内通者
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「……なるほど。個性を与えてもらい……支配されるに至ったと……。」
事情を把握した塚内さんが淡々と事実を突きつける。視聴覚室の中には警察の他に雄英教師陣、そしてA組生徒が集まっていた。私たちの目の前には拘束されたまま椅子に座らされている青山くんとそのご両親。目を背けたくなるような現実にさっきからずっと呼吸が浅い。
「付与は約10年前か……。今無事という事はナガンの様な裏切ったら爆発する仕掛けは無いようだが……。」
爆発と聞いて思わず口許を抑えた。もしかしたら私たちが青山くんを捕らえた時点で彼は死んでいたかもしれない。その可能性に今さら手が震えてくる。
「できれば……君たちは下がっていなさい。」
恐らく私たちクラスメイトを気遣っての校長先生の言葉。それに声を荒げたのは焦凍くんと上鳴くんだった。
「下がってられる、」
「道理がねェよ……‼」
周りを見ると三奈ちゃんや透ちゃんは涙を流していた。他のみんなも複雑な表情を浮かべながら青山くんをその目に捉えている。私はそっと透ちゃんに寄り添い、彼女の肩を抱いた。
「……葉隠さんとみょうじさんが見つけてなかったら……何するつもりだったんだ……‼」
「青山……‼嘘だって言えよ……‼」
尾白くんの問いかけも切島くんの彼を信じたいという気持ちも当然だった。私たちみんな、青山くんの正体を受け入れられずに呆然としていた。そんな中、緑谷くんの隣で静かに爆豪くんが呟いた。
「……てめェも元無個性だとは……世の中狭ぇな。」
緑谷くんはそれを聞きながらぐっと唇を噛んでいた。何かが一つ違えば今拘束されていたのは彼だったかもしれない。あまりの運命の残酷さに私も俯くしかなかった。
他のみんなが何を話しかけても青山くんは閉口したままだ。いつもみたいに元気に笑うことはなく、虚ろな瞳で頬を濡らしている。
「生憎まだ我々は秩序に生きようと跪いている。AFOについて知ってる事を洗いざらい喋ってもらう。」
冷酷にも思える塚内さんからの尋問。だけどAFOを捕まえるため、三人の命を救うために必要なことだ。青山くんのお父さんはカタカタと震えながら奴を思い浮かべた。
「知ってる事は……何もない。私たちはただ……頼まれたら実行するだけだ。失敗すれば殺される。嘘をついても……殺される。」
「どうやって?」
「……見せられた。そうした人間が処分される様を……。警察に逃げ込んだ者は……出所後に殺された……逃げられなかった……。どこにいても居場所がバレる……必ず……死に追いやられる……‼」
相手の弱みを握り強大な力を見せつけた上で恐怖で人を支配する。それがAFOのやり方だ。青山くん一家は幸せを求めた結果奴に縛られてしまった。奴は彼らの足を黒い沼の底に引きずり込んで離さない。卑劣な悪意に行き場のない怒りが込み上げてどうしようもなかった。
「言われた通りにしてどうなるか……優雅は知らなかった……‼ただ誰にも勘付かれてはいけないとだけ……‼悪いのは私たちだ……‼」
青山くんのお父さんはせめて息子だけでも助けようと必死に弁明する。あくまで青山くんは自分たちの意思に巻き込まれただけだと。彼は悪くないと。けれどその親心を一蹴したのは他でもない彼だった。
「自分が、殺していたかもしれない人たちと僕は、仲間の顔して笑い合った……。笑い合えてしまったんだよ。」
先程まで黙り込んでいた青山くんからようやく発せられた言葉。それは彼が彼自身を否定するものだった。青山くんはゆっくりと緑谷くんの方に視線を向け能面のように黒く塗りつぶされた目に溢れんばかりの涙を溜めていた。ずしりと鉛みたいに心が重くなる。
