内通者
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雨に打たれて冷えてしまった体をお風呂でしっかり温める。みんなでちゃぷちゃぷと湯船に浸かりながら立ち込める湯気をぼんやりと眺めた。
「今頃男子たちも仲良くお湯の中だね。」
「ふふ、緑谷くん抱えて駆け込んでたもんね。」
先程の男の子たちの勢いを思い出して三奈ちゃんとくすくす笑う。寮に帰るや否や上鳴くんたちが緑谷くんを小脇に抱えて「お湯の温度は42℃‼沸かせー‼」と脱衣所に直行していたのだ。身動き一つ取らずにされるがままになっている緑谷くんが可愛くて何だかおかしかった。こういう日常、久しぶりだなあ。
「とりあえずこれでA組揃ったね。」
「ね!お茶子ちゃんかっこよかった~!」
隣の響香が小さく息を吐くと透ちゃんはお茶子ちゃんの方へと近づいて彼女の労をねぎらった。
「いやほんとMVPだよ。」
「素敵な演説だったわ。」
「や、そんな。ウチはただ話聞いてもらわんとと思って夢中で……。」
三奈ちゃんと梅雨ちゃんも続けて称賛の声を送る。みんなでうんうんと頷くとお茶子ちゃんは顔を赤らめて照れ臭そうに頬を掻いた。
「麗日さんの思い、きっと緑谷さんにも伝わりましたわ。」
「そう、なんかな……。」
百ちゃんが微笑むとお茶子ちゃんは困ったように視線を彷徨わせた。楽し気な空気を察知したのか三奈ちゃんがにやりと口角を上げてお茶子ちゃんに抱き着く。
「そーだよ!自分のためにあんな風に頑張ってくれてる麗日見たら緑谷もイチコロだって!」
「ち、ちゃうって!ほんまにデクくんとはそんなんやなくて……!」
「はいはい、そういうことにしといてあげる。」
「ちゃうから!ほんまに!ちゃうんよ!?」
またいつもの押し問答が始まった。からかう三奈ちゃんと頑なに否定するお茶子ちゃん。このやり取り見るのいつぶりだろう。あの決戦からずっと元気のなかったみんなにようやく賑わいが戻った。やっぱり21人揃ってるって無敵。
すっかりおもちゃにされてしまっているお茶子ちゃんは「うう」とべそをかきながら私の方へと避難してきた。でも待って助けを求める人選がおかしい。これはまずいと思った瞬間、三奈ちゃんがこちらに向かって悪い顔をした。
「ところでなまえはどうなってんの?」
案の定。彼女の視界に入ってしまったからには仕方ないというべきか。興味津々に瞳を輝かせている三奈ちゃんと「私も気になるー!」と手を挙げた透ちゃん。苦笑交じりに隣を見たけど響香には目を逸らされた。何でよ。
「いや私はあんまり……どうにもなってないというか。」
俯き気味に答えると彼女たちは首を傾げた。どうやらもう付き合ってると思われてらしい。気が早いんだよなあ。
隠すのも無理があるので私は事の経緯をみんなに話した。文化祭のあと私が一人で歩けるようになるまで待つと瀬呂くんが言ってくれたこと。そして父の件を乗り越えて決戦前にもう大丈夫だと彼に伝えたこと。だけど、あれからそのことについてどちらも触れられずにいること。何となく回原くんから告白されたことは心の中に秘めておくことにした。
「そりゃまあ、言えないよね……。」
「あのあと色々大変だったもんね……。」
聞き終わるとさすがの三奈ちゃんと透ちゃんもうーんと唸った。たくさんの仲間が亡くなって怪我をして。世の中ががらりと形を変えて緑谷くんまでいなくなって。私たちは強くならなくちゃいけなくて。悲しむ余裕もないくらい日々生きるのに必死だ。その中で私と彼だけの個人的な幸せを願うのは果たして本当に正しいことなのか。ずっと答えが出せないままでいた。
「でももう緑谷ちゃんも戻ったことだし、なまえちゃんたちが我慢する必要はないんじゃないかしら。」
「え……。」
