内通者
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二人で共同スペースに入るとコスチューム姿の彼の登場にみんなが沸いた。
「心操――――ッ‼コスかっけ――――‼」
そうでしょうと何故か隣の私がにんまりする。黒で統一された忍者の様な戦闘服。首元には捕縛布が巻かれ顔にはペルソナコードが装着されている。どう考えても消太くんに影響を受けているであろうその格好を初めて見た時は私もテンションが上がったものだ。
「つーか何でみょうじが一緒にいんの?」
「サポート科からの帰りに偶然会いまして……。」
上鳴くんからの疑問に答えればやれやれとため息を吐いていたのは隣の瀬呂くんだった。彼を心配させるようなことは何もしてないと思うんだけどほんの少し気まずくて冷や汗が出る。
部屋の中を見回すと集まっていたのはA組のみんなと校長先生とオールマイトと塚内さん。二次決戦開始の秘密兵器として紹介された心操くんに梅雨ちゃんが素直な感想を述べた。
「作戦聞いた時驚いたわ。だって対抗戦のときは……喋らせる事、できなかったハズよ。」
そう、AFOを誘き出すために今回消太くんが提案した計画。それは心操くんが個性を使って青山くん一家を洗脳するというものだった。梅雨ちゃんからの指摘を受け、彼は眉を下げながら苦笑した。
「……まいっちゃうよな。4月になったらヒーロー科編入してみんなと競い合ってくと思ってた。その為に個性伸ばし訓練続けてきたのに、まさか進級留め置きなんてさ。」
群訝・蛇腔戦の前にはすでに彼は洗脳した相手を喋らせられるようになっていた。きっとあの戦いが終わったあとも一人で時間を見つけて努力を重ねてきたんだろう。一体心操くんが今どれだけ強くなってるのか。想像するだけでわくわくする。
自分に厳しい彼だからこそ掴み取れた活躍のチャンス。心操くんの個性は間違いなく私たちを勝利へと導くための希望の一手になる。彼は拳を握って不敵に口角を上げた。
「行けるぜ。俺が青山と両親を操って喋らせれば、そこに俺の意思も彼らの感情も介入しない。」
心操くんの頼もしさに再びみんなが騒がしくなる。すごいすごいと口々に漏らすみんながまるで彼をクラスメイトとして受け入れてるみたいでじんわり胸が熱くなった。
「相澤くんが鍛えてくれていた。」
『やっぱ凄いや相澤先生―――‼』
「ちなみに心操くんには仮免許はまだないが非常事態に目良委員長代理から許可を得た。」
校長先生と塚内さんからの補足にA組全員で我らが担任を褒め称える。消太くん本当にぬかりないよなあ。ここにはいない彼のことを思ってしみじみしていたけれどそんな場合じゃない。みんなが歓迎ムード一色で盛り上がっている中最初に冷静さを取り戻したのは常闇くんだった。
「しかし……問題はここからでは?誘き出して一網打尽に?可能だと?数が減ったとは言え……その場に大量のヒーローが待ち伏せていればそれこそバレてしまう。」
もっともな意見に緊張が走る。恐らくAFOのサーチ個性は生きている。だとすればどこか近くに身を隠して待機というのは100%不可能だろう。
「その場にいなければいい。」
どうしたものかと頭を悩ませていると常闇くんの鋭い推察にシンプルな答えを出したのはオールマイトだった。「もう一度はじめから説明しよう」と元No.1が改めて私たちに向き合う。彼の言葉を一つも聞き漏らさないよう、誰もが黙って耳を傾けていた。
私が心操くんと部屋に入ってくる前まで内容を遡ると、まず私たちの捜索は空振りに終わらなければならない。狡猾な臆病者を引きずり出すためにはその心をゆっくり解きほぐす必要があるらしい。私たちが悪手を取り続けているというフリが作戦には不可欠なのだ。
