休戦
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
冷たい雨に打たれながら私たちは緑谷くんを追いかけていた。もっと速く、もっと速く。気持ちばかりが焦るのに彼の背中は見えてこない。
ホークスさんたちがGPSで緑谷くんの居場所を特定しそれをA組に伝えてくれる。けれど彼はあまりに迅速でこちらが現場に着いた時にはもう別の場所に移動していた。さっきからそれの繰り返し。足取りは掴めるのにその姿は捉えられない。私たちは今度もまた歯噛みして戦いが終わったばかりの駅を後にした。
「……次は広場前。」
どうやら今緑谷くんが目指しているのはオールマイトの銅像が立っている広場前らしい。恐らくそこにダツゴクか敵まがいの輩がいるのだろう。彼はすでにOFA継承者4代目の危機感知と6代目の煙幕を習得したと聞いている。トップ3の指示がなくても自身の危機感知能力だけで動けてしまうのだ。初動が私たちよりも遥かに速い。
「……!向こうに人だかり!」
「待って!……ダツゴクが市民の人たち盾にしてるっぽい!緑谷の声も聞こえる!」
空中から見えた光景を地上に向かって叫ぶと響香がより正確な情報を集めてくれる。悪意のない一般人を操って攻撃を仕掛けてくるダツゴク。恐らく個性・独裁のディクテイターだ。
疲労困憊の緑谷くんに対して敵は武器を持った大勢の市民。それでも決して負けるとは思えないけど。迂闊に攻撃もできない中彼はどうやって対処するのか。
「おかしい。緑谷が動く気配がない。」
「!?」
障子くんからの報告を受け私たちはさらにスピードを上げた。今の緑谷くんがディクテイター相手に怯むなんてあり得ない。ということはつまり。とうとう彼に、限界がやってきてしまったのだ。
「……呑み込まれてる。」
広場に到着する直前、市民にもみくちゃにされている緑谷くんが見えた。覆い被さってくる操られた人々に彼は抵抗もせずされるがままになっている。私は油断して笑っているディクテイターの頭上に飛んでいき腕を構えた。
「クソがっ!」
数秒遅れてやってきた爆豪くんも同じ場所に位置取りダツゴクめがけて爆破を放つ。直線状の風と彼の徹甲弾が交じり合い、数十倍に威力の増した攻撃がディクテイターの脳天を直撃した。
「いたぞてめェら。」
爆豪くんの言葉と同時に残りのみんなも駆けつける。地面を見下ろせばそこには倒れ込んでいる緑谷くん。汚れて真っ黒になった布に身を包んでいて噂通りとてもヒーローには見えない。顔も荒み切ってボロボロだった。
「ダツゴク確保!やりましたねバクゴーさん!」
「大・爆・殺・神ダイナマイトじゃ!」
「失礼しましたわ!」
私たちの攻撃で伸びてしまったディクテイターを百ちゃんと焦凍くんが手際よく拘束してくれる。奴の個性が解かれ自由になった一般市民は一目散にその場から逃げ出した。緑谷くんは呆然と彼らの無事を見届け、上手く状況を呑み込めないまま私たちに問いかけた。
「皆……何で……。」
全く訳が分からないという様子の彼に拳を握る。私たちがこの場に現れたことに心底驚いているようなその表情に、少なくとも私は怒りを覚えた。
恐らく緑谷くんは本気で私たちが納得していると思っていたのだ。あのたった一枚の手紙だけでみんなのことを説得できたはずだと。そんなこと、あるはずがないというのに。いつだって彼は自分の価値に無自覚だ。
「心配だからだよ。」
お茶子ちゃんが真っ直ぐな目で彼に答える。緑谷くんはその視線を払い除けるように自分の体を起こし、傍に落ちていたマスクを被り直した。まるで本心を隠すかのように。
「僕は、大丈夫だよ。だから……心配しないで……離れて……。」
まただ。もう何度聞いたかわからないお決まりの台詞を緑谷くんはまた私たちに吐いた。
