊下の窓を開けた。途端に冷たい風が室内へと入ってきて頬を刺す。
「先生その格好寒くないですか?」
「めちゃくちゃ寒いわよ。」
あ、やっぱ寒いんだ。平気なのかもと思ってたけど根性で堪えてたんだなあ。さすがプロ。
「ため息なんかついて何かお悩み?」
窓から中庭を眺めながら彼女は尋ねた。私は何と答えていいかわからずうろうろと視線を彷徨わせる。
「悩みってほどでもないんですけど……。」
「人に言えないこと?それとも私じゃ相談相手として力不足かしら。」
全てを見透かしているかのような穏やかな笑顔の彼女。だけど嫌な感じじゃなくて、むしろ少し安心している自分がいた。
「そういう、わけじゃなくて……その、今日バレンタインじゃないですか。」
「そうね!朝からみんなあちこちで青春謳歌してて私としては潤うことこの上ないわ!」
「は、はあ。」
頬を赤らめながらくねくねと身を捩る先生。反応に困る。「ごめんなさい続けて」と急に真顔に戻ったのも怖くて彼女の情緒がちょっと心配になった。
「それで、あの、イベントやって浮かれてていいのかなあって……。この時期に、ヒーロー目指してる私たちが楽しんじゃってていいのかって、思っちゃって……。」
考えていたことを素直に吐き出してみるとミッドナイト先生は私の目をじっと見つめた。その美しさに息を呑む。美人の視線って、ある意味脅威だ。
「こんな時期だからこそ浮かれて楽しむのよ。」
彼女から放たれた言葉に私はぽかんと口を開けた。
「こんな時期だから……。」
「そう、暗い世の中でヒーローまで鬱々とした顔してたら埒あかないでしょ?みんなが不安に思ってる時こそ私たちは明るく楽しく過ごしてなきゃね。ヒーローが笑ってないと世間も笑えないから。」
確かに、平和の象徴であるオールマイトはいつだって笑ってた。そうだ、元気とユーモアのない社会に明るい未来はやって来ない。ナイトアイさんの声が頭によぎった。
「それに、青春はいつだって一度きりよ!」
ぱちんとウィンクされて彼女が言わんとしてることが理解できた。ミッドナイト先生は、私たち学生に後悔してほしくないんだ。雄英の先生はみんな人の背中を押すのが上手いなあ。
「……ありがとうございます。楽しんで、みます。」
私の返事を聞いて先生はにっこりと笑った。そしてゆっくり窓を閉め両腕で自身の肩をさする。
「やっぱり寒いわね。」
「ですよね。」
うん、お茶目。すっかり鼻の頭が赤くなってしまっている先生はしばらく職員室で暖を取ると言って階段の方へと消えていった。私も温かい教室に戻ろうと歩き始める。
もしかしてミッドナイト先生、私が元気ない顔してたのを見つけて追いかけてきてくれたんだろうか。いつだってヒーローな彼女の姿。本当に頭が上がらない。
先ほど白い息を吐きながら中庭を見つめていた彼女の横顔。それが見惚れてしまうくらいにとても綺麗で、何故だか目に焼きついて離れなかった。
放課後、私はそわそわしながら帰ることができずにいた。最近はみんなインターンや自主練ですぐにいなくなってしまう。だからここがチャンスだと思ったんだけど。
今日に限って結構人いるの何で……!
みんな期末の話で盛り上がったりしてしばらく席を立ちそうにない。それとは反対に隣の席の瀬呂くんは着々と帰宅の準備を進めていた。
「こ、これからグラウンド?」
「そ。今日はエクトプラズム先生に稽古つけてもらうことになってっから遅くなるかもなあ。」
どうしよう。やっぱり今じゃなかったらタイミング逃す気がする。みんなにばれないように、いけるだろうか。
「んじゃまた寮でな。」
「あ、待っ……!」
立ち上がった彼の手を反射的に引っ張ってしまった。突然の重みに瀬呂くんの体が傾く。
「うお、どした。」
「あ、いやその……。」
驚いてる彼と近い距離で目が合ってもう引っ込みがつかない。私は鞄に忍ばせておいたガトーショコラの袋を半ば強引に彼の手に握らせた。
「これ、食べて。」
声を落として内緒話のように耳元で伝える。彼は一瞬目を見開いてそのあとふっと頬を緩めた。
「他の奴にはあげてねーの?」
「……うん、瀬呂くんにだけ。」
「やった、特別扱い。」
ひそひそと二人で話しているのがくすぐったい。私は赤い顔を隠すように掴んでいた彼の手をパッと離した。
「ありがと。今日の夜しっかり堪能させてもらいます。」
瀬呂くんは嬉しそうに鞄にそれをしまって私の頭をポンと撫でた。その瞬間を目撃したであろう透ちゃんが向こうの席から声を上げる。
「またいちゃついてる!」
「スキンシップだって。日常風景なんだから騒がないの。」
クラスメイトからの追及をのらりくらりと躱す瀬呂くん。さすがだなあ。私じゃこうはいかない。
「んじゃ俺自主練あっから。」
「ちょっと逃げるな―‼」
「私も今日は早めに帰ります……。」
「なまえちゃんまで!?」
二人して抜けるとまたあとで色々詰められるかもと思ったけど一人残されて逃げ場がなくなる方がきつい。そそくさと教室を出た私たちは足早にそれぞれの目的地に急いだ。
途中瀬呂くんから改めてお礼を言われる。
「チョコ、まじで嬉しい。絶対返すからホワイトデー楽しみにしてて。」
「……うん。」
私が大人しく頷くと彼は満足そうに目を細めた。やっぱり、渡してよかったな。ミッドナイト先生に感謝だ。
そういえば私、好きな人にチョコあげるの初めてだ。なんだかすごくふわふわする。
初めての相手が瀬呂くんでよかった。心の底からそう思った。胸の中で大きくなっている特別な感情を大事に抱えながら、寮までの道を弾むように歩いた。