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私たちに緑谷くんの捜索許可が下りたのはそれから間もなくのことだった。エンデヴァーさんから彼の安全を確保するという任務を受け、トップ3監督の下A組は個性を行使することになる。
A組の願いはただ一つ。緑谷くんを雄英に連れ戻すこと。けれどきっとそれは容易なことじゃない。なにせ彼の移動速度は尋常じゃなく速い。しかも緑谷くんのスペックはオールマイトを凌駕するほどに上がっているのだ。並大抵の力では恐らく彼を抑えつけることすら叶わないだろう。その上彼がこちらからの申し出を聞き入れてくれる可能性もゼロに等しい。それでも。
だからこそ、やれることはやっておかなくちゃ。緑谷くんとの接触直前の今日、私たちは再び圧縮訓練を行っていた。
「よっし……!」
だいぶ自由に雲が作れるようになってきた。小雨、霧雨、豪雨とバリエーションも豊富。あとはこれを風と組み合わせて台風のような威力を出せれば攻撃の幅が広がるはず。まずは左手で風を出して右手で雲を作って、そしてそれを掛け合わせて。
「う"っ。」
交わり方が良くなかったのか風によって勢いよく飛ばされた雨粒が全部自分めがけてやってきた。威力のある水によって思いっきり顔面を強打し危うく空中で溺れかける。
「これは要練習だ……。」
ぐっしょり濡れてしまった髪を拭きに地上に下りるとこの前と同じようにぶつぶつ呟きながら意識を集中させている焦凍くんが目に入った。気になってその様子を眺めていると突然彼の胸のあたりにクロス状の熱が吹きあがる。赤と白が混ざった、幻想的で綺麗な炎。
「……すごい。」
私が息を呑んだのと同時に周りからもわっとみんなが駆け寄った。
「何それどうなってんの!?」
「轟くん新技!?」
上鳴くんと透ちゃんが焦凍くんの炎を興味津々に見つめる。響香や砂糖くんたちもその構造に頭を捻っていて彼は一気に注目の的だった。
「……初めてまともにできた。」
焦凍くんが嬉しそうに頬を緩める。私はそっと近づいて彼の右側に触れた。
「冷たい。」
白い炎のように見えるのにその部分は凍えそうな寒さだ。彼はふ、と笑ってどういう仕組みなのか説明してくれた。
「赫灼の極意を半冷と半燃同時に心臓を中心に発露させる。熱い血と冷たい血が体を循環し相互に安定をもたらす。これで炎に焼かれることもねえし燈矢兄の熱も冷ませる。……ここ、触ってみるか?」
「え、いいの?」
クロス状になっている炎の真ん中部分を指さされ、恐る恐る手を伸ばす。白と赤が交わる部分、そこは灼熱でも極寒でもなく人の触れやすい温度だった。
「……不思議。」
「すごーい!何これ!」
私が無事だったのを確認して三奈ちゃんもそこに指を突っ込む。みんなが俺も私もとわいわい集まってくると、焦凍くんの体からすっと炎が消えた。
「まだ長くはもたねえ。もっとちゃんと習得しねえと。」
自身の手をじっと見つめる焦凍くん。掴みかけた新技の感触に、彼の瞳はさらに決意に燃えていた。
「私も頑張るよ。」
「俺らも負けてらんねえなァ!」
にこりと笑うと切島くんも気合い入れのために拳を上げる。さあもうひと踏ん張り。みんなそれぞれの場所へと戻り、プッシーキャッツさんたちの過酷なしごきを死ぬ気でこなした。
その日の夜、何となく寝られなくて共同スペースに一人で残っていた。本当は明日に備えて休まなくちゃいけないんだけど、いよいよ緑谷くんに会えると思うと嬉しさと不安で目が冴える。ソファでぼーっと時計を眺めながら刻一刻と迫っている時間に言い知れない焦りを覚えていた。
恐らく緑谷くんは私たちの言葉を受け入れてはくれない。今日オールマイトのことすら振り切って一人で戦いに行ってしまったとホークスさんから聞いていた。誰かを守りたいという気持ちが、どこまでも彼を孤独に追い詰める。
最近ネットで話題になっているヒーローがいる。その人は音もなく表れ、複数の個性を所持している。傷だらけの上に血と泥にまみれてとても正義の味方には見えない、謎のヒーロー。
それは、考えるまでもなく緑谷くんなんだろう。彼は精神をすり減らしながらひたすらAFOを追って動き回っているんだろう。誰にも頼ろうとせず、自分だけの力で。