大丈夫だよ。その言葉は彼にとってほとんど呪いだ。緑谷くんはいつもこうやって私たちを拒絶する。決して苦しみを分けてはくれない。彼の頑な態度に爆豪くんが高笑いしながら手を叩いた。
「そいつぁよかった!さすがOFA継承者様だぜ!ンでてめェ~は今、笑えてンのかよ?」
それは今私たちが一番気にかけていることだった。久しぶりに会えたというのに、緑谷くんは泣きも笑いもしない。感情が消え失せてしまっていて私たちのことを見ようともしてくれない。虚ろな瞳で、ただ巨悪だけに心を向けている。
以前の彼なら私たちとの再会に大泣きしてくれていたはずだ。大きすぎる力というのはこうも人を変えてしまうのだろうか。
「……笑う為に、安心してもらう為に……行かなきゃ……だから……。」
立ち上がった緑谷くんがA組を相手に構える。ぴりっとした空気が広場を包んだ。
「どいてよ、皆……!」
あまりの気迫にたじろいでしまいそうになる。だけどこっちだって引くわけにはいかない。彼が私たちを振り切ろうとするのは想定内だ。A組の目的は、固まってしまった彼の心を溶かしてその手を掴むこと。ここからはただ自分で決めたことをやり通すだけ。
「緑谷くんを連れ戻しにきたのに引けるわけないでしょ!」
「どかせてみろよオールマイト気取りが!!!」
私と爆豪くんが吠えたのを合図に飯田くんとお茶子ちゃんが前へと躍り出た。
「君が変わらないのは知ってる。やるぞ諸君!」
「うん。」
全員で頷き、禍々しい雰囲気の彼を行かせまいと一斉に動き出す。緑谷くんが一度決めたら止まらない人だってことはもう充分過ぎるくらいわかってるんだ。だからこそ、彼を敵に回してでも連れ帰らなくちゃいけない。
「聞いたぜ!四・六代目も解禁したって!すっかり画風が変わっちまったなぁ!?クソナード‼」
あえて挑発的に煽る爆豪くんに緑谷くんは微塵も乗せられなかった。私たちの言葉が届いているのかすら怪しい全くの無反応。思わず人格が変わったのかと疑いたくなってしまう。
「……ありがとう……来てくれて……。」
緑谷くんが小さく呟いた瞬間煙幕が飛び出した。これは6代目の個性。私たちの視界を奪ってその隙に逃げる気だ。
「ごめんね行かせない‼」
陣旋風。竜巻を起こして煙を吹き飛ばす。辺りがクリアになっていく中、すでに上空へと飛び上がっていた緑谷くんに向かって爆豪くんが叫んだ。
「話もしねーでトンズラか!何でもかんでもやりゃできるよーになると周りがモブに見えちまうなぁ!?」
浮遊で逃げようとする緑谷くんをたくさんの鳥たちが取り囲む。普段大人しい彼がマスクをぐいと外して地上から力の限り思いの丈をぶつけた。
「戻ってきて大丈夫だって‼校長先生が戻っておいでって‼ね⁉だから逃げないで‼」
こんなに大きな口田くんの声を聞くのは初めてだ。じんわりと目に涙が滲んでくる。けれど緑谷くんはたった一言「ごめん」と零し背後のビルに黒鞭を伸ばした。どうやら私たちの申し出を聞き入れるつもりはさらさらないらしい。あまりに固い、彼の意思。
緑谷くんが鳥たちから逃れビルまで移動しようとしたところを瀬呂くんが阻止する。黒鞭と彼の腕をテープで縛ってこれ以上攻撃ができないよう拘束する作戦だ。
「それ垂らしっぱにしてんのコエーよ警戒するわ!」
瀬呂くんはいつもの調子で明るく緑谷くんに話しかけた。彼が言っているのは恐らく合同訓練での緑谷くんの暴走のこと。
元々緑谷くんの黒鞭は瀬呂くんや梅雨ちゃんたちと一緒に感覚を掴んでいったものだ。ほんの数カ月前の出来事は随分と遠い昔の出来事のようで。あの頃の緑谷くんはもういないのだろうかと胸が潰れそうになる。
