内通者
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次の日の朝根津校長からアナウンスがあった。あと4日後には死柄木が動き出す。それに伴って私たちA組は緑谷くんと共に雄英を去る、と。
「皆さん、ありがとうございました!」
集まってくれた避難者の方々に全員で深く頭を下げる。突然事態が動いたことに市民の人たちは不安を隠し切れていない様子だった。
「兄ちゃん!ここを出るって本当!?」
心配そうな瞳で駆け寄ってきたのは洸汰くん。そんな彼を安心させるため、緑谷くんはにっこりと笑って頷いた。
「うん。泥を払う暇はもう十分にいただきました。」
無理を言ってA組全員をここに置いてもらったこと。私たちの我が儘を許してもらったこと。どれほど感謝しても足りないくらいだ。この恩を返すためにも彼らの命をこれ以上危険に晒したくはない。誰もが安全に外を歩けるようになってからまた、お礼をするために雄英に戻ってくるんだ。
その後私たちには別れを惜しむ時間が与えられた。みんなが親御さんに顔を見せに行く中目線を下に向けている緑谷くんを見つける。彼と一緒にいたのは洸汰くんとエリちゃんだった。私が近づいていくと二人はすぐに気づいてくれ、真っ直ぐこっちに走ってきてぎゅっと服の袖を掴んだ。
「あ、の。なまえさん……また、会える?」
こちらを見上げるエリちゃんの目は潤んでいた。こんなに可愛くて優しい子に悲しい涙を流させるわけにはいかない。私はエリちゃんと視線が合うようその場に屈みそっと彼女の髪を撫でた。
「もちろんだよ。心配しないで待っててね。」
いつものように小指を差し出すとエリちゃんはふにゃりと表情を緩めて自分の小指を絡めてくれた。この約束だけは破っちゃいけない。大丈夫。この子からもう誰のことも奪わせはしない。絶対に無事で戻ってくるんだと改めて身が引き締まる。
「緑谷兄ちゃんもみょうじ姉ちゃんも、無理しないで。けど、勝って……勝ってほしい……!」
「まかせて。私魔法使いだから、洸汰くんの願い何でも叶えちゃうよ。」
悪戯っぽく口角を上げると洸汰くんはぽかんと首を傾げていた。事情を知ってるエリちゃんと目が合ってくすりと笑い合う。
私、やっぱり守りたい。温かいみんなを。柔らかな時間を。洸汰くんとエリちゃんを前に、ヒーローとしての覚悟はさらに大きくなった。
「……ありがとう。」
決戦前に声を掛けてくれて。こんなにも好きでいてくれて。色んな気持ちを込めてお礼を言えば二人は嬉しそうに頬を赤らめた。
あともう少しで出発の時間だ。私はエリちゃんたちとの挨拶を済ませ、きょろきょろと辺りを見回してもう一人大事な人の姿を探した。
きっと一番私のことを気にかけてくれてる人。ようやく見つけ出して目が合うと彼女は控えめに手を振った。
「……気をつけてね。」
傍まで走っていくと彼女は私の顔をじっと見つめ声を詰まらせた。切なげなその笑顔にたまらなくなって勢いよく小さな背中に腕を回す。
「っお母さん……!ちゃんと、帰ってくるから。」
いつも通り送り出して二度と会えなかった、なんて。そんな悲しみ二度も味わってほしくない。勝って無事を報告することこそが私の出来る最大限の親孝行だ。
「行ってきます。」
「……ええ、行ってらっしゃい。」
ぐっと涙を呑み込んで明るく笑って見せる。私の迷いのない瞳を感じ取ったのかお母さんもふわりと目を細めた。それじゃあ、と門の方に足を進めようとして止まる。私は衝動に突き動かされるようにもう一度彼女の方を振り返った。
「あ、あのねお母さん。また雄英に戻ってきたらその……紹介したい人がいるの。」
「紹介したい人?」
少しでも安心させたかったっていうのもあるかもしれない。何か約束を取りつけていればそれを糧に生きられるんじゃないかって勝手な考えが頭に浮かんだ。
思えば一度だって母に恋愛相談なんてしたことはなかった。まさかこんな風に好きな人のことを話す日が来るなんて。
お母さんは驚きながらも嬉しそうに頬を緩めた。私が言ってるのが単なる友だちじゃないと伝わったのだろう。何だかむず痒くなって熱い顔を隠すように視線を逸らす。
「この中にいらっしゃるの?」
「うん、あの。そうなんだけどね、えっと「俺は今紹介してもらっても大丈夫だけど。」
急に後ろから声が聞こえてあり得ないほど肩が跳ねた。いやちょっと待って。恐る恐るそちらを見ると営業スマイルの瀬呂くん。どうやら私たちの会話は彼に筒抜けだったらしく私の横に並び立った瀬呂くんはぺこりと頭を下げた。
「ちょっと前からなまえさんとお付き合いさせて頂いてる瀬呂範太です。どのくらいお嬢さんの歯止め役になれるかわかりませんが死なせるつもりも怪我させるつもりも全くないのでご安心を。」
「あら……ご丁寧にどうも。」
瀬呂くんの対応が爽やかすぎてすでに母が虜になっている。誠実な挨拶をした彼の印象は初対面だというのに最高を記録したんだろう。何故か二人が和やかな雰囲気になってる中私だけ真っ赤になって頭を抱えていた。
「とても良い方ね。範太くんにならなまえを任せられるわ。娘をどうぞよろしくお願いします。」
「いえいえこちらこそ。」
「な、何これ……。」
お互いぺこぺこし合っている母と瀬呂くん。彼氏と親の関係が良好なのは良いことだけど展開が急すぎてついていけない。というか私より先にお母さんの方が下の名前で呼んでるのってどうなんだろう。
「それじゃあもう時間なんで失礼させてもらいます。」
「ええ、あなたも気をつけてね。」
「はい、ありがとうございます。」
二人の自然なやり取りに少々複雑な感情になりながらも再び私も行ってきますと手を振る。A組のみんなが集合しているところに向かって歩き出すと瀬呂くんが可笑しそうに私の頭を撫でた。
「挨拶済ませられてよかったな。お母さんすげーいい人だし。」
「あの、本当に心臓に悪いからやめてください……。」
「はは、照れてる。」
「照れるよ!」
もう!と口を尖らせれば「可愛い」と甘い響きが返ってくる。心が重くなりそうな場面でも彼と一緒だったらいつの間にかいつも通りになってるんだよなあ。それこそ本物の魔法みたいに。相変わらず私の扱いが上手い瀬呂くんはもうさすがとしか言いようがない。
二人揃って走ってきた私たちを女の子たちがにやにやと出迎える。三奈ちゃんや透ちゃんからの攻撃を何とか躱しながらスナイプ先生の「行くぞ」という呼びかけを聞いた。
高く聳え立つ雄英の門が開く。大切な人を悲しませないため、みんなとまた笑い合うため。それぞれの思いを抱えて私たちは新しい家を目指した。