恐らくAFOはサーチ個性を使ってこちらの動向を逐一把握しているはず。それを逆手に取って緑谷くんが雄英に戻り戦力が揃った今でも私たちは足踏みしていると奴に勘違いさせるのだ。連合の行方は一向に掴めずヒーローは日に日に焦燥と疲弊を重ねている。そして全ては自分の思惑通りに進んでいるとしっかり錯覚してもらう。私たちが奴らを無駄に探し回ることこそが消太くん発案の"青山くんを使ってAFOを任意の場所に誘き出そう作戦"の成功率を上げる鍵となる。
何と言ってもこの計画の肝となるのは心操くん。青山くん一家が嘘をついているとばれれば確実に奴に殺されてしまう。だから彼の個性・洗脳を使って本人たちの感情や意思を消し嘘偽りのない言葉でAFOの疑念を取り除く。
青山くんのご両親によるとAFOとの連絡は音声通信のみで文面でのやり取りはゼロ。恐らくたった一度の通話をクリアできればこの作戦は達成できる。そして奴が安心して指定の場所に現れた瞬間待機していたヒーローたちが一網打尽。だけどそう、やっぱりここが一番の問題。再び話が元に戻ってきたところで最初に手を挙げたのは障子くんだった。
「その場にいなければいい……とは?」
オールマイトの意味深な発言を受けて他のみんなもうんうんと頷く。サーチが反応しない程遠くにいたらその場に到着する頃には確実に逃げられているだろう。それではあまりに遅すぎるしそもそも作戦が台無しになってしまう。
「黒霧みてぇにワープ使える奴がいりゃいいけど今んとこヒーローサイドにはいなさそうだしなぁ。」
「無理矢理あのクソ靄に個性使わせりゃいいだろ。」
「倫理的に問題あるって……。」
考え込んでしまった切島くんにすかさず爆豪くんがめちゃくちゃな意見を返し響香に呆れられていた。
今は拘束されている黒霧。元になったのは朧くんと言えど意識はほぼ脳無になってしまってるわけだし協力は望めないだろう。爆豪くんの強制的に個性を使用させる案は論外だしそれこそ同じようにワープ個性が使える人がいない限り作戦決行は難しい。と、思うんだけど……あれ?
「……あっ!?」
「わ、どうしたん?」
思わず声が出てしまいお茶子ちゃんが不思議そうにこちらを覗きこんだ。えっと、待って。同じようにワープ個性が使える人、いるかもしれない。正しくはワープ個性が使える可能性がある人、だけど。
「気がついたかい、みょうじ少女。」
オールマイトと視線がぶつかる。私の頭に浮かんだのはあまりに大胆な考えで。けれど彼の真剣な目がそれは間違いじゃないと告げていた。
「はい……でも、スカだったら。」
「いいや、彼はもうすでにその個性をモノにし始めているよ。」
オールマイトからの返事にとてつもなく高揚してしまう自分がいた。すごい。本当にすごい。彼はいつも自嘲気味に自分は脇役の個性だと言っていた。君みたいな強個性の人間にはわからないと怒られたこともある。そんな彼が、彼の個性が。恐らく今回最も重要な役割を担う。
「え、何どういうこと?」
訳が分からないといった顔で上鳴くんが私とオールマイトを交互に見た。クラスみんなの視線が集まる中、私は自分の気づいた可能性を口にしながら勝気に笑った。
「一人だけいるでしょ。誰かの個性をコピーして、自分の個性に出来る人。」
私の言葉にその場の全員が目を見開く。私たちが揃って思い浮かべたのは対抗心剥き出しで高笑いしている物間くんの姿だった。
きっと彼なら今の不安要素を全て埋めてくれる。物間くんのおかげでヒーローたちは遠距離の移動が可能になり青山くん一家の安全も保障できる。それだけじゃない。失ってしまった消太くんの片目。以前より弱まってしまった末梢の力を、物間くんだけが補うことができる。
まさしく彼は、この作戦の主役だ。
「何か……いけそーじゃん……!?」
「峰田少年、いけそうではない。今度こそ終わらせるんだ。必ず。」
オールマイトが長年の宿敵を見据える。私たちは大きな返事をして、その後細かい配置や動きを確認した。
泥を払う暇はもうたくさんもらった。私たちがここにいることを許してくれた人たちの日常を取り戻すためにも、絶対に負けるわけにはいかない。
いよいよタイムリミットだ。翌日に備えて荷物をまとめながら、みんなと一緒に進級できますようにと明るい未来へ祈りを込めた。