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「解除!」
お茶子ちゃんが飯田くんの無重力を解き彼と緑谷くんが凄いスピードで地面に落ちていく。素早く着地地点に移動していた私は大きな空気の塊を作って二人を受け止める態勢に入った。
「んん……!」
勢いそのままで空気の中に突っ込んできた二人を何とか止めようと踏ん張る。だけどあまりの威力に足が地面へとめり込み、結局押し負けた私は二人を抱えながら後ろに吹き飛ばされた。
「みょうじくん‼」
「ごめ、」
飯田くんが心配してくれるけど謝ることもままならない。なんとか体勢を立て直さなければ三人ともビルに突っ込んでしまう。非常事態に焦っていると突然逞しい腕が私たちを包んだ。
「切島くん!」
「倒、れねぇえ!!!」
丁度着地地点で待ってくれてたらしい切島くんが三人まとめて抱きとめてくれた。硬化で足に滑り止めを掛けながら、スピードが弱まるまで数十メートル後ろに下がる。
「緑谷!!!俺昔な!とある話にうちのめされた!同い年の奴がダチ助けるために駆け出したって!あれおまえなんだろ……!?特別だとか力だとか関係ねぇ!あん時のおまえが、今の俺たちの答えだと思うぜ……!」
切島くんの言葉にまた涙が出そうになる。そう、私たちも。ただ友だちを、緑谷くんを助けたいだけ。そのために頭よりも先に体が動いちゃうんだ。
「よくあんなところにいたな切島くん!」
「助けてくれてありがとう。」
「エンデヴァーの指示でな!偶々!」
ようやく勢いが止まって四人で膝をつく。飯田くんと一緒にお礼を言えば切島くんはにかっと笑った。緑谷くんが地上に下りてきたのを確認したみんなが、一斉に私たちの下へ集まってくる。
「緑谷……!もう誰かがいなくなんの嫌だよ。」
三奈ちゃんが涙を拭きながら俯いている緑谷くんに声を掛ける。その言葉の奥にミッドナイト先生の死があることは、その場の誰もがわかっていた。
「一緒にいよう!?また皆で、授業受けよう。」
切実な彼女の思いを受けてなお、緑谷くんはよろよろと立ち上がった。
「おい!」
「緑谷くん!」
飯田くんと切島くんが止めようとすると彼はまたも禍々しい雰囲気を放つ。その姿は先日の戦いでの死柄木を思わせた。この状況になってもまだ、逃げる意思は手放してないのか。
「……緑谷くん。戻ってきてよ。友だちに傷ついてほしくないっていう気持ち、誰よりも強く持ってるのは緑谷くんでしょ?だから私たちが緑谷くんに傷ついてほしくないって思うのも、わかるはずでしょ?みんな、君の背負ってるもの分けてほしいんだよ。どれだけ強引でも、お節介でも、緑谷くんのこと心配だし守りたいって思っちゃうんだよ。だってずっと緑谷くんは私たちにそうしてきてくれたじゃない。だからお願い、戻ってきて。」
私は彼の背中に語り掛けた。いつだって何の迷いもなく手を差し伸べてくれる緑谷くん。彼が救ってくれたみたいに、今度は私が彼を救けたい。
「……そうしたいよ……けど、恐いんだ……!雄英には……!沢山の人がいて……!他人に迷惑かけたくないんだ……!もう、今まで通りじゃいられないんだ……!」
力なく唸る緑谷くんにみんな口を噤む。彼の気持ちは痛いほど理解できた。自分のせいで誰かが傷つくのを極端に嫌う彼を、私たちはずっと側で見てきたから。
何も映さなくなった緑谷くんの瞳に再び光が宿ることはあるのだろうか。私たちでは彼は止められないのだろうか。諦めのようなものが頭をよぎったその時、緑谷くんに近づいたのは他でもない彼だった。
「死柄木にぶっ刺された時言った事覚えてっか?」
脈絡なく喋り出したかのように思えた爆豪くん。けれど彼の目はまっすぐ緑谷くんに向かっていた。
「……覚えてない。」
「"一人で勝とうとしてんじゃねェ“だ。続きがあるんだよ……。」
爆豪くんが小さく息を吸った。彼は緑谷くんを連れ戻すため、けじめをつけに来たのだ。瞬時にそう悟った。
「身体が勝手に動いてぶっ刺されて……!言わなきゃって思ったんだ。てめェをずっと見下してた……無個性だったから。俺より遥か後ろにいるハズなのに、俺より遥か先にいる気がして。」
爆豪くんがこれほど赤裸々に自分のことを話しているのは初めてかもしれない。しかもその相手は緑谷くんだ。恐らく彼が一番弱みを見せたくない人物。仲が良いとは決して言えない幼馴染二人を、私たちは無言でじっと見つめていた。
「嫌だった、見たくなかった。認めたくなかった。だから遠ざけて虐めてた。否定することで優位に立とうとしてたんだ。俺はずっと敗けてた。雄英入って……思い通りに行くことなんて一つもなかった。てめェの強さと自分の弱さを理解してく日々だった。」
彼が今までこんなことを考えていたなんて誰も知らなかった。悔しくて苦しくて、それでも負けたくなくて。必死だったんだ、爆豪くんも。そしてその思いを、自分で克服して乗り越えたんだ。
何て、何て強い人なんだろう。
「言ってどうにかなるもんじゃねェけど、本音だ。出久、今までごめん。」
爆豪くんが、緑谷くんに頭を下げて謝った。それもクラスのみんなの前で。その事実が緑谷くんにとってどれほど衝撃的で大きなものか、私たちには計り知れない。彼は呆然と爆豪くんの前に立ち尽くしていた。
「OFAを継いだおまえの歩みは理想そのもので、何も間違ってねぇよ。けど今おまえはフラフラだ。理想だけじゃ超えられねぇ壁がある。おまえが拭えねぇもんは俺たちが拭う。オールマイトを超える為に、おまえも雄英の避難民も街の人も、もれなく救けて勝つんだ。」
私たちの言いたかったことを全て爆豪くんが伝えてくれる。最後に緑谷くんの心を動かしたのは、これまでずっと彼を邪険に扱ってきた最悪の幼馴染だった。
「ついてこれない……なんて……。」
緑谷くんのか細い声が聞こえる。
「ついてこれないなんて酷い事言って……ごめん……。」
爆豪くんに歩み寄ろうと彼が一歩踏み出したその時、緊張の糸が切れたのか緑谷くんはそのまま前に倒れ込んだ。彼のその体を、爆豪くんがしっかりと受け止める。
「わーってる。」
気づけば緑谷くんは眠っていた。ずっと走り続けていた疲れが出たのだろう。ボロボロの彼にみんなが駆け寄る。久しぶりにちゃんと見た彼の顔はとても青白かった。
とりあえずは第一関門突破。緑谷くんの手を、A組全員で掴むことができた。私たちはほっと胸を撫でおろして顔を見合わせた。
けれど喜ぶのはまだ早い。これからはもっともっと険しい道が待っているのだ。
「……行こう。」
障子くんが緑谷くんを抱きかかえて小さく呟く。雨が強くなるのを感じながら、私たちは雄英へと急いだ。