内通者
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お風呂から上がりようやく一息ついた。響香たちと一緒に共同スペースに向かえば髪を乾かした男子たちがすでにソファに座っている。
「麗日さんは……?」
「寝ちゃった。安心したら力抜けちゃったみたい。他の子もそんな感じ。」
「そっか……。」
女の子で自室に戻らなかったのは私、響香、三奈ちゃん、百ちゃんの4人。緑谷くんに聞かれて三奈ちゃんが答えると彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「皆ありがとう。そして迷惑かけてごめん。」
「そだよー。OFAねー、言ってよねー。」
もうすっかりいつも通りの彼に三奈ちゃんも何でもないみたいな調子で返す。元の緑谷くんに戻ったことを改めて確認するとみんなは次々に思いの丈をぶつけた。
「手紙のおかげでもう驚きとかそういうのは無いんだけどさ。」
「ホークスに電話出るよう言ってほしかった。」
「無個性からトップオブトップの力なんて……大変だったろ。」
「どういう感覚なの?」
「そりゃ骨折れますわ。」
わいわいと急に部屋が騒がしくなる。常闇くんだけちょっと違う人への文句が混ざってる気がしたけどみんなの興味は俄然OFAだった。ちょうどそこにやってきた焦凍くんが矢継ぎ早の質問に苦言を呈する。
「緑谷が一番眠ィだろ。寝かせてやれよ。何の為に連れ戻したんだよ。」
「お前登場そのポーズって素でやってんの?」
今回ばかりは峰田くんに同意せざるを得ない。お風呂から上がったばかりの焦凍くんは右手に持っているタオルで髪の毛をふきながら現れた。相変わらず何をやっても様になる。シャンプーのCMみたい。
「大丈夫……っていうかまだ眠れなくて。」
少し落ち込んだ様子の緑谷くんをよそに峰田くんが焦凍くんの真似をしているものだから場違いに噴きそうになった。彼と同じ格好をして「どう?何点?」と聞いてるだけでも面白いのに瀬呂くんが間髪入れずに「停学」って非情な現実を突きつけててツボに入ってしまう。そのギャグセンスは一体どこで培われたのか。
咳払いをして何とか笑いを堪え意識を緑谷くんに戻す。ソファに座っている彼の隣に焦凍くんが腰かけ、どうして眠れないのかその理由について尋ねた。
「オールマイトに酷い事をして……そのままなんだ。謝らなきゃと思ってるんだけど……連絡がつかなくて。」
いや後ろ後ろ。眉を下げる緑谷くんの背後を焦凍くんが黙って指さす。夜の暗闇に紛れながら窓に映っていたのは完全にホラーテイストになっているオールマイト。幽霊がこちらを覗きこんでいるかのような光景に思わず「ひっ」と声が漏れた。というかいつからそこにいたの。
「こちらこそ!力になれずすまなかった緑谷少年‼」
すぐに寮の中に飛び込んできたオールマイトは全力で緑谷くんに頭を下げた。
「そんな……!オールマイトは十分力になってくれてます!」
「謝るなら私たちにも謝ってヨネオールマイト!黙ってどっか行っちゃわないでよー!」
謝られた本人はわたわたと慌てている。代わりに三奈ちゃんがコミカルに怒って私たちの気持ちを代弁してくれた。その言葉を受けたオールマイトがじっと何かを考え込む。少しの沈黙のあと彼は重々しく口を開いた。
「決戦の日は恐らくもうすぐそこだ。」
「!?」
急に話が飛んでみんな驚きを隠せない。決戦というのは恐らくAFOとの戦いということで。彼が連合の足取りを掴んでいるのだとその表情から見て取れた。
「心労をかけてすまなかった……。詳しい話は避けるが情報を得ている。近い内に答えがわかる。総力を以てあたる。私も……この身でできる事など限られているがそれでも「オールマイト!」
また一人で深刻そうになっているオールマイトを緑谷くんが遮る。OFAの継承者だとかかつてのNo.1だとか。そんなのもう関係ない。誰のことも孤独にしないと私たちは決めたんだ。
「トンカツ弁当とても力になりました……!僕はきっとオールマイトから離れてしまったからあんな風に……だから。」
緑谷くんが真っ直ぐ師を見据える。彼の目には光が宿っていた。
「一緒に……‼」
「守りましょう‼」
緑谷くんと飯田くんが力強く拳を握る。私たちも深く頷いて彼の味方であることを示した。それを受けてオールマイトは穏やかに微笑む。
「……ありがとう。」
彼が一緒に戦ってくれたら百人力だ。何しろ誰よりもAFOのことを知っている。今後はきっとこちらの有利に事が進む。期待に胸は膨らんでいた。
