内通者
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「く、っそ捕まんね……!」
瀬呂くんから放たれたテープを空中で躱す。機動力抜群の彼はすぐさま近くの電灯に足場を作り再度私の拘束を試みた。個性の相性的にこちらが有利と言えどあまりに早く次の手を打たれるので避けるので精一杯。何とか風で彼からの攻撃を弾き瀬呂くんの頭上まで飛んで豪雨を落とす。
「おあ!?」
突然降ってきた雨粒に耐えきれず彼の体が傾く。瀬呂くんはどこかに掴まろうと慌ててテープを伸ばしたけれど水に濡れて粘着力の弱まったそれは自身を支えきれずにするりと緩んだ。すかさず私は雨を止め、彼と地面の間に飛んでいく。
「よかった、間に合った。」
「何かすげー情けないんですけど……。」
瀬呂くんの落下地点に空気の塊を滑り込ませクッションを作る。彼は見事にそこに着地し怪我をすることはなかった。だけど私のせいで全身ずぶ濡れ。髪をかき上げはぁと深い溜息を吐きながらゆっくりと体を起こして項垂れた。
「……みょうじに勝てる日来んのかしら。」
「その、相性の問題もあるから。」
「優しさが痛え。つーか誰が相手でも勝てるようになんなきゃ困るでしょ。」
対策練るかと頭を悩ませる瀬呂くん。私は余分に持ってきておいたタオルを取り出し彼に手渡した。
「さんきゅ。」
「ううん、私が濡らしちゃったし。風邪ひくといけないからしっかり拭いてね?」
「あ、何かその心配きゅんときた。」
「え。」
タオルを受け取りながら目を細める彼に熱くなる。いやいやこれは訓練で体温上がってるだけだから。決して浮かれているとかではなく。うん、そういうことにしとこう。
必死で自分に言い聞かせて邪念を振り払う。気持ちを紛らわすために視線を逸らせば向こうの方では爆豪くんと緑谷くんが一対一で戦ってる最中だった。また緑谷くんの髪爆破されちゃってる。ほんと爆豪くん容赦ないなあ。
「……あれ。」
苦笑していると綺麗な金色が林の中に入っていくのが見えた。どうしたんだろう。
お茶子ちゃんの演説のおかげで雄英敷地内はある程度自由に出歩いていいようになってる。だけどあんなところに用事なんてあるんだろうか。不思議に思って首を傾げていると次に目に映ったのは彼を追う透ちゃんの姿。
「どしたの。」
「あ、いや何でもない。私ちょっと休憩入るね。」
呼び止める瀬呂くんに手を振って私も林に足を踏み入れる。そうだ、そういえば彼はずっと浮かない顔をしていた。群訝・蛇腔戦の直前も緑谷くんがいなくなってからも。21人揃った今ですらあの明るい笑顔を見ていない。
もしかしたら彼もものすごく大きな不安を抱えているのかもしれない。世間がこんな風になってしまってヒーローの立場も危うくなって。明日戦いが始まれば命だって助かる保証はない。
どれだけ前向きに進もうとしても、その恐怖に、息苦しさに押し潰されそうになる時はある。きっと彼も同じなんだ。彼にとっては今日が上手く笑えない日なんだ。それなら、せめて隣にいてあげたい。話を聞いて少しでも力になれたら。多分透ちゃんもそう思ってついて行ったんだろう。
きょろきょろと消えてしまった彼の姿を探す。すると先に見つけたのは空中に浮いている手袋で。名前を呼ぼうと口を開けば勢いよく腕を掴まれた。
「と、透ちゃ「しっ!」
彼女の人差し指が私の唇を塞ぐ。ただならぬ様子に息をひそめると彼のものじゃない声が聞こえてきた。
「やるしかないのよ。……あの人が再び指示を出してきた。大丈夫……これまで通り傍受されていても民間の日常に取れるよう暗号化してあるわ。ここなら監視の死角になるんでしょ……!?大丈夫よ!」
知らない女の人が喋っている。距離が遠くてはっきりしないけどその顔立ちはとても彼に似ていた。ということはつまりお母さん。その横にはお父さんらしき人も立っている。
どうして家族がこんなところで密会しているのか。彼女が何を言っているのか。脳が理解するのを拒否していた。私は自分の血の気が引くのを感じながら透ちゃんの手を握った。
