番外編
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「はぁ。」
さっきからもう何度目だかわからないため息。俺の緊張は最高潮を迎えていた。
「……なんで今から好きな子が来んのにそんな死んだ顔してんだよ。」
「だっ……てそりゃお前!なあ!?」
「いや聞き返すな。」
泡瀬は呆れ顔で俺の前の席に座ってる。呑気にジュースなんか飲みやがって。ちくしょう。
今俺がいるのはB組の教室。休日とあって当然誰もいない。最近ヒーロー科はみんなインターンで忙しく、校舎自体がどこかがらんとしていた。
そんな中、奇跡的に休みが被ったこともあり俺は念願だった写真撮影に漕ぎつけた。主に頑張ってくれたのはいつの間にか連絡先を交換していた泡瀬なのだが、それはもうこの際いいとしよう。重要なのは彼女が二つ返事でOKをくれたことだ。
さすがにこのご時世遠出することはできないってことで校内で写真を撮ることになった。でも俺にとっては願ったり叶ったり。どこだろうと彼女と一緒にいられるなら万々歳だ。
「つーかなんで俺まで駆り出されてんだよ。二人きりの方がいいだろ。」
「お前……俺が二人の空気に耐えられると思ってんの?」
「まあ思わねえけど……言ってて悲しくなんねえ?」
「めちゃくちゃ悲しいよ‼」
我ながら情けない。でも彼女と二人きりで長時間いるなんて絶対無理だ。会話の想像すらできない。十中八九向こうに気を遣わせてしまう。まだ彼女が来ていない今でさえも心臓バクバク言ってんのに。
俺はもう一度深いため息を吐いて机の上のカメラに視線を移した。昨日何回も確認したから不備はないはず。あーもう、今朝まではずっと浮かれてたのに急にすげえ不安だ。
楽しみと緊張が綯い交ぜになって頭がぐるぐるし始めたその時、がらりと教室のドアが開いた。
「ごめん遅くなっちゃった。」
「いや時間通りだぞ。俺らが早かっただけで。」
カップルかよ。デートのお手本みたいな返しすんじゃん。それに比べて何も言えず無言の俺。やっぱ泡瀬いてくれてよかったわ。
彼女はくりくりとした目を細めて「よかった」と肩を撫で下ろした。か、可愛い。
「つーかみょうじ来たばっかで悪いんだけどさ、俺ブラキン先生に呼び出されてんだわ。」
「は?」
彼女に見惚れていたら突然泡瀬がとんでもないことを言い出した。おい、そんな話聞いてないぞ。
「え、そうなの?だったら早く行かないと。ごめんね足止めしちゃって。」
「時間までには間に合うから気にすんなって。そんじゃまたな。何時に終わるかわかんねえから多分こっち戻って来ねえわ。後は二人で楽しめよ。」
「ちょ、おい……!」
意味深な視線を俺に向けてさっさと教室を出ていく泡瀬。呆然と立ち尽くす俺をよそに彼女は「またね」と手を振っていた。嘘だろ。このあとどうしろっていうんだ。
ブラキン先生に呼び出されたなんて絶対作り話だし。スパルタにも程があるだろ。友人によって無理矢理生み出された二人きりの空間に軽く眩暈がする。
何も会話が思いつかなくて完全に詰んだと思っていたら彼女はあるものに興味がわいたらしく顔を綻ばせた。
「あ、これが回原くんのカメラ?」
机の上のカメラに気づいた彼女はキラキラとした目で俺を見上げた。それだけで心臓を鷲掴みにされた気持ちになる。胸が苦しい。
「あ、ああ。今日はその、来てくれてありがとう。」
なんとか返せた。彼女だけに喋らせるわけにはいかない。泡瀬がくれたほとんどピンチと言えるこのチャンス、ものにしないと後悔する。
「こちらこそ誘ってくれてありがとう。普段知ってるところで改めて写真撮るとかワクワクするね。」
「……そう思ってもらえてるなら、嬉しい。」
ワクワク、してくれてたのか。やべ、にやける。
「じゃあ早速……撮っていこう。教室とか廊下とか。みょうじさんが撮りたい場所があるなら、そこも。」
「ふふ、ちょっと緊張するね。」
こうして俺は意外にもスムーズに写真を撮り始めた。いやそれでも最初は手震えるけど。
カメラを構えると彼女がこちらに向かって笑いかける。やばい、可愛い。今この表情俺が独り占めしてんのか。何かすげえ優越感。幸せ過ぎる。
「……可愛い。」
「え、う、ほんとでしょうか。」
「ほら。」
撮った写真を画面に映すと彼女は「わあ」と感嘆の声を漏らした。
「なんか、すごくいい写真。カメラマンさんの腕がいいんだね。」
そう言って悪戯っ子のような視線を俺に向けるみょうじさん。彼女に聞こえていないか心配になるくらい心臓は高鳴りっぱなしだ。
「じゃ、じゃあちょっと移動しようか。」
「うん、どこでもついて行くよ。」
ゆるゆるの口元を手で隠しながら二人であちこち回った。何気なくいつも使っている廊下、階段の通り場、自動販売機の前。誰もいない校舎は一見寂しくて無機質なのに、彼女がそこにいるだけで華やかで幻想的な雰囲気になる。
