内通者
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「ね、眠い……。」
夜遅く、連合の捜索から一時帰還しみんなは寮へと戻っていった。私はというと疲労と眠気に襲われながらも少しだけ別行動。決戦に備えてやるべきことを済ませておこうと彼女の元へと向かっている。
本当は緑谷くんと飯田くんと同じタイミングで行った方が良かったんだろうけどあの時はどうしても青山くんのことで頭がいっぱいで。切り替え下手な自分を深く反省しながらしっかりしろと両頬を叩いた。
長くて真っ暗な廊下の先にはまだ明かりが灯っている部屋が一つ。中に人の気配があるのを確認して「失礼します」とドアを開けた。
「あれ、珍しい来客ですね!」
サポート科を訪ねて最初に目に入ってきたのはパンを咥えている発目さん。もぐもぐと口を動かしながら今日も今日とてベイビーの開発に勤しんでいる。
「久しぶりだね。それ夜食?」
「いえ晩ごはんです!これ1個であと5時間は働けます!」
「ちゃんと食べなよ……。」
相変わらず機械のこと以外には無頓着だ。それが彼女のすごいところではあるんだけどどうか体調崩さないよう気をつけてほしい。
「ところでどうされたんですか?あなたも緑谷くんたちのように私に依頼を?」
「あ、うん。ちょっと次の戦いまでに欲しいものがあって。それを発目さんにお願いできないかなって。」
当然の質問をぶつけられここに来た経緯を説明する。彼女は聞いているのかいないのか。生返事のように時々ふんふんと頷いては「そうなんですね!」と適当な相槌を打っていた。雑な態度にもしかしなくても作業の邪魔だろうかと不安になったけれど必要なことなのでとりあえず最後まで話を続ける。
圧縮訓練のおかげで風に加えて雨まで自由に操れるようになってきた。けれどその際どうしても困ってしまうことが出てきてしまった。
相手の頭上に飛んでいき下に向かって雨を降らせるとなると雲で敵の動きが見えなくなる。だから相手を視認できるよう自分の頭上に雲を作るのが恐らく一番効果的な戦い方。だけどそれだとあまりに強い豪雨の中自分まで息ができなくなる可能性がある。もし敵を足止めできたとしても最悪共倒れになってしまう。それだけは避けたい。
「つまり防水の酸素マスクのようなものを作ってほしいと。」
「そうなの。忙しいのは重々承知してるんだけど……。」
つらつらと構想を述べていると自分の手元から全く視線を逸らさなかった発目さんがこちらに何かを投げてきた。慌てて受け取るとそこにはレイ子ちゃんが戦闘の時につけているようなマスク型のサポートアイテム。色は私のコスチュームに合わせた薄水色だ。
「部品があったので話聞きながら作りました!」
「今この短時間で!?」
聞いてくれてるかどうかも怪しいと思ってたのに。もはや早業とかいう次元じゃない。彼女の圧倒的な手際の良さに面食らいながらもとにかくそれを口元に装着してみた。
「あ、ここがスイッチになってるんだ。」
「はい、酸素の量には限界がありますから使いどころは考えて下さい。一応予備の酸素もお渡ししておきますが無駄にしないようお願いしますね!」
そう言って彼女が渡してくれたのは試験管サイズのコンパクトな酸素ボンベ。1本につき1時間は息がもつらしい。軽く説明しただけなのにまさかここまで考えてくれてるなんて。本当、発目さんのベイビーにかける熱意には頭が上がらない。
「ありがとう……!大事に使わせてもらうね。」
「礼には及びません!これが私たちサポート科のヒーロー活動ですから。」
別の部品を手に取りながらにっと口角を上げる発目さん。その横顔は勇ましく気高いヒーローそのものだった。
そうだ、戦ってるのは私たちだけじゃない。一人一人が自分にできることを全力でやってるんだ。誰が欠けても成り立たない。こんな風に彼女たちが支えてくれてるからこそ私たちは目の前の戦いに集中できる。
「本当にありがとう。」
もう一度彼女に向かってお礼を言ったけれどすでに私の声は届いていなかった。今発目さんの意識は完全に可愛いベイビーに向けられてしまっている。うーん、見習うべき集中力。
彼女の邪魔をしないようにそっと扉を閉めサポート科を後にする。手に握っている新しい装備に一層気合いが入り、寮へと戻る足に力がこもった。
「……あれ。」
玄関の手前まで来ると見覚えのある紫色。名前を呼べば黒ずくめの彼がゆっくりとこちらを振り返った。
「みょうじ。まだ帰ってなかったの。」
「うん、ちょっとサポート科に用があって。心操くんはどうしたの?」
「例の件で呼ばれたんだよ。オールマイトが話があるからって。」
「え、それじゃあ……!」
オールマイトからの話というのは十中八九第二次決戦の最終プランについてで。そこに心操くんが来たということは、一度はAFOにその身を預けてしまった彼が私たちの手を取ってくれたっていう何よりの証拠だった。嬉しさのあまり勢いよく顔を上げると心操くんはふわりと表情を緩めた。
「ああ。青山、引き受けてくれるみたいだな。」
「……っよかった……!」
肩の力が抜けて視界が涙で滲んでくる。青山くんが私たちの思いに応えてくれた。まだ戦う意思を持っていてくれた。きっとこの上ない恐怖を抱えているはずなのに。彼が自分の運命に抗おうとしていることにたまらないほど胸がいっぱいになる。
ぐすっと鼻をすすった私に心操くんは笑いながら肩を竦めた。彼の温かい手が私の腕を引き寮への扉ががちゃりと開く。
「泣くのはまだ早いって。ほら、中入ろう。」
部屋からは明るい光が差し込んでいる。まるでそれは私たちの行く先を照らしてくれているかのようだった。
A組はまだ一つになれる。全員で、敵に立ち向かっていける。青山くんの勇気を決して無駄にはしない。身の引き締まる思いで心操くんのあとに続いて室内へと足を踏み入れる。
第二次決戦。何がどうなるかなんてわからないけれどこれだけは確かだ。私たちは絶対に負けない。強い決意を胸に目尻の涙を拭う。
長い戦いを終わらせるための作戦会議が今まさに行われている。揃って靴を脱いだ私たちは後れを取るわけにはいかないと急いでみんなの輪の中に加わった。