「同じ元無個性でAFOと戦う重圧を背負った彼を知って、自分のみじめさに絶望した。彼の心配より先に絶望した自分に……絶望したんだ。性根が……腐ってたんだよ……。青山優雅は、根っからの敵だったんだよ。」
ずっと一緒にヒーローを志してきた。共に笑って共に戦って。いつだって隣で試練を乗り越えてきた。それは何にも代えがたい事実だ。なのに青山くん本人がこの一年間を、彼の努力をなかったことにしてしまおうとしている。私は我慢できずにきっと顔を上げた
「そんな……そんなわけないでしょ……‼」
気づけば泣きながら大声で叫んでいた。拳をぎゅっと握っていた緑谷くんも私と全く同じ顔をして真っ向から青山くんに反論する。
「そうだよ……!じゃあ何で、合宿でかっちゃんと常闇くんを助けようとしたんだよ!あの夜のチーズは、AFOに言われてやったのかよ……!?違うだろ……!?」
合宿襲撃の夜、連合が黒霧のワープの中に消えようとしたところをネビルレーザーが貫いた。青山くんのあの一撃がなかったら常闇くんまで連れ去られていただろうしその後の結果も違っていたかもしれない。あれは間違いなく、ヒーロー青山優雅の勇気によって為し得た成果だった。
ナイトアイさんのことがあって緑谷くんが落ち込んでた時も黒鞭の暴発の時も、青山くんは彼を元気づけようとせっせと美味しいチーズを用意していた。友達を思う優しさも強さも全部彼が生まれ持っていた個性だ。それだけは例え青山くん自身にだろうと否定させはしない。
緑谷くんは思いのままに本音をぶつけた。
「あれは……僕が気づけなかった……‼SOSだったんだ……!だって、取り繕いもせずに泣いてるのは……AFOの言う通りに出来なかったからじゃあないだろう!?AFOに心を利用されても全ては明け渡さなかったヒーローを、僕は知ってる!心が圧し潰されただけだ‼罪を犯したら一生敵だなんて事はないんだ!」
彼の目の前に緑谷くんの手が差し出される。その瞬間青山くんの瞳に光が戻ったのを私は見逃さなかった。
「この手を握ってくれ青山くん!君はまだ、ヒーローになれるんだから‼」
誰かを救うための、真っ直ぐな言葉。躊躇なく踏み込んできてくれるその優しさ。ああ、やっぱり緑谷くんはすごい。
彼を見上げる青山くんの表情は明らかにさっきと違っていた。きっとまだやり直せる。そう確信して私も嗚咽を漏らす彼に歩み寄り、あの日のことを振り返った。
「……ねえ、青山くん。前に……自分じゃどうにもできない運命を恨んだりはしないのかって、聞いてくれたことあったよね。あの時、本当は青山くん自身が迷ってたんでしょう?これでいいのかってちゃんと……与えられた運命のことを考えてたんでしょう?ごめんね、気づけなくて。」
私があの夜もっと彼の話をちゃんと聞いていたら。浮かない顔を指摘していたら。青山くんは打ち明けてくれたかもしれない。何か力になれたかもしれない。だけどもう事は起こってしまった。だから、だからこそ。私たちは今の彼を諦めたくない。
「もう一度チャンスが欲しい。お願い、私たちの手を取って。それで、今まであなたの不安に気づけなかったことを償わせてほしい。一緒にまた……っヒーロー、やろう?」
緑谷くんと同じように彼の前に手を出した。何かを言おうと身を乗り出した青山くんに一瞬期待が膨らむ。けれどそんな私たちを割って入ってきた塚内さんが阻んだ。
「待って緑谷くんみょうじさん。三茶、青山の口を塞いでおけ。」
その指示通りに青山くんの口に猿轡が装着される。塚内さんは悔しさを滲ませる私たちを冷静に諭した。
「拘束中だ、手は取れない。事情はどうあれAFOに加担した罪は消えない。それに、状況から安全と推測しているだけでまだナガンのような仕掛けが無いと言い切れない。セントラルの結果が出るまで、これ以上彼に喋らせるのは良くない。」
わかっている。わかっているのだそんなことは。こういう時学生の私たちはいつも無力さを痛感させられる。こんなに近くで友達が泣いているのに、その声を聞くことすら叶わない。歯噛みして俯くと塚内さんは眉を顰めて質問を続けた。