「……馬鹿。」
思わずぽつりと不満を零した。緑谷くんに言いたいことが山のようにあった。どうして少しもこっちを見てくれないの。一人じゃないんだって、甘えていいんだって思える仲間があなたにはこんなにたくさんいるのに。
ぐるぐると行き場のない感情が渦巻いてやっぱり眠れない。諦めてコーヒーでも飲むかと立ち上がろうとしたその時、私のものじゃない影がひょっこり覗いた。
「まーだ起きてんの?」
「……瀬呂くん。」
心が不安定な時はいつだって彼が来てくれる。私専用のヒーローみたいだ。こっそり心の中でそう思った。
「何か……眠れなくて。」
「まァわかっけどね。実際俺も寝られてないし。」
自然な流れで隣に腰かけた彼がよしよしと頭を撫でてくれる。こんな時だというのに恋人のような距離間に思わず心臓が跳ねた。
「無理、してんでしょ。最近のみょうじサンそんな感じよ。」
「んん、確かにしてないって言ったら嘘かも。」
瀬呂くんはずっと私を気にかけてくれている。抱え込みすぎないように、考えすぎないように。こうしてたまにガス抜きさせてくれるのだ。思っていることを吐き出せ、と。そんな風に言っているかのような無遠慮な瞳に私はいつも嬉しくなってしまう。
「……色んな人の声、聞こえてくる。本当に自分がここにいてもいいのかって……たまに、すごく不安になる。から、その……緑谷くんの気持ちもわかるんだよね。多分戻りたくないって言うだろうし。」
「そうだろうな。」
苦笑交じりの瀬呂くんが眉を下げる。さっきも散々みんなで作戦会議してたけど、彼は私たちを拒否するだろうということはすでに前提として挙がっていた。
「たとえ雄英に戻れたとしてもひどいこと言われながら留まっとくのって精神的にきついでしょ。だから、緑谷くんにとって外にいるのとどっちが幸せなんだろうとか思っちゃって……。」
溜まってたモヤモヤを吐き出せばすぐ側にあった瀬呂くんの手が私のものに重なった。じんわりと伝わる彼の熱に心と体が溶かされていく。
「そうやって心配になったりも……するんだけど、でも、絶対に今の状況が間違ってるっていうのはわかる。どっちが幸せとか考える前に私たちには緑谷くんが必要で、緑谷くんを一人にさせたくないししちゃいけないっていうのも。」
「ん、そーね。」
瀬呂くんの声が、体温が、いつも私を落ち着かせてくれる。私のやりたいこと、願い。それを何故か明確にさせてくれる彼はまるで魔法使いみたいだった。
「だから、緑谷くんがどれだけ私たちを突き放したとしても諦めたくないの。全員で、ちゃんとその手を掴みたいの。またみんなで笑いたいの。」
はっきり自分の気持ちを伝えると瀬呂くんはさらに指を絡めて力を込めた。彼のその目が、私に同じ気持ちだと告げている。
「そのためにみょうじは今多少傷ついても無理しちゃってんのね?」
「……うん。」
心無い言葉。緑谷くんに頼ってもらえなかった弱い自分。それを考えるたびに苦しくなる。けれどまたクラス全員揃ったなら。誰一人欠けずに騒いで笑って、いつも通りに過ごせたなら。きっと不安なんてどこかへ飛んでいってしまうんだろう。
私はその日常を取り戻したい。緑谷くんの笑顔と共に。
「……そんだけ思われてる緑谷ちょっと妬けんね。」
「えっ。」
熱っぽい視線を受けて思わず上擦った声が出る。一気に赤くなってしまうと瀬呂くんはからかうように目を細めた。
「はは、ジョーダン。俺もみょうじと同じくらい緑谷のこと大事に思ってるよ。明日、がんばろーな。」
繋いでない方の手で頬を撫でられその近さに戸惑う。瀬呂くんはこちらを覗きこむようにして小首を傾げた。
「ちょっとはすっきりした?」
「だ、だいぶね。瀬呂くんのおかげ。いつもありがとう。」
「どーいたしまして。」
晴れやかな気分、とまではいかないけれど考えはかなりまとまった。明日緑谷くんに掛ける言葉も決まった。あとはその時が来るのを待つだけだ。
不思議なことに瀬呂くんと話していると自然と眠気がやってくる。いつの間にか体も芯から温まっていた。瞼がとろんと落ち、私は大人しく自室へ帰った。
明日。私にとって、A組にとって大切な日。きっと、緑谷くんが帰ってくる日。