梅雨ちゃんからの一言に思わず驚きの声が漏れる。私が戸惑っていると響香も「そうだよね」と彼女の意見に同意した。
「世の中がどうなったって気持ち伝えちゃいけないわけじゃないし。なまえたちはもう充分頑張ったんだからそろそろ報われてもバチ当たんないと思うけど。」
「私もそう思う!両想いってわかってるなら早くくっつくに越したことないよ!?」
彼女に続いて透ちゃんもエールを送ってくれる。だけどそんな。本当にいいのかな。別に今じゃなくてもタイミングってあるんじゃないだろうか。
「……アタシさ、世界がこんな風になるまで気づかなかった。」
モヤモヤと悩んでいると突然ぽつりと三奈ちゃんが零した。その表情にはいつもの明るさはなく、じっと真剣な顔でこちらを見つめている。私は思わず息を呑んだ。
「当たり前みたいにみんなと一緒の明日が来るんだって思ってた。笑って泣いてふざけてさ。みんなで一緒に授業受けて一緒に卒業するんだって。でもそれってやっぱ当たり前なんかじゃなかったんだよね。」
恐らく彼女が言っているのは緑谷くんのことだけじゃない。その目の奥に映る悲しみはずっとずっとミッドナイト先生の影を追っている。それだけ私たちにとって、三奈ちゃんにとって、先生は大切な存在だった。
「日常ってこんなに簡単に壊れちゃうんだって、失くしてみて初めて気づいた。もっともっと話したいことがあったはずなのに、あっという間に理不尽に奪われて。さよならも言えないで。なまえやインターン組はこんな悲しい思いをずっと抱えてたんだってやっとわかった。」
父を亡くして、ナイトアイさんを亡くして。乗り越えられるはずなんてないとくじけそうになりながらもここまで何とか歩いてきた。きっと三奈ちゃんも同じ。怒りややるせなさや不安に押し潰されそうになりながら、今日まで必死に前を向いてきたんだ。
三奈ちゃんは私の手を取りぎゅっと握った。
「だからアタシ、もう誰にも後悔してほしくないよ。なまえや瀬呂がいなくなるなんて考えたくもないけど。もし世界が今以上にめちゃくちゃになっちゃって二人が離れ離れになったとしてさ、その時に伝えとけばよかったなんて泣いてほしくない。」
その時ふと回原くんの顔が浮かんだ。一生会えなくなる前に、言える時に伝えとかなきゃ。そうやって思いをぶつけてくれた彼も、こんな気持ちを抱えていたんだろうか。
「こんなのアタシの我が儘だけどさ。見せてよ、二人の幸せそうなとこ。こんな時だからこそ見たいんだよみんな。ちゃんと今を大切にしてるんだなってわかる二人が。」
三奈ちゃんの温かい手を私もしっかりと握り返す。いつになく真面目な顔をしていた彼女はそこでようやく安心したように表情を緩めた。他のみんなも何だか嬉しそうに私たちの様子を眺めている。
「……ありがとう。みんながいなきゃ駄目だね、私。」
改めて本心を口にすると彼女たちは「確かに」と笑ってくれた。心がふわりと軽くなる。
困難が目の前にあるとどうしても自分のことが後回しになってしまう。何度も何度も後悔しているはずなのに。学習しないなあとため息が出るほどだ。
そんな私を正しい道へ引き戻してくれるのはいつだって周りにいるみんなで。諦めようとした私の背中を押してくれる。もう少し自分勝手になってもいいのだと教えてくれる。
「どんな時でも応援してる!」
三奈ちゃんの弾けるような笑顔にみんなも続く。彼女たちの眩しさにまた涙が出そうになった。
今を、この1分1秒を後悔しないように。私自身を諦めてしまわないように。今度私が掴むのは彼の手だ。
もう一度肩まで湯船に浸かる。あらゆる迷いのなくなった私はどんなことにでも立ち向かっていける気がした。
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