「お母さんお父さん。神野の強襲は何故報告しなかった?」
「こちら発の連絡はできない……向こうが求めた時のみ……。」
「君たちが捕まっても辿られないように……か。ならばあの戦いは「塚内さん……!」
今度は緑谷くんが彼を遮った。同じ元無個性で青山くんの気持ちが痛いほど理解できるであろう彼が勢いよく顔を上げて警察を睨む。子どもの我が儘なんかじゃない。緑谷くんは見据えるべき敵を間違えてはいなかった。
「AFOは見つからない。それが……今の見方でしょう……!?」
彼の問いかけにはっとした。AFOは世界一逃げ足が速く隠れるのが上手い。どれだけヒーローが躍起になって探しても未だ足取りを掴めないのがその証拠だ。つまり再び全面戦争になるのは奴が自ら私たちの前に現れた時。それではこちらが後手になるのは必至。
でも、もしその動きを把握できたのなら。いつ現れるのかがわかるのなら。状況は一気に変わることになる。
「だからせめて、出方を誘導できたら……!」
自分たちの好機に気づいた上鳴くんが声を上げた。緑谷くんの意図を理解しその場の全員が目を見開く。
「そっか……!」
「見方を変えれば……現状ただ一人。」
「青山くんだけが、オール・フォー・ワンを欺く事ができるかもしれない。」
峰田くんと百ちゃんと一緒に私も彼の方を見た。内通者として拘束され喋ることも許されない青山くん。そんな彼が救世主になり得るこの上ないチャンス。一筋の光が差した気がした。
「待て……待て待てガイズ!飛躍しすぎだ!」
そこに待ったをかけるのはやっぱり守るべきものの多い大人たち。ひざしくんは興奮気味になっている私たちに向かって今一度青山くんを審判にかける。
「罪は罪……。言いたかねぇさ、けどな……おまえらが一番の被害者だ。今更信じられるのか。」
重苦しい問いかけ。だけど答えに迷いなんてなかった。私たちの思いを代弁するように飯田くんが間髪入れず前に出る。
「それは、過去の話でしょう。」
以前間違った方向に正義を全うしようとした彼だからこそ言える一言。人が自分の過ちを認め心を入れ替えて進んでいけるということを飯田くんは誰よりも知っている。
「彼の心の内を掬い取れなかった俺たちの責任でもあります。だからこそ、今泣いて絶望しているクラスメイトを、友として手を取りたい。手を取ってもらいたい。それが……彼と俺たちが再び対等になれる、唯一の方法だからです。」
私たちも深く頷く。青山くんを信じられるかどうかなんてわざわざ確認するまでもなかった。だってずっと、頑張る彼を私たちは隣で見てきたから。
「……ひでー目には遭ってっからなァ……。5発くらいハウザーぶちこんでトントンだな。」
「つっこみ辛すぎるからやめろ……。」
合宿襲撃で連合に連れ去られてる爆豪くんだけは恨み言を零してたけどそれも青山くんをクラスの一員と認めているからこそ。瀬呂くんの呆れ顔も相まってほんの少しだけ空気が緩んだ。そしてみんなの思いに続くように切島くんが彼に呼びかける。
「そうだぜ!青山はAFOに勝てねぇと思ったから従っちまったんだろ!でも今は違ぇから止めようって親御さんに言ってくれたんだろ!緑谷を止めに行った時、誰か一人でも無個性を責めたかよ!?涙こらえて隠し事してた奴嫌いになったかよ!?」
緑谷くんがぐいと涙を拭った。そうだ、誰も無個性を隠してたことを責めたりなんてしない。むしろ気づけなくてごめんって、これからは一緒に悩ませてほしいってそれしか頭にないくらいだ。どうか、どうか私たちの気持ちが青山くんにも届いてほしい。
「青山‼まだ一緒に踏ん張れるんだよ俺たち‼」
切島くんの熱さに応えるように青山くんが泣き崩れる。大丈夫、私たちA組の手はまだ彼の元に繋がっている。