「神野まで……ちゃんとAFOの言う通りできてたじゃない!やらなきゃ私たちが殺されてしまうの!優雅!」
そこにいたのは紛れもなく私たちの知っている青山くんで。涙でぐちゃぐちゃになっている彼は恐怖で体を震わせていた。
「入学間もない頃うまくあの人の要望に応えたじゃない‼合宿でも誰にもバレずに居場所を教えられたじゃない‼」
「ママン……パパン……でも……僕……!」
「私たちだって一度だって好きでやったことはないわ!けれど……もう遅いのよ、遅すぎるの……‼」
青山くんのお母さんが彼の両肩を強く掴む。彼女の言葉がぐるぐると渦巻いて私と透ちゃんはただその場に立ち尽くすしかなかった。
神野って何、AFOって何。一体何を言ってるの。それじゃあUSJも合宿も、全部全部青山くんが。嘘だ、どうして。だってあり得ない。青山くんはずっと私の、私たちの隣にいたはずなのに。
「私たちはあなたにただ……幸せを掴んで欲しかった!個性を持たず生まれたあなたが、皆から外れないように……‼皆といっしょに夢を追えるように……‼」
「こうなる事がわかっていたなら……しなかった……!絶対に……AFOに個性を貰うなんて……‼」
彼のご両親から零れた事実にどくりと心臓が音を立てた。青山くんが、無個性。
「私たちは……もう関わってしまった!関わってしまったらもう……AFOからは逃げられないのよ!」
ヒーロー飽和社会で個性を持たずに生まれるということは本人の将来に不利益をもたらすかもしれないということ。恐らく青山くんのご両親は愛息子の将来を案じて藁にも縋る思いで頼った。頼ってしまった。一番信用してはならない人物を。奴の甘い言葉に騙され、血に塗れたその手を取ってしまったんだ。
許せない。人の弱みに付け込むどこまでも邪悪な笑み。私は目に涙を浮かべながらぎりと唇を噛んだ。
「……透ちゃん、誰か呼んできて。」
「え、でも……!」
隠れているのがばれないよう小さく口を動かす。とにかく一刻も早く、青山くんを止めなければ。
「私ならいざとなったら三人とも拘束できる。でも暴れられたら、確実に連行できる保証はない。だから、気づかれてない今のうちに誰か呼んできて。出来れば緑谷くんか……瀬呂くんか常闇くん。近くに先生がいるならその方がいいかも。」
「……わかった。気をつけてね。」
「うん、ありがとう。」
戸惑った様子の透ちゃんに手短に作戦を話せば何とか納得してくれた。物音を立てないよう彼女がその場からこっそり移動する。どうか拘束に長けた人が近くにいてくれますように。これ以上、青山くんに手を汚させるわけにはいかない。私は祈るような思いで彼に視線を戻した。
「ずっと、苦しかった。絶対に疑われないように……振舞ってきたよ……。罪悪感に押し潰されるから……無理矢理気丈に振舞ってきたよ……。神野でAFOが捕まった時、卑しくも……勘違いをしてしまったんだよ。これで皆と一緒に……って……。」
「ああ、優雅……‼許してちょうだい!愚かな私たちを許して……‼優雅!」
初めて聞く彼の本音。こんな形で知りたくなんてなかった。もっと早く隣で大丈夫だよって言ってあげたかった。私にはそのチャンスがいくつもあったはずなのに。青山くんの笑顔の裏にある違和感に気づいていたはずなのに。悔しさで視界が歪んでくる。
「僕、ママンとパパンを守りたくて……!死なせたくなくて……‼」
青山くんの心からの叫びに私まで崩れ落ちそうになる。もうずっと彼はいっぱいいっぱいで誰かに頼ってしまいたかったんだ。けれど限界を迎えている彼に縋ったのは、無情にも彼を一番愛しているはずの温かな手だった。
「優雅、お願い……!私たちを助けて……‼優雅……‼」
まるで呪いのような救いを求める声。ヒーローにとってこんなにも辛いことがあるだろうか。両親の助けてという懇願が、彼を奈落の底へと引き摺り落とす。
このままじゃまずい。青山くんが絆されてしまう前にと飛び出そうとしたところでがさりと草を踏む音がした。
「……!」
