内通者
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緑谷くんが雄英に戻ってきてから二日後。コスチュームに着替えて訓練に向かおうとしていた私たちの前にオールマイトが現れた。
「猶予ォ!?」
「ああ。本来なら死柄木は明日にも万全の身体となるハズだった。」
おおまかな説明を聞いて爆豪くんが顔を顰める。オールマイトは彼の言葉に頷いてさらに詳しい補足を入れた。
「少なくとも一週間死柄木は動けない。スターアンドストライプが遺してくれた最後の猶予だ。この時間を有効に使う。死柄木とAFOを、倒す。」
元No.1ヒーローの低く重い声。その深刻そうな表情から私たちはいよいよ時が来たのだと悟った。
「スターが遺してくれた……!死柄木にダメージが!?」
緑谷くんがオールマイトに聞き返す。彼はそれを受けて昨日の壮絶な戦いを振り返った。
スターアンドストライプ。個性、新秩序。対象に触れたあと名を呼ぶことでその対象に新たにルールを設定できる。ヒーローの本場であるアメリカのトップに立っている、気高く強い唯一無二の女性ヒーロー。
彼女は先日日本を助けるために死柄木と戦い、そして命を落とした。
アメリカNo.1ヒーローの訃報はその日のうちに全世界を駆け巡った。死柄木はというと戦いのあとすぐに行方を眩ましていて追い詰めるには至っていない。現最強と謳われたヒーローが敵わなかったという事実に各国は委縮し、自国から日本へのヒーロー派遣を即刻取りやめる事態となった。死柄木とAFOの存在は今や、世界中を恐怖に陥れているのだ。
そんな中オールマイトは彼女と共闘していたアメリカの戦闘機から分析データをもらったらしい。それによれば奴に奪われたスターの個性・新秩序が毒のように死柄木を蝕んだ。AFOがどれほどの個性を溜め込んでいたのかは定かでないけれどかなりの数が損壊したと見られている。
スターはきっとAFOが自分の個性を奪おうとするだろうと見越して瞬時に新秩序を付与したのだ。奴と死柄木に相当なダメージを与えられるよう。その命と引き換えに。
つまり死柄木が多くの個性を失って弱っている今こそ、千載一遇のチャンス。これを逃す手はない。
「一般人の避難も進みつつある今早速残存ヒーロー総出で捜索を行っている。しかし痛手を負ったAFOがどう動くか……これまで以上に読み辛い。見つかっても見つからなくても結局は総力戦になるだろう。」
群訝・蛇腔戦のような、いやもっと激しい全面抗争が始まろうとしている。オールマイトの深刻な面持ちからすでに戦いの火蓋は切られているのだと感じ取り私たちの間にも緊張が走った。
「ともかく君たちには……動けないとは言ったが……依然最凶の敵死柄木弔。同じくAFO本体。エンデヴァーに匹敵する炎……凶器の男荼毘。翻弄し続ける少女トガヒミコ。残る6体のニア・ハイエンド。解放戦線の残党。そして未だ捕まることなくAFOに従い暴れ回るダツゴク。」
「……恐らくそれだけじゃない……。」
オールマイトの口から次々に挙げられる見据えるべき敵。それに続いて障子くんがぽつりと零せばオールマイトも肯定の意を返した。
「ああ。恐らくもっと増える。対してこちら。前線に立つ者はもう半数以下に減ってしまった……スターの殉職を前にして敢えて言う。君たち自身と君たちが守りたいモノを守る為に、この猶予を使って少しでも力を底上げしてもらう。」
本来ならばなかった時間。スターが体を張って遺してくれた猶予をふいにすることなんてできない。みんなの気合がより一層高まったところで突然吠えたのは爆豪くんだった。
「んなもんとっくにやっとるわぁ‼」
オールマイトがびくりと肩を跳ねさせる。いや心臓に悪いから。しんとしてる時に大声出すのやめようね。
「オールマイトはデクくんと出て行っちゃったから。」
「いらしてもすぐ出て行きますし。」
お茶子ちゃんと飯田くんも眉を下げながらオールマイトに向かって笑う。彼は知らなかっただろうけど私たちだって何もせずに雄英で待機してたわけじゃない。緑谷くんに近づくため、戦いに備えて強くなるため、プッシーキャッツさんの圧縮訓練をみっちり続けてきたのだ。
「我々は緑谷と共に征く者……死柄木らを止めるまで戦い続ける所存。」
「ショゾン!」
常闇くんに同意するように三奈ちゃんも意気込みを見せる。体育着に着替えてやる気十分の緑谷くんも嬉しそうに顔を綻ばせた。
「これからかっちゃんたちが組手してくれるんです。OFAを完成させてやるって「はああい!?言ってね―――よダツゴクに耳千切られたんか!!!」
「変われよ‼」
食い気味に否定してきた爆豪くんに砂糖くんが的確なツッコミを入れる。うーん和解したはずなのにこのいつも通り加減は一体。まあこっちの騒がしい爆豪くんの方が落ちつくからいっか。勝手に納得してると彼は戸惑う様子の緑谷くんを無視してにやりと口角を上げた。
「俺の新境地クラスターが通用するか確かめてぇ。OFA相手は対死柄木・AFOへの一つの指標になる。」