緑谷くんは拘束されてない方の手ですぐさま彼のテープを切り離し再び逃走を図った。けれどそこに立ちはだかったのは響香。心音壁で動きを止めようとするも緑谷くんが避けるスピードの方が速い。
「はっや……緑谷ぁ!どーでもいーことなんだけどさ!文化祭の時にノートのまとめ方教えてくれたの、かなり助かったんだよね!些細な事だけど……すっごい嬉しかったんだよね!」
みんなの役に立ちたいと張り切る響香を助けてくれたのも緑谷くんだった。文化祭のステージだってエリちゃんを笑わせようと、盛り上げようと一緒に全力で頑張ってくれた。あの時みたいにまた一つになりたいと願うのは、本当にただの我儘なのだろうか。
緑谷くんが着地しようとしたビルで待ち構えていたのは尾白くん。今度は彼が尾空旋舞で緑谷くんを捕らえる。尻尾を巻きつけた尾白くんは振りほどこうとする緑谷くんを抑えつけながら問いかけた。
「体育祭の心操戦覚えてるか!?おまえが俺の為に怒ってくれた事、俺は忘れない!おまえだけがボロボロになって戦うなんて見過ごせない!」
誰かのためなら後先考えずに体が動いてしまう緑谷くん。そんな君だからこそみんなこうして引き留めようとしてるんだよ。けれど、尾白くんの熱い思いも今の彼にはただの障害になってしまう。
「僕がいると……皆が危険なんだ……!AFOに奪われる……!だから、離れたんだ……!!!」
自力で尾白くんの尻尾を引きはがす緑谷くん。彼の本当の表情はマスクの下に仕舞い込まれ、重すぎる責任によって生まれた決意以外は何も読み取ることができなかった。
知ってる。知ってるよ君の気持ちは。誰かを傷つけたくないのもちゃんとわかってるよ。でも緑谷くんは今、全然笑えてないじゃないか。
「押せ黒影‼」
尾白くんの拘束から逃れた緑谷くん目掛けて常闇くんがダークシャドウくんと一緒に掴みかかる。そのままダークシャドウくんは緑谷くんを後ろのビルの中へと押し込み身動きが取れないよう壁に固定した。
「あいつ強くなりすぎ!」
「意思もね。」
緑谷くんに吹き飛ばされた響香を私が、尾白くんを砂糖くんが回収しみんなで一度信号機の上へ下り立つ。彼の力に敵わなかった二人はその強力過ぎる個性を前に悔しそうに唇を噛んだ。砂糖くんがビルの方へと視線をやりながら大きな声で呼びかける。緑谷くんが聞く耳を持っていないことは百も承知だった。
「緑谷!聞いてくれ!おまえは特別な力持ってっけど、気持ちは俺らも同じだ!さっき口田の言った学校の方の話もさ‼聞いてくれ!でなきゃもうエリちゃんにリンゴアメ作る時食紅貸してやんねー!」
それぞれがそれぞれに彼との思い出を持っている。もし緑谷くんも私たちと過ごした時間を少しでもかけがえのないものだと思ってくれてるなら。お願いだから応えてほしい。
「砂糖くん、響香お願い。」
「おう、気つけろよ。」
「ありがとう。」
彼女の体を砂糖くんに預け私もビルの中へと入る。そこでは常闇くんに拘束された緑谷くんが百ちゃんの創った睡眠装置を取りつけられているところだった。
「初めは一同あなたについて行くつもりでした。今はエンデヴァー達と協力のもと個性を行使しています。緑谷さんの安全を確保するという任務で。」
瞬時にこちらの意図に気づいた緑谷くんは眠らされるわけにはいかないとすぐさま頭を振って睡眠装置を壊し、ダークシャドウくんの拘束さえも押しのけようと自力で立ち上がった。桁違いのパワーに彼の背後の壁が音を立てて崩れ、緑谷くんは必死でビルから脱出しようともがいている。
「もう……かまわなくて……いいから……!僕から……離れてよ!」
どれだけ攻撃を続けられても歩みを止めない緑谷くん。それに反論するように隠れていた上鳴くんが彼に強く抱きついた。
「やなこった‼緑谷!OFAだかも大事だと思うけど今のおまえにはもっと大事なもんがあるぜ!全然趣味とか違げーけどおまえは友だちだ!だから無理くりにでもやらせてもらう!」