「盛り上がってるとこ悪いが……青山一家に捜査協力を頼むとして、嘘は通じないと先程聞いてる。君たちの気持ちはわかるがここは冷静に……。」
塚内さんが私たちを落ち着かせるよう宥める。するとその時ひざしくんの持っているタブレットから聞き覚えのある低音が響いた。
『緑谷……何か具体策はあるのか?』
「いえ……それは……。」
『だろうな。ったく……。塚内さん。この責任は見抜けなかった俺にあります。ただ……気持ちはこいつらと同じです。』
まだ病院内にいる消太くんが画面越しに教え子と向き合う。どうしてだろう。彼の姿を見るだけで安心している自分がいた。
『青山。俺はまだおまえを除籍するつもりはない。』
AFOに屈してしまった青山くんに、彼ははっきりとそう告げた。消太くんもまだ青山くんを諦めていない。その事実が本当に心強かった。
『A組担任として俺に考えがある。塚内さん一応青山たちには聞こえないよう……。』
どうやら消太くんには何か策があるらしい。彼は一瞬声を潜めその後青山くんたちは耳あてで音声を遮断された。一通り作戦を聞き終え、その大胆さに思わず唸る。
「そっか、次は一緒に戦うって……約束したもんね。」
私の小さな呟きにみんなから「知ってたのかよ!?」と驚きが漏れる。私ははごめんと謝って努力家な彼のことを思い浮かべた。間違いなくこれは彼自身が掴み取った任務だ。私も、負けてられない。
「各所検証が必要ではあるが……たしかに実現性が高い……!」
根津校長も消太くんの意見に賛同し塚内さんたち警察も頷いた。
「やる価値はあるか。三茶、これ以上は本部で詰めたい。君たちはこの事を決して他言しないように頼む。」
その呼びかけと共に青山くん一家は立ち上がるように指示された。これから彼らは然るべき場所に移送される。私たちは視聴覚室を出て廊下を歩く寂しげな背中を追いかけた。
「青山くん……!」
緑谷くんが名前を呼ぶと青山くんは一瞬こっちを振り向いたあとすぐに顔を背けた。泣き腫らしたその目の奥からは彼が何を考えているのか感じ取ることはできなかった。だけど私たちの思いはちゃんと青山くんに伝わっているはず。今はそう信じるしかない。
話が終わり寮に帰ってきた私たちは共同スペースの片づけをしていた。ごみを出したり食器を運んだりしながら、ぽつりと切島くんが今後について触れる。
「……とりあえず準備だな。」
ソファに座っている彼らの前には飲み物が置かれていたけれど誰もそれに口をつけようとはしなかった。コップからは水滴が垂れ、まるで涙のように机に落ちて水たまりを作る。
「コスチュームをどうにかせねば。」
「僕も……。」
飯田くんと緑谷くんが戦闘服の相談をしている。二人のコスチュームは緑谷くんを止める時にぼろぼろになってしまって使い物にならなくなっていた。
私は響香と一緒に食器をキッチンへと運びながら先ほどの青山くんを思い出していた。私たちと同じ気持ちでヒーローを夢見て雄英に入ったはずの彼。どうしてそんな人が自分のことを根っからの敵だなんて言わなくちゃいけなかったのか。あんな風に傷ついて泣かなくちゃいけなかったのか。いくら考えてもわかりそうになかった。
今は本当に、ただただ悔しい。AFOが憎くて仕方ない。
「絶対、倒そうね。」
誰に話しかけるでもなく透ちゃんがぼそりと言った。腸が煮えくり返るようなこの感情。クラス全員が言い知れない怒りを抱えている。
『うん。』
全員分の声が重なる。誰もが険しい顔で応えていた。許せない。許せるはずがない。私たちの大切な友だちの人生をめちゃくちゃにしたあいつを。人の心を弄ぶあいつを。絶対に許さない。
AFOとの対決は目前に迫っている。残り少ない日数を何としてでも有効に使う。青山くんが私たちの手を取ってくれると信じて。
自らのやるべきことを全うするため、私たちはまたそれぞれの訓練へと戻った。