「そうだな……。」
その言葉を受けて焦凍くんも自分の左手をじっと見つめた。かくいう私もOFA相手にどこまで戦えるのか試してみたい気持ちはある。
「俺の事も殴ったりしてくれよ!」
「サンドバッグ役取られまいとしてる……!」
すかさず切島くんが輪の中に入ってきてある意味問題発言を放つ。瀬呂くんが呆れ気味に笑うと「俺はもっと硬くならなきゃいけねえんだよ!」と熱い決意がびりびりと響いた。
「スターの遺志をついでいかねばな。」
「とりあえず中庭あけとくわ!」
「オイラのスターをよぉ……許せねぇクソが……。」
「みんなのスターだよ。」
その場がわいわいと賑やかになる。オールマイトは私たちの様子を静かに見守ってくれていた。私はそっと緑谷くんに近づき控えめに名乗りを上げる。
「あの、私も相手してもらっていい?」
「え!僕としては嬉しい限りだけど……逆にみょうじさんはいいの?」
「うん、ぜひお願いしたいな。緑谷くんがいない間に私も強くなってるからね。」
「それは楽しみだ……!」
ふふふと二人して笑ってると右肩に重み。見上げれば私に体重をかけていたのは瀬呂くんで、彼は近い距離のままこちらを覗きこんだ。
「みょうじサン俺も仲間に入れて?」
小首を傾げる彼は普通に話す時より甘い声をしていて恐らく確信犯。私の肩を肘置きにしたままふわりと目を細めて反応を伺ってくる。何ていうか、彼氏になってもこの人ずるい。
「……そういえば瀬呂くんと組手とかしたことないね。」
「確かに!ちょっと見てみたいかも。」
「お?んじゃ頑張っちゃおっか?」
赤い顔を隠すように会話を続けると私たちの関係性が変わったことに全く気づいていないらしい緑谷くんにきらきらした視線を向けられた。それに瀬呂くんも乗っかってなぜか和気藹々とした雰囲気が出来上がる。
こういうのって才能だよなあ。友達との空気を壊さずさりげなく触れてくる瀬呂くんに脱帽。私の心臓ばかりが忙しくてちょっとだけ悔しくなる。
「……瀬呂くんずるい。」
「なぁにがよ。」
小さく呟くと楽し気な瀬呂くんがケラケラと笑った。私にだけ聞こえる声で「かわいーね」と囁かれてますます体が火照ってくる。ほらもう緑谷くん不思議そうにしてるじゃん。
「それじゃあそろそろ行こうか。」
どうやら中庭の準備ができたらしい。委員長の一言でみんな一斉に玄関へと歩き出し私はようやく胸を撫でおろした。
瀬呂くん、制約なくなるとこんなに大胆になるんだ。大事にされてるって伝わって嬉しいような、あまりにドキドキさせられて困るような変な気持ち。だけど確実に好きが更新されていってるのは事実だ。これは多分あれ。バカップルって言われても仕方のないやつ。
「あ、ごめんタオル忘れたから先行ってて。」
コスチュームのブーツを玄関に並べているところで忘れものに気づく。瀬呂くんと緑谷くんにすぐ追いつくと手を振って自室に戻り、3枚ほどタオルを鞄に入れて共同スペースへと踵を返した。
「あれ、爆豪くん。」
早くみんなのところに行かなきゃと焦っていると意外な人物と目が合った。どうやら彼も訓練に必要なアイテムを部屋に取りに行ってたらしく不機嫌そうに靴を履いている。私は彼の隣に「お邪魔します」と腰かけ置いてあったブーツに足を通した。
「……付き合っとんか。」
「え?」
「醤油顔と。付き合っとんか。」
脈絡なく投げつけられた質問に思わず動きが止まる。痛いくらいに刺さっている彼の目は真剣そのものでからかっているようには見えなかった。いや、それよりも何で。女の子以外にはまだ誰にも話してないしばれてないつもりだったのに。本当、何を取っても彼は才能マンだ。
「……うん、付き合ってる。」
「そうかよ。」
彼はそれだけ言うとさっさと立ち上がった。それ以上は他に聞いてくることもなく、こちらを振り向きもせずにドアノブに手を掛ける。
「あ、あの爆豪く「みょうじ。」
「え。」
訳を聞こうと口を開けば彼自身に言葉を遮られる。え、ていうか嘘。今爆豪くん私の名前呼ばなかった?初めての経験にじわりと嬉しさが滲む。そんな私の胸の内を知ってか知らずか、爆豪くんは前を見据えたまま低い声で零した。
「ずっとアホみてえに笑っとけや。」
意味を理解する暇も与えてくれず彼は玄関の扉を開けた。
「え、ちょ、爆豪くん?」
慌てて呼び止めようと手を伸ばすけれど次の瞬間にはもう彼は数十メートル先にいた。はっや。また火力上がってるなあ。
「……何で。」
瀬呂くんとのこと知ってたの。それをわざわざ聞いてきたの。ずっと笑っとけってどういうこと。教えてほしいことが山ほどあるけどきっと答えてくれないんだろうな。
らしくない彼の言動にぼんやりと立ち尽くす。自分に都合の良すぎる可能性が浮かんできてまさかとすぐに思考をかき消した。
考えたってしょうがない。爆豪くんのことは爆豪くんにしかわからないんだから。そう言い聞かせて両頬を叩く。
今はそう、しっかりしなくちゃ。妙に頭から離れない赤い瞳に気づかないふりをして、気合いを入れ直した私は中庭へと急いだ。