上鳴くんが緑谷くんの体を掴んだのを見計らって障子くんが彼らに腕を巻きつける。
「絶縁テープを巻いてある……八百万産のな。"このメンツならオールマイトだって恐くない"。合宿襲撃時におまえが言ったセリフだ。」
「ここは暗くて良い……ダークシャドウ。」
障子くんが二人を拘束し終えたのと同時に常闇くんがダークシャドウくんによる終焉「胎」を繰り出す。ダークシャドウくんが二人を包み込むことによって緑谷くんと上鳴くんだけの空間が作り出され、放電しても周りに被害が及ばない算段だ。さらにその上から私が周りの空気を圧縮させて、ダークシャドウくんをより頑丈な繭にする。
「黒影の攻撃力を防に利用するのはお前のアイデアだったっけな緑谷。」
「みんなで協力して戦うからこそ最高の成果が得られるって……あの時教えてくれたのは緑谷くんだよ。」
常闇くんと私が体育祭での騎馬戦を振り返る。緑谷くんが私たちの力を信じてくれたから、あの不利な状況でも戦いに勝つことができたのだ。
「おまえにとって俺たちは庇護対象でしかないのか?」
「とりあえず風呂入ろな!?緑谷風呂行こ‼」
障子くんと上鳴くんも彼を落ち着かせるために畳みかける。すると緑谷くんは苦しそうに唸り声を上げた。
「うう……!うああああ‼」
常闇くんの終焉を無理矢理こじ開けた彼は力のままにビルを飛び出した。その勢いに吹き飛ばされた上鳴くんと百ちゃんを空気の壁を作って受け止めすぐに彼の後を追う。
「ううう……‼やめてくれよ‼だから……!離れてよ……頼むから!僕は!大丈夫だから‼」
彼が悲痛に叫んだ瞬間氷の壁が緑谷くんを阻んだ。そのまま激突してしまった彼は氷壁の中で身動きが取れなくなる。そんな緑谷くんを攻撃を放った本人が氷の頂上から見下ろした。
「何だよその面。責任が……涙を許さねぇか。その責任、俺たちにも分けてくれよ。」
焦凍くんの顔はとても怒っているように見えた。その怒りの矛先が何も言わずに出ていってしまった友人に対してなのか気づけなかった自分に対してなのか、今の私には判断がつかない。
「行かせないわ。」
梅雨ちゃんもマンションの壁にくっつきながらこちらに距離を詰めている。決して泣こうとしない緑谷くんのために、彼女は力強く笑って見せた。
「もうオロオロ泣いたりしない。大切だから。怖い時は震えて辛い時には涙を流す私のお友だち。あなたがコミックのヒーローのようになるのなら。私たち、一人で架空へは行かせない。」
バキバキと氷の割れる音がする。私たちの呼びかけも虚しく、緑谷くんは穿天氷壁まで破るつもりでいた。
「緑谷!今の状態がAFOの狙いかもしれねェだろ!その隙に雄英を狙ってくるかもしれねェ‼」
焦凍くんが逃げようとする緑谷くんの体をさらに氷で固定する。私も彼に加わって緑谷くんの周りの空気を強く固めた。
「そんなナリになるまで駆け回って見つかんねェなら次善策も頭に入れろ‼」
「そうだよ!大事な雄英守るって言うなら!出ていかずに側にいるっていう選択肢もあるはずでしょ!?」
「俺たちも一緒に戦わせろ!!!」
私と焦凍くんの必死な訴えも巨悪を見据える彼には届かない。緑谷くんの瞳に移っているのはAFO。ただ一人だった。
「……できないよ。これはOFAとAFOの戦いだから。皆は……ついてこれない。」
「そうやって遠ざけられた側がどんな気持ちでいるか少しでも想像したことある!?大切な人にこれ以上傷ついてほしくないのは私たちだって同じなの‼」
死柄木戦を思い出しながら手に力を込めたけれど彼はびくともしなかった。轟音と共に緑谷くんが氷から抜けだす。それと同時に梅雨ちゃんが峰田くんを舌で放り投げた。彼の後ろに回り込んだ峰田くんは自身の髪10個分を繋げたミネタビーズを緑谷くんの背中に取りつける。
