全面戦争
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「こちら奪われたお鞄です。」
「あっありがとう……!」
「ぼーっと歩いてっからつけこまれんだ。今後はもっと気をつけるこったな。」
「これは彼なりの心配なので気にしないでください。」
「いちいち俺に解説入れんな‼」
今日はエンデヴァーさんのところでインターン。爆豪くんとのパトロール中、ひったくり犯が男性の荷物を奪うところに遭遇したため一瞬で確保させてもらった。この頃私含め四人の動きが格段に速くなってる。10件のうち1件くらいはエンデヴァーさんより先に現場に駆けつけられるようになった。それでもNo.1に比べたらまだまだなんだけど。
「警察の人が来るまでとりあえず待機だね。焦凍くんたちに合流の連絡してもらってもいい?」
焦凍くんと緑谷くんは別ルートで見まわりをしている。もちろん息子ラブのエンデヴァーさん同行で。エンデヴァーさんが轟家から去ることを決断したと聞いた時はどうなってしまうんだろうと思ったけど、案外親子の距離感は変わってない。
「連絡先知らねえ。てめーでやれ。」
「え、1Aのグループトーク見たらわかるじゃん。」
反論しても知らん顔。スマホを取り出そうともしない。緑谷くんに対しては心境の変化があったのかもだけど焦凍くんとの関係は相変わらずだなあ。仕方ない。犯人拘束しながら電話するのちょっと大変だけど私がやるしかないか。
「もしもし。」
「あ、焦凍くん?そっちはどんな感じ?」
「特に問題ない。なまえの方はなんかあったか?」
「うん、一人ひったくり犯捕まえたからエンデヴァーさんと一緒にこっち来てほしいなと思って。」
「分かった、すぐ行く。」
通話終了ボタンを押しちらりと横の彼を見る。爆豪くんは街に異常がないか注意深く観察しているようだった。職場体験の時は平和すぎる状況に悪態を吐いてた彼だけど、インターンを通してその平和の裏側に何かが潜んでいるかもしれないということを学んだらしい。本当に成長著しいなあ。負けてられない。
パトカーのサイレンが響いて警察の人がこちらに向かってくることがわかる。それと同時にエンデヴァーさん達も空から下りてきた。
「ひったくり犯というのはこいつか。よくやった。」
「わざわざ来ていただいちゃってすみません。」
「構わん。」
到着した警察官に犯人の身柄を引き渡す。敵を捕まえるたびにエンデヴァーさん呼ぶのも忍びないんだけど、さすがにまだ仮免の身だから単独での事務処理はできないんだよね。サイドキックさんもなんだか忙しそうで人員割けないし。
「みょうじさんもかっちゃんもすごいや。僕たち今日はまだ一回も現場に遭遇できてないよ。」
「ハッ、クソ雑魚ども。」
「平和なのは良いことでしょ。」
あれ、このツッコミ前もした気がする。ついさっきまで成長著しいと思ってたのに根本の性格はあんまり変わってないのね。
「……どうした。」
思わず吹き出すと焦凍くんに怪訝な視線を向けられてしまった。爆豪くんは意図が伝わったのか眉間に皺を寄せてこちらを睨んでる。怖い。
「あ、いや思い出し笑い。」
「気持ち悪ィ。」
「ひどすぎない?」
恐らく爆豪くんも職場体験での出来事が頭に浮かんだのだろう。若干不機嫌そうに顔を歪めてふいと視線を逸らされた。
爆豪くんのヒーロー名はいまだに聞けていない。それはつまりベストジーニストさんがずっと行方不明のままということで。私たちはその現状をどうすることもできないまま、ただ彼の無事を祈るだけ。あまりに歯痒い。
彼は今一体どこにいるのだろう。どうか、どうか元気でいてほしい。冬の曇り空を見上げて私は小さく息を吐いた。
夜も遅くなってようやくエンデヴァー事務所に帰ってきた。明日もインターンなので今日はお泊まり。先にお風呂に入ってからよろよろ食堂まで歩いていると向かいからエンデヴァーさんがやって来るのが見えた。
「お疲れ様です。」
「ああ。これから食事か。」
「はい。もうお腹ペコペコです。」
「たくさん食べろ。そうすればあいつのようになまえも強くなる。」
無意識だろうか。エンデヴァーさんは父の話をするときいつもやんわり目を細める。
日記を読んで、轟炎司という男は父が変わってしまった理由そのものだと判明した。だけど不思議とエンデヴァーさんに負の感情は湧いてこなかった。彼が間違った選択を取り続け家族と自らを追い詰め、それでも今変わろうとしていることを私は知っている。過ちを認めて償おうと努力している父親の姿というのは、私にとっては救いだった。
彼が私に父を重ねて見ているように、私もエンデヴァーさんに父を重ねて見ているのだ。家族のために模索しているエンデヴァーさんが、光となって心を照らしてくれる。彼らの行く末を見てみたいと思う。
以前は轟家を見てもただ苦しいだけだった。どんなに手を伸ばしても届かない未来に何度も胸が潰れそうになった。でも今は違う。
父の過去を知って、父を一人の人間として認識できるようになって。すっと心が楽になった。私にとって神にも似た存在を、目の前に立ちはだかる圧倒的脅威ではなく俯瞰して見られるようになった。これは、絶対に瀬呂くんのおかげ。
私一人で抱えていたらこんな考えにはならなかった。多分エンデヴァーさんのことも憎んでた。ただ父への反発心と憎悪が増していただけだったと思う。本当に感謝してもしきれない。瀬呂くんはずっと私のヒーローだ。
「……あの、エンデヴァーさんにとって父ってどんな人でした?」
いつの間にかポツリと零れていた言葉。冬休み中は怖くて聞けなかった、でもずっと聞いてみたかったこと。
「む、そうだな……。」
エンデヴァーさんは突然の質問に一瞬虚を突かれた顔をして、それから少し考え込んだ。内心ドキドキしながら返事を待っていると彼はとても穏やかに、ふ、と笑った。
「あいつは、とても強いやつだった。このエンデヴァーにも引けを取らぬほどにな。」
その笑顔だけで、充分だと思った。泣きそうになるのをぐっと堪える。
お父さん、エンデヴァーさんもちゃんとお父さんのことを大事に思ってくれてたんだよ。一方通行なんかじゃない。二人はお互いに唯一無二の親友だった。きっとあなたが彼の側に行けないと悩んでいる間も、エンデヴァーさんはとっくに横で肩を並べているつもりだったんだよ。二人が一緒に戦う姿を、私もヒーローとして間近で見てみたかった。
「……それ、聞いたら……お父さんすごく、喜ぶと思います。」
「そうか、直接言うのは……照れ臭いがな。」
エンデヴァーさんの大きな手がポンポンと頭を撫でる。私は彼の父への気持ちに応えようと必死で笑顔を作った。父に思いを馳せながら二人で笑い合う。
この場所にお父さんがいてくれたらどんなに良かっただろうか。叶うはずのない未来を想像して切なくなるくらいに、エンデヴァーさんは優しい目をしていた。
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