愕然とした表情の緑谷くんと目が合う。何の因果か、透ちゃんが連れてきてくれたのは同じ元無個性の彼だった。
「あの……何か……葉隠さんから聞いて……今……。内通者が、えと……青山くんが……。」
「何の話かしら!何かとんでもない聞き間違いでも!?」
混乱した様子の彼に青山くんのご両親が必死で取り繕う。だけど青山くんにはもうその気力は残っていなかった。
「緑谷くん。」
青山くんは涙でぼろぼろのまま絶望の表情を浮かべている。彼はきっと、誰よりも緑谷くんにこのことを知られたくなかった。
「緑谷くん。」
再び緑谷くんの名前を呼んだ青山くんの顔がどんどん歪んでいく。何故今私たちは彼と対峙しているのか。何故こんな事態になってしまったのか。その問いの行き着く先には薄ら寒い笑みのAFOがいる。巨悪はいとも簡単に、私たちの日常を奪う。
「青山くん。僕、青山くんだけ浮かない顔のままだったから何かあるのかと思って……探しに来たんだ……。」
緑谷くんの気遣いは青山くんにとってあまりに眩しいものだっただろう。それこそぎりぎりのところで保っていた心が折れてしまうほどに。彼は一瞬言葉を失ったあとゆっくりと口を開いた。
「USJも合宿も、僕が手引きした。緑谷くん、僕は、クズの敵だ。」
力なく笑う青山くんに耳を塞ぎたくなる。聞きたくない。聞きたくなかった。内通者なんて本当はいなかったんだと言ってほしかった。だけどもう遅い。
「優雅逃げるんだ‼」
「待っ……‼」
青山くんのご両親が彼を抱えて走り出す。私たちもすぐにその背中を追った。訓練でもないのに友達相手に腕を構えたくなんてない。でも、このまま傷つく青山くんを見ていられない。
「……あの置き手紙で、君が僕と同じ無個性だったと知った時……僕は……何もかもに‼絶望したんだ‼」
「青山くんやめて‼」
抱えられたままの青山くんが緑谷くんに向かってネビルレーザーを放出する。制止のために風を撃とうとしたその時、私たちの前に飛び出し盾となってくれたのは彼の天敵とも呼べる個性の透ちゃんだった。彼女は正面から青山くんのレーザーを受け止め別の方向へとコントロールを外させた。
「私の体は……光を屈折させる性質がある。」
「透ちゃん……!」
彼女の手袋からシュウと煙が立ち同時に焦げた匂いがする。いくら青山くんの個性を殺せるといっても直でネビルレーザーに触れば当然痛いはずだ。自分の怪我も顧みずにそれでも青山くんを止めたい。彼女の決意がどれだけのものか、言葉にしなくても伝わってきた。
「……皆死んじゃってもおかしくなかったんだよ……日本中が……おかしくなっちゃったんだよ……。」
ぽつりと呟いた彼女の声は低くて。いつもの明るい透ちゃんはどこにもいなかった。
ずっと信じてたクラスメイト。だからこそ、ちゃんとぶつかりたい。煙の中から姿を現した彼女は光に照らされながら思い切り吠えた。
「何考えて教室にいたの‼?寮で‼皆と暮らしていたの⁉ねえ、青山くん!!!」
透ちゃんの素顔を初めて見た。その目からはぼろぼろと涙が溢れ全身で怒りを露わにしている。
「違うんだ‼優雅は……!」
抵抗しようと青山くんのご両親がこちらに向かってくる。私は素早く周りの空気を固めて二人を拘束した。それと同時に緑谷くんも黒鞭で青山くんの体を地面に縛りつける。
「青山くん。葉隠さんは……君が……これ以上人を傷つけないように……してくれたんだ……‼」
「っ私たちも、青山くんと戦いたくなんてない……!」
三人が逃げ出さないよう抑えつけながら緑谷くんと一緒に涙を零す。目の前の光景は私たちにとってあまりに残酷で。やっと戻ってきたはずの日々ががらがらと崩れる音がした。
「もう……やめよう……‼こんなの……もう、やめよう……‼」
緑谷くんの悲痛な訴えを聞きながら胸が苦しくなる。光のない瞳で彼を見上げている青山くんを、私たちはこれから連行しなければならないのだ。
AFOは、人の大事なものを一体いくつ奪ったら気が済むんだ。どうしてここまで誰かを踏み躙れるんだ。膨れ上がる憎しみを隠し切れないまま、頬を伝う雫を乱暴に拭った。