「おまえのパワーがカッケェなんてオイラ思った事ねぇや!オイラが惚れたおまえは冷や汗ダラダラで!プルプル震えて!一緒に道を切り拓いた、あん時のおまえだ!」
尚も進み続ける緑谷くんに振り落とされまいと必死で食らいつく峰田くん。けれど緑谷くんは目に涙を溜めている峰田くんの体を黒鞭で押し出し、別のビルへと着地させた。
「ごめん……峰田くん……!僕はもう……。」
緑谷くんは離れた二つのビルに新しく出した黒鞭をくっつけ、自分の体を固定した状態で極限まで前に進もうと足をばたつかせている。恐らく弾性のある黒鞭をゴムのように使い、自身をパチンコ玉替わりにして遠くへと瞬時に移動するつもりなのだろう。まずい、このまま逃げられたらきっと一生捕まえられない。私たちに焦りが生じたその時、緑谷くんを行かせまいと立ちはだかったのは誰よりも彼を心配していた彼女だった。
「行かせてたまるか‼」
体を浮かせたお茶子ちゃんが緑谷くんの頭上から飛びかかる。もしかしたら彼女の言葉なら。そんな淡い期待が胸の中にあった。
「デクくん‼あん時とはちゃう……私わっ!」
何かを語りかけようとしたその時緑谷くんは彼女さえも振り切って自分の体を後ろに飛ばした。大丈夫、慌てることはない。峰田くんとお茶子ちゃんのおかげで充分準備の時間は稼げた。私たちは彼の意識を逸らして態勢を整え、焦凍くんが作ってくれた氷の道に集まっていた。
「皆ぁ!!!」
お茶子ちゃんの合図と共に三奈ちゃんが溶解度0.1%保護被膜用アシッドマンを作り出し飯田くんに被せる。素早くそこに爆豪くんが手を突っ込み二人は緑谷くんに向かって動き出した。
「行け轟‼」
常闇くんたちに後ろ向きに投げられた焦凍くんはぴったり爆豪くんと背中合わせになり、その瞬間二人を押し上げるために膨冷熱波を繰り出した。凄まじい爆風によりあっという間に空中へと上がった爆豪くんと飯田くんを空で待ち構えていたのはお茶子ちゃんだ。彼女は手際よく飯田くんに触れ彼の体を無重力化する。それを氷の上で見届けたあと私は爆豪くんに照準を合わせて腕を構えた。
「ついてこれないなんて、もう言わせないから……!」
言いたいことは山ほどある。でも今の緑谷くんには私たちの言葉は届かないから。せめて、せめて君の隣に。
爆豪くんが両手を後ろ向きに出したのを確認し私も風を放つ準備をする。体育祭で私が気絶してしまった個人戦。あの時も、彼の最大爆破と私の最大風力でビッグバンが起きた。爆豪くんと飯田くんの威力を後押しするため、私はここで役割を全うする。
「爆速ターボ……クラスター!!!」
「陣風、到来……‼」
爆破と風が空中でぶつかり合う。とてつもない規模になった爆風の最中、爆豪くんが飯田くんの体を上へと押し出した。これほどのスピードに耐えられるのはA組内では飯田くんしかいない。私たちの思いを、今は全て委員長に託そう。
「だから俺はいつだって、君に挑戦するんだ!」
あっという間に逃げる背中を捉えた彼がしっかりと緑谷くんの手を取ったのが見えた。ああ、やっと。やっと私たちは緑谷くんに追いついた。雨とは違った雫が頬を伝って流れていく。
「そんな……ダメだ……離して……!」
それでも彼は飯田くんを振り払おうと抵抗を試みる。けれど誰も、もうその手を離すつもりなんてなかった。
「離さない!どこへでも駆けつけ迷子の手を引くのがインゲニウムだ!余計なお世話ってのは、ヒーローの本質なんだろ。」
いつかの緑谷くんの言葉を今度は彼本人に向かって投げかける。友を思って泣きながら笑った飯田くんに、緑谷くんの目からも大粒の涙が零れ落ちた。
その瞬間ぐらりと彼の体が傾く。まるで何かが切れたかのように、緑谷くんから力が抜けた。