その後オールマイトは「行かなくては!」と言ってすぐに寮を出て行った。どうやらエンデヴァーさんたちに用事があるらしい。あまりの滞在時間の短さにみんな驚いていたけれど「私にはまだやる事がある!」と張り切っている彼を引き留めることはできなかった。
玄関でオールマイトに手を振っていると常闇くんが外に向かってひょっこり顔を出す。
「メールくらいくれと言伝を。」
「ああ。」
先程からずっと不満そうだった彼はオールマイトに自分の気持ちを託した。ホークスさんに常闇くんの心配がちゃんと伝わるといいけど。三奈ちゃんが「オコヤミ君じゃん」と茶々を入れ、彼はむうと眉間に皺を寄せた。可愛い。
「エンデヴァー達は雄英入らないのかな。」
玄関のドアを閉めると砂糖くんが素朴な疑問を口にした。うーんどう答えるべきか。言葉を探していると毛布を持ってきたらしい焦凍くんが私より先に返事をする。
「徒に人前に出れねぇよ。荼毘がチラつくからな。今回の件で避難してる人たち全員が全員一様に見方が変わったワケでもねェだろうし。」
「まあ、私たちもしばらくはあんまり派手に動けないよね。」
表面的に和解ができたとはいえヒーローと市民の溝が完全に埋まったわけじゃない。燈矢さんの恨みを買ってる私たちに懐疑的な人はまだたくさんいるんだろう。慎重になるに越したことはない。
「漸く少しは気が休まったみたいですね。」
百ちゃんの視線の先を辿るといつの間にかソファで眠ってしまった緑谷くんがいた。そうか、焦凍くんは彼のために毛布を取りに行ってたんだ。
布の端っこを持たせてもらって二人で緑谷くんに毛布を掛ける。焦凍くんは緑谷くんの気の抜けた顔を見ながらぽつりと呟いた。
「荼毘の兄弟エンデヴァーの息子。内心ではきっと俺の存在も未だ不安だろう。」
「私もね。お父さんはもういないけど荼毘の憎しみはこっちにも向いてるみたいだし。」
「家庭事情で……悔しいよなぁ。轟やみょうじが何かしたわけじゃねぇのになぁ。」
私たち二人の逆境を思って切島くんが悔しそうに唇を噛んだ。そんな優しい彼に私も焦凍くんも小さく首を振る。
「したよ。血に囚われて原点を見失った。」
「……私も、ぶつかるのが怖くて疑問を持つことから逃げた。もっとちゃんと向き合えてたら……未来は変わってたかもしれない。」
後悔はきっと誰の心にもある。重要なのは過去を嘆くことじゃない。自らの過ちを認めたあとにどう行動するかだ。
「でも今は違うから。違うって事を証明する。皆に安心してもらえるように。」
「私たちがやるべきことをちゃんと頑張ってたら見てる人にも伝わるかもだもんね。」
どうやら気持ちは焦凍くんも同じ。彼と顔を見合わせて笑うと切島くんは肩を震わせ涙ぐんだ。
「……漢だよおめぇらは……!俺何だか涙が出てくるよ……!」
「うーんその表現はなんかちょっと複雑。」
ファットさんのところにインターンに行った時も男らしいって言われたんだよなあ。彼にとっては最上級の褒め言葉だろうから素直に受け取っておくけど。華の女子高生を形容する単語としてはいささか見直してほしい気もする。
「避難してる人たち全員が全員見方が変わったワケでもない……か。」
自分の男らしい部分はどこだろうと頭を悩ませているとふいに響香が焦凍くんの台詞を繰り返した。
「どうしたの響香。」
「や、あれだね、なんかあれ。同列に言っちゃうのもおかしな話だけどさ。」
彼女に真意を聞いてみると響香はイヤホンジャックを伸ばしてするりと彼らの体を引き寄せた。
「何?やだやめて。」
「きゃっ。」
「ム。」
彼女の側に集められたのは上鳴くん・百ちゃん・常闇くん。このメンバーと言えば一つしか思い浮かばない。ああ響香の考えてること、わかったかも。
「ウチら不安視してた人たちがいてさ。皆に安心してほしくて笑ってほしくてさ。やれる事考えてさ。」
最後に爆豪くんを引き摺って連れてきて5人が並ぶ。険しい顔をしながらも珍しく抵抗しない彼に優しさを感じた。
「文化祭みたいに最大限の力でやれることやろう。」
バンド隊・ダンス隊・演出隊。役割は違えど一つの目標に向かってみんながそれぞれ努力して。成し遂げた先に見えたのは一生忘れられない景色だった。そして私たちの思いは他の人たちへと伝播する。また、あの時みたいに。
「ウチらできたじゃんね!」
力強い言葉が嬉しくて思わず彼女に抱き着く。しっかりと受け止めてくれた響香は目を細めて私の髪を撫でた。
「取り戻すだけじゃなくて前よりもっと良くなるように。皆で行こうよ、更に向こうへ。」
響香の熱い思いは充分に私たちを鼓舞した。その場にいるみんながにっと口角を上げる。
大丈夫、私たちならやれる。一人では到底無理なことでもみんなとなら。
決戦は間近。ようやく戻ってきたクラスメイトの寝顔を見つめながら来るべき日に思いを馳せた。