「回原くんお休みの日はトレーニング以外で何やってる?」
「そうだな……泡瀬たちとスマブラが多いかも。」
「ふふ、A組男子と変わんないね。」
自然な表情を撮るためにカメラを向けてる間も雑談してくれるよう彼女にお願いした。するとポンポン質問が飛んできてしかも俺の答えを広げてくれる。前から思ってたけどコミュ力高いな。おかげで緊張せずに話せるようになってきたぞ。
「みょうじさんは休日何してんの?」
「うーん、響香の部屋にいることが多いかな。」
「響香……あ、耳郎さん?」
「そうそう。部屋の中にたくさん楽器があって楽しいんだよ。」
「歌も上手くて楽器もできるんだ。」
「そうなの!たまに歌ってくれるんだけど本当に耳が幸せで……。」
耳郎さんのことを語る彼女にすかさずシャッターを切る。うん、いい顔してる。よく一緒にいるところは見かけてたけど本当に仲良いんだな。今日撮った中で一番いい表情だ。
あらかた撮り終わって次で最後にしようかということになった。俺にとっては一瞬の幸せだったけど時間はそれなりに経っていたようで窓から夕陽が差し込んでいる。
「もう一回A組の教室で撮りたいかも。」
「じゃあそうしよう。夕陽バックならすげえ綺麗に撮れると思う。」
一緒にA組の教室へと入って彼女に窓際に移動してもらう。カメラを構えてどのアングルで撮ろうか思案していると、不意に彼女が窓の外を見て何かに気づいた。
「……っ!」
その瞬間、俺はほとんど無意識にシャッターを押していた。レンズ越しに見えた彼女の表情。それはさっき耳郎さんのことを自慢していた顔とも今日一日朗らかに笑いかけてくれていた顔とも違う、俺の知らないみょうじさん。
嬉しそうで、でも少しだけ恥ずかしそうで、その瞳に熱のこもった切なげな顔。彼女が小さく手を振った相手が誰なのか、一瞬でわかってしまった。
「……撮影、終わったよ。」
「え、え!?もしかして今の撮ってた!?」
「ばっちり。見せてあげようか。」
「う、見たいような見たくないような……。」
彼女の視線がうろうろと彷徨う。最終的には好奇心が勝ったのか「見せてください……」と小さくお願いされ苦笑が漏れる。
「これ。今日一番の写真が撮れた。」
「……なるほど。」
彼女は頬を赤くさせてなぜか納得したように頷いた。
「こんな顔、してるんだ。」
ほとんど独り言のように呟いたみょうじさんの言葉を俺は聞き逃さなかった。困ったように笑っている彼女にどうしようもなく悔しさが募る。俺が相手じゃこの表情は引き出せなかった。
深いため息を吞み込んであくまで自然に話を続ける。ちょっと泣きそうなのは夕陽のせいってことにしとこう。
「写真、出来たら渡すから。」
「ほんと?嬉しい。」
彼女がにこりと口角を上げたのに俺もつられる。感情振り回されっぱなしなのにこの顔を見るだけでまあいいかと思えちゃうんだよなあ。
「回原くん、今日は本当にありがとね。すっごく楽しかった。」
屈託なく目じりを下げる彼女は以前よりも晴れ晴れとしているように感じた。気のせいかもだけど、なんか迷いがなくなったような。まあ俺が彼女の何を知ってるんだと問われればそれまでなんだけど。
「俺も楽しかった。ありがとう、みょうじ。」
彼女が幸せならそれでいい。勇気を出して砕けた呼び方をしてみればみょうじはほんのり頬を染めた。よし、全く意識されてないわけじゃない。今はこれで充分だ。
さん付けじゃなくなっただけ一歩前進。瀬呂にとって俺なんか眼中にないだろうけど。二人の間に付け入る隙なんてないかもしれないけど。それでも諦めるにはまだ早い。
「あ、ねえもしよかったらなんだけど……最後一緒に撮らない?」
「え、いいの?」
彼女からの思ってもみない提案にセンチメンタルに沈んだ心が浮上する。俺はすぐさまセルフタイマーのボタンを押して彼女の隣に並び立った。
カシャリと音がして教室内は一瞬無音になる。机に置いたカメラを手に取り写真を確認すると二人とも嬉しそうに笑っていた。
「これもいい写真だね。」
「ああ、ほんとだな。」
カメラの中にはつかず離れずの距離感の俺たち。やっぱり瀬呂に向けるような特別な表情はしてくれてなかったけど、この写真があれば傷心中でもしばらく生きていられそうだ。
夕日が沈んですっかり暗くなってしまった空の下、俺たちは二人並んで寮に帰った。他愛もないような話をして、時折彼女と目が合うことにどきりとして。確実に落ち込んではいるはずなのに、以前では考えられないような夢の空間に胸が躍る。
何だか今日、ようやくスタートラインに立てた気がする。ライバルは多すぎる上に強力。それでも、俺だって本気だ。A組の連中に負けてられない。
寮に帰ったら泡瀬にお礼を言って意気込みを聞いてもらうとしよう。あとちょっとだけ愚痴も。友人の呆れ顔が浮かんできて俺はふっと笑みを零した。
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