第二次決戦
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吹きすさぶ風と共に炎が頬を掠める。辺りはすでに火の海でその中心には当然のように燈矢さんが立っていた。
かつてAFO敗北の地となったこの場所に平和の象徴として建てられたオールマイトの銅像。それを取り囲むように燈矢さんの絶望の青が渦巻き、背筋の凍りそうな熱の中に私たちを閉じ込める。倒壊するビルを遠くにぼんやり眺めながら白髪を隠さなくなった彼は静かに口を開いた。
「ただでさえ減ったヒーローがまた少なくなってく。脳無が現れて周りは火の海。ちょっと前のことなのに懐かしい光景だ。俺は保須のあの戦いを見て動き始めたんだ。」
虚ろに揺らいでいる瞳には一体何が映っているのか。答えを確かめたいと思っても生憎今考えている余裕はない。彼の炎に捕まったのは私と焦凍くんの他にエンデヴァーさんのサイドキックであるバーニンさん・キドウさん・オニマーさん。飯田くんや他のプロヒーローとは分断されてしまって連携が取れない。つまりここは私たちでどうにかする以外道は残されてないってことだ。
「ああ……ごめんな?自分語りしちまって。また俺を見てくれなくってよ。テンション下がっちまってさ。三男と親友の娘、それに側近3人。これが俺に対する答えかってさ。」
両足から個性を放出し爆炎と共に燈矢さんが空中へと浮き上がる。激しくなる熱風はびりびりと肌を焦がすようで私は奥歯を噛みしめ拳に力を込めた。
「キドウ、トルネードお前らは下がってろ!耐熱効果がある身体じゃねぇだろ!」
苛烈さが増してきた状況で咄嗟にオニマーさんが盾になってくれたけど私とキドウさんは首を横に振る。例え高温に耐えうる能力を持っていなかったとしてもお荷物になる気は毛頭ない。こんな時こそとしっかり口角を上げればキドウさんも私と同じ目をして真っ直ぐ敵を見据えていた。
「大丈夫だ、俺はあらゆるモノの軌道を変える。周囲の空気の軌道を逸らしてりゃ何ともねぇ、いつもの事さ。」
「私も問題ないです。炎との間に空気の層挟んでおけばしばらく戦えます!」
私たちの頑なな返事にオニマーさんがやれやれと肩を竦める。確かにこの炎の中突っ込んでいくのは怖いけどヒーローは一芸じゃ務まらない。緻密な空気操作に集中していればさっきの言葉通り炎の軌道を逸らしていたキドウさんに「やるな」と褒められ俄然やる気に満ちてきた。
「冷徹に合理的に。もう10年だ、ずっとそうやってきた。いつも通り、俺はあのおっさんの指示に応えたいから応える。」
戦う意思を口にして腕を構えるキドウさんからは信念のようなものが感じられて胸の奥が熱くなる。エンデヴァーさんの許されざる過去を知って尚彼の元から去らなかったサイドキックの皆さん。きっと彼らも複雑な心境だっただろう。その背中を追い続けていいのか不安だっただろう。
それでも、彼らの信じてるエンデヴァーさんは彼らの中だけにある。来る日も来る日も市民のために戦ってきたNo.1の姿が、ずっと側で見てきた彼らの目に焼きついて離れない。これが、これこそがエンデヴァーさんが紡いできた希望なんだ。
「あの加齢臭の家庭事情がクソでもなんでもこれまでの働きに嘘はなかった!今もな!その脇臭が君らに託した!私たちは君らを全力でサポートする!」
それがエンデヴァー事務所の総意かのようにバーニンさんが私たちへと叫んだ。その言葉に、思いに、鼓舞されないわけがない。私たちは彼らの子供としてじゃなく、一人のヒーローとしてこの場を任された。
「ありがとうございますバーニン……‼」
「っ全力でやらせていただきます……!」
泣くのはまだ早い。きゅっと唇を結んで彼女の声に頷くとバーニンさんは「礼はいらない、エネルギーのムダ」と言ってケラケラ笑った。この窮地で笑顔を見せられるヒーローがどれだけ強いか。私も負けてなんていられない。
エンデヴァーさんが勝ち取ってきた信頼を、生きた証を、決して無駄にはしない。手と手を取り合う親子の未来を絶対に諦めない。
「燈矢……荼毘……勘違いするな、俺は言われたからここに立ってるわけじゃねぇ。俺自身がおまえを止めたいと思ったから立ってるんだ。」
荒れ狂う炎の中で焦凍くんがはっきりとした口調で燈矢さんを睨みつけた。まるで死神のように私たちの頭上に君臨している彼は自身の熱で肌が焼け爛れていくのを気にも留めず焦凍くんを煽り始める。
「それってお父さんの思い通りのコマってことじゃん。」
「おまえを無視してヒーローを続けるってンなら、そうなる。」
他人と距離を置きエンデヴァーさんを負かすことだけを考えていたいつかの焦凍くん。そしてエンデヴァーさんを苦しめるだけ苦しめてその全てを奪いたい燈矢さん。憎悪で心を塗りつぶされてしまったという点ではきっと二人は同じだった。
でも今は、今の焦凍くんは違う。彼は雄英に入って自分とも過去とも向き合った。彼の歩み寄る努力のおかげでエンデヴァーさんも自身の過ちを認めた。彼らはもう逃げない。誰のこともなかったことになんてしない。そして、私も。
だから燈矢さん。今度こそ腹を割って正面から家族とぶつかり合って。お互いの気持ちを見てみぬ振りせず一緒に前へ進めたら、って。そう願ってしまうのは私の都合の良い我が儘なんだろうか。
「そうだよなぁ……。結局この戦争は人対人だ。誰かの命令で物言わぬ兵隊が動いたわけじゃねぇ。各人の思いが、一つ一つ暴発していった結果だ。」
世間話でもするかのように燈矢さんが会話を続ける。体のあちこちから煙が漏れ出てきているというのにその声色はどこか朗らかでこれ程の熱さの中身震いしてしまいそうだった。
「環境を変えたい、壊したい。黙認されあちこちに……蓄積されてきた歪み。超次元社会の限界、それが俺……俺たちだ。」
ヒーローは他人をたすける為に家族を傷つける。あの日死柄木弔が放った悲痛な叫びが脳裏に蘇る。この家から、環境から、社会から逃げ出したいと縋った彼らの手を取るヒーローは不幸なことに今の今までいなかった。そしてこの世界に見放されたと感じた彼らはついに互いで手を取り合った。そう、これこそが惨劇の始まり。私たちヒーローが目を背けてはならない、変えようのない痛ましい現実。
「……生きてたなら、何で帰ってこなかった……!」
異様な膠着状態に業を煮やした焦凍くんが弟として核心に迫った。轟家の崩壊を加速させた燈矢さんの死。それが偽りだとわかった今、聞きたいことはみんな同じだ。
彼は今日まで一体どこで何をして生きてきたのか。それが判明すればもしかしたら、父が私にしていたことを燈矢さんが知っていた理由も明らかになるかもしれない。
「知りたいか?じゃあ、教えてやる。腐っても兄ちゃんだしな。俺が荼毘になった経緯……最高傑作以上の熱を絶やすこと無く生きてこられた理由を。」
文字通り身を焦がしながら燈矢さんがにんまりと笑う。その悍ましい笑顔の奥には計り知れないほどの恨みつらみが籠っていて思わず小さく喉を鳴らした。
未だごうごうと燃え盛っている炎。どす黒い雲が空を覆い始めていることに、この時はまだ